7 よみがえる記憶
食事が終わり、マリアは食器を洗い始めた。
歩夢は寝室に入り、スラックスから短パンにはき替える。
突然食器が割れる音と「キャッ」という悲鳴が響き、歩夢はマリアのもとへ駆けつけた。
「大丈夫か?」
「歩夢、ごめんなさい。マリアのこと、しかって」
「いいんだよそんなの。マリアにケガがなければ、それでいいから」
なんだよそのいたいけな表情は。
かわいがりたくてたまらねえじゃねえか。
「そろそろ、風呂にでも入るかな。ところでマリアは、風呂に入るんだっけ?」
「衛生上一日一回は体を洗浄するよ。歩夢、一緒に入る?」
「バカっ、一人で入れっ。そしたら、先に入っていいぞ。待てっ、ここで脱ぐなっ。脱ぐ時はそこの脱衣室に入って、扉を閉めること。不思議そうな顔をしないっ。はい、行って行ってっ」
薄い扉の向こう。
服を脱いでいる音。
シャワーを浴びる音。
体を洗う音。
すべて即効性の猛毒だった。
歩夢はずっと悶々として、テレビをつけても、スマホを見ても、浴室が気になってしかたない。
「風呂や洗面は問題なく使えたか? 中で転んだり……うわっ」
脱衣室の扉が開く音に振り返った歩夢は、バスタオルを巻いた湯上りのマリアに悶絶する。
濡れた髪。
水滴が流れる滑らかな肌。
触ったら、どれだけ気持ちがいいことだろう。
初々しい色気を発散するマリアが、よろけながら歩夢に近寄ってくる。
「なっ、なんだっ、なんだよっ」
「歩夢、エッチ、する?」
「ええっ」
懐かしい顔が、あどけない表情で、似つかわしくない言葉を口にする。
歩夢は喜んでいるような、それでいておびえているような顔になった。
心の中で自問自答して、性欲に負けないように自分を鼓舞する歩夢。
「そんなこと、言わないでくれ。言わないでくれよぉ」
にもかかわらず、歩夢のムスコは立っていた。
はいているのが薄地の短パンのため、形がくっきりと浮き出ている。
股間を押さえ、マリアに背を向ける歩夢。
歯を食いしばり、自分の足を何度もたたく。
俺のムスコがどうなろうと、関係ない。
俺はマリアを抱くわけにはいかない。
俺の遺伝子がなにを命令しようと、知ったことか。
「違うんだ」
「なにが、違うの?」
「あのー、あれだ。相手が未成年だと、淫行になって警察に捕まるんだよ」
「淫行? 青少年保護育成条例における青少年とのみだらな性行為、あるいは児童福祉法における児童に淫行をさせる行為、のこと? マリアはアンドロイドだから、法令上の問題はないよ」
「やたら詳しいけど、そういう問題じゃない。とにかくダメなんだ。いやっ、来るなっ。寄るなっ」
バスタオル一枚のマリアが、ボディシャンプーの香りと共に迫りくる。
たとえ生身の人間じゃなくてもダメだ。
俺はこのアンドロイドを抱くわけにはいかない。
そう自分に誓って、この姿にしてもらったんじゃないか。
「ちょっと、トイレ」
「あ、歩夢……」
歩夢は転ぶようにトイレへ駆け込んだ。
カギをかけ便器に座る。
ムスコは絶好調だ。
やむをえまい。
歩夢は短パンとパンツを一気に下ろし、青年の主張をしているムスコをにらみつけた。
マリアの触り心地の良さそうな肌が目に浮かぶが、必死に打ち消す。
ダメだ。マリアはダメだ。
他の女を思い出せ!
女優やアイドルのセクシー画像を記憶から召喚する。
けれどどうしても、マリアの顔、胸、脚の映像がチラついてしまう。
もうこうなったら、助けてくれ、明差陽!
歩夢が最後につかんだ頼みの綱は、高校の同級生だった。
友達だと言ってくれたのにすまん。
でもお前の体は、最高にエロいんだーっ!
およそ五分後。
歩夢が何気ない顔を装ってトイレから出てくると、マリアが心配そうな顔で待っていた。
「歩夢、一人エッチ、したの?」
「うぐっ、あのね、それは言っちゃいけないよ。決して言ってはいけないことだ」
「一人エッチしたことは、言っちゃダメ。マリア覚えた」
「いい子だ。二度と言わないと約束してくれ。武士の情けってやつでね」
「ブスッと差し込むやつ? さっき飛び出ていたもののこと?」
「うん、発展途上のAIにはちょっと難しかったね。そうだ、寝床はどうしようかな」
「マリア、歩夢と一緒に寝る」
なんてこと言うんだコイツは。
そんな甘い誘惑あるかよー。
「シングルベッドは狭いからね。俺はソファで寝るから、マリアがベッドを使いなよ」
「マリア、このソファがいい。コンセントが近くて、便利」
さすがはAI、効率重視なんだな。
それともまさか、遠慮なんて芸当ができるのか?
感情もある程度表現できるって自慢されたけど、そこまでは期待しないほうがよさそうだな。
風呂から出た歩夢は、セーラー服のままソファで寝ているマリアに釘付けになる。
寝顔までそっくりだ。
いや、彼女そのものだな。
おいおい、脚が丸見えだぞ。
まったく、どんだけきれいに作るんだよ。
あの会社ってすげえんだな。
すごすぎて、憎たらしい。
マリアにそっとタオルケットをかける歩夢。
ムスコは早くも元気を取り戻している。
歩夢はわき上がってくる衝動を断ち切る覚悟でベッドへ向かった。
けれどベッドに入っても、興奮してちっとも眠れない。
脳裏に高校時代の記憶がよみがえってくる。
あの制服、なつかしいな。
高校に入って一ヶ月ぐらい経った頃だったっけ。
俺があの人と初めて会ったのは……。