59 死刑の宣告
2027年12月24日 金曜日
真理愛から三人でクリスマスをしようと誘われた歩夢だったが、イブは朝から夜まで仕事が詰まっていた。
早い時間には帰れないので、ゲームキャラのマリアに二人を家に入れるよう指示し、先に食事を始めておいてもらう。
「了解いたした。大切な客人のお世話、このマリアにお任せあれ」
「ありがとう。頼もしいな、俺のマリアは」
夜遅くに歩夢が帰宅すると、出迎えてくれたのはコスプレのマリアだけだった。
真理愛と合路咲は、遠慮なく食事を始めている。
「いらっしゃい、真理愛さん、合路咲ちゃん」
「あぁ、お帰りなさい日比野君。料理が冷めるといけないから、先にいただいているわよ」
親子は今日も同じ服装だ。
戦闘服のマリアが料理を運び、だが自分の分は用意していない。
歩夢はずっと台所に引っ込んでいるマリアも席に加えたかったが、なんとなく母と娘がいやがるような気がした。
実際、二人ともマリアを席に招こうとは言い出さない。
歩夢は二人にそれぞれ赤いコートをプレゼントした。
合路咲は、母親とおそろいの服にご満悦のご様子。
だが真理愛は、やけに神妙な面持ちだ。
食事中も言葉数が少ない。
ロウロクに火を灯しても、クリスマスソングを歌っても、表情が今までに増して硬い。
ケーキを食べ終えた時、真理愛がおもむろに口を開いた。
「あのね日比野君……わたしを助けてほしいの」
「あっ、お金なら今日も用意してあります。少ないですけど」
「お金も必要だけど、そのことじゃないの」
「なにか困ってるんですか? 遠慮しないで言ってください。俺なんでもしますから」
「わたしはこんなに落ちぶれてしまったけど、それでもこの子を育てていかなきゃならない。わたしとこの子には、支えてくれる人が必要なの」
やせ細って、ずっと同じ服を着ている二人。
必死の形相で訴えてくる真理愛と、母親にすがりつきながら俺を見つめている合路咲。
今二人を守れるのは、世界中に俺しかいない。
「それは、そうですね」
「日比野君、わたしを助けてくれるって、言ってくれたよね」
「言いました。確かに言いました。その言葉に嘘偽りはありません。俺にできることならなんでもします。俺のものはすべてお二人のものです」
やっと有言実行できる。
その機会を与えてもらえて、俺はなんて幸せなんだろう。
「もしお二人が許してくれるなら、俺はずっとお二人のそばにいます」
あぁ、言っちゃったよ。
今のって、いわゆるプロポーズだよな。
俺が結婚を望むなんて、自分でも信じられない。
だけど、この瞬間をずっと待っていたような気がする。
「本当にそれでいいの? わたしはこんなに老けて障害もあって、お金も仕事も持っていないのよ。それに比べて日比野君は若くて健康で、経済力も社会的な地位もある。しかもわたしは再婚で子供も抱えてて、日比野君は初婚だわ。誰が見ても、わたしと日比野君では不釣り合いよ」
真理愛の言葉は、歩夢にとって救いとなった。
決して手に届かない存在だと思っていた相手が、わざわざ自分の高さまで降りてきてくれたのだ。
「俺にとって、真理愛さん以上の女性は存在しません。そばにいるのが申し訳ないと思うくらいです」
「日比野君はわたしをかいかぶりすぎているわ。わたしは日比野君が思っているような、理想的な女じゃないのよ。ちゃんと目の前のわたしを見て」
歩夢は胸が焼けるほどの焦りを感じた。
だが自分がなぜ焦っているのか、歩夢は考えようとしない。
「俺は出会った時からずっと、真理愛さんに救われてきました。今の俺があるのは、真理愛さんのおかげなんです。真理愛さんといると、生きるのも悪くないって思えるんですよ」
険しかった真理愛の表情が、少しだけ晴れた。
しかしまだ物足りないようにも見える。
「ありがとう、日比野君。でもね、一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるの」
「それはなんですか? なんでも言ってください。真理愛さんの役に立てるなんて、俺嬉しいです」
歩夢はこびるような作り笑いを浮かべた。
しかし真理愛の顔には攻撃的な表情が現れている。
「あのね、日比野君……わたしを選んでくれるなら、そのロボットは捨ててほしいの」
「えっ?」
「しかもただ返品するだけじゃなくて、この際思い切って壊してほしい」
真理愛の思いがけない言葉に、歩夢は頭を割られるような衝撃を受けた。
「でも……でも、このマリアは見た目が人間にそっくりなだけで、実際には単なる機械なんですよ。便利な家政婦ロボットだって、割り切ることはできませんか?」
「人間じゃないって言われても、わたしには女の子にしか見えない。しかも若くて健康だった頃のわたしに。わたしそのロボットを見ると、今の自分がとてもみじめに思えてしまうの」
歩夢は思わず真理愛とマリアを見比べる。
真理愛が感じている気持ちについては、コメントすることができない。
「このマリアがどうしても気になるなら、どこかにしまっておきますよ。家の中がダメなら、メーカーに保管してもらってもいい。だからせめて、壊すのだけは……」
「そのロボットへの未練を断ち切るためにも、この世から完全に消してほしいの。日比野君にとっての真理愛は、わたしだけにしてほしい。わたしかそのロボットか、どちらか一つを選んで」
真理愛は深刻な顔をしている。
幼い合路咲まで真剣な表情だ。
歩夢は自分が死刑宣告を受けたような気がした。
マリアは表情を作成する機能が壊れているかのように、無表情だ。
これが女心ってやつなのか。
だけどいくらなんでも、壊せとまで言うなんて。
「ごめんなさいね。わたしすごく残酷なことを言ってるわよね。わたしってひどい女でしょう。わたしってこういう女なのよ。わたしのことが嫌いになったでしょ?」
「いえ、そんなことは……」
「すぐに答えを出さなくてもいいわ。しばらくじっくり考えてみて」
歩夢が下を向いて黙り込むと、親子は慌ただしく帰り支度を始めた。
そして歩夢が渡そうとした現金も受け取らず、逃げるように帰ってしまう。
歩夢は現金の入った封筒を握りしめながら、ぼう然と二人の後ろ姿を見送ったのだった。
二人が去った後、家の中は盗みに入られたかのように散らかっていた。
再び動き出したマリアがこまめに片付け、黙々と掃除をしている。
そこに最強ヒロインの面影はない。
「マリア……俺のマリア……」
「ちょっと待っててね。すぐにきれいにするから」
「あぁマリア、今夜も食べてないんだろ。また残り物で悪いけど、食べてくれ」
「ありがと、歩夢」
「ごめんな。本当にごめんな」
「謝ることないよ。マリアは歩夢といられれば、他にはなにもいらないから」
このマリアを捨てる?
そんなことできないよ。
マリアのいない人生なんて、もう考えられない。