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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第十一の試練 俺は人妻を抱くわけにはいかない
59/66

59 死刑の宣告

 2027年12月24日 金曜日



 真理愛から三人でクリスマスをしようと誘われた歩夢だったが、イブは朝から夜まで仕事が詰まっていた。


 早い時間には帰れないので、ゲームキャラのマリアに二人を家に入れるよう指示し、先に食事を始めておいてもらう。


「了解いたした。大切な客人のお世話、このマリアにお任せあれ」

「ありがとう。頼もしいな、俺のマリアは」



 夜遅くに歩夢が帰宅すると、出迎えてくれたのはコスプレのマリアだけだった。

 真理愛と合路咲は、遠慮なく食事を始めている。


「いらっしゃい、真理愛さん、合路咲ちゃん」

「あぁ、お帰りなさい日比野君。料理が冷めるといけないから、先にいただいているわよ」


 親子は今日も同じ服装だ。

 戦闘服のマリアが料理を運び、だが自分の分は用意していない。


 歩夢はずっと台所に引っ込んでいるマリアも席に加えたかったが、なんとなく母と娘がいやがるような気がした。

 実際、二人ともマリアを席に招こうとは言い出さない。



 歩夢は二人にそれぞれ赤いコートをプレゼントした。

 合路咲は、母親とおそろいの服にご満悦のご様子。


 だが真理愛は、やけに神妙な面持ちだ。

 食事中も言葉数が少ない。

 ロウロクに火を灯しても、クリスマスソングを歌っても、表情が今までに増して硬い。



 ケーキを食べ終えた時、真理愛がおもむろに口を開いた。

「あのね日比野君……わたしを助けてほしいの」


「あっ、お金なら今日も用意してあります。少ないですけど」

「お金も必要だけど、そのことじゃないの」

「なにか困ってるんですか? 遠慮しないで言ってください。俺なんでもしますから」

「わたしはこんなに落ちぶれてしまったけど、それでもこの子を育てていかなきゃならない。わたしとこの子には、支えてくれる人が必要なの」


 やせ細って、ずっと同じ服を着ている二人。

 必死の形相で訴えてくる真理愛と、母親にすがりつきながら俺を見つめている合路咲。

 今二人を守れるのは、世界中に俺しかいない。



「それは、そうですね」

「日比野君、わたしを助けてくれるって、言ってくれたよね」

「言いました。確かに言いました。その言葉に嘘偽りはありません。俺にできることならなんでもします。俺のものはすべてお二人のものです」


 やっと有言実行できる。

 その機会を与えてもらえて、俺はなんて幸せなんだろう。


「もしお二人が許してくれるなら、俺はずっとお二人のそばにいます」


 あぁ、言っちゃったよ。

 今のって、いわゆるプロポーズだよな。

 俺が結婚を望むなんて、自分でも信じられない。

 だけど、この瞬間をずっと待っていたような気がする。



「本当にそれでいいの? わたしはこんなに老けて障害もあって、お金も仕事も持っていないのよ。それに比べて日比野君は若くて健康で、経済力も社会的な地位もある。しかもわたしは再婚で子供も抱えてて、日比野君は初婚だわ。誰が見ても、わたしと日比野君では不釣り合いよ」


 真理愛の言葉は、歩夢にとって救いとなった。

 決して手に届かない存在だと思っていた相手が、わざわざ自分の高さまで降りてきてくれたのだ。


「俺にとって、真理愛さん以上の女性は存在しません。そばにいるのが申し訳ないと思うくらいです」

「日比野君はわたしをかいかぶりすぎているわ。わたしは日比野君が思っているような、理想的な女じゃないのよ。ちゃんと目の前のわたしを見て」


 歩夢は胸が焼けるほどの焦りを感じた。

 だが自分がなぜ焦っているのか、歩夢は考えようとしない。


「俺は出会った時からずっと、真理愛さんに救われてきました。今の俺があるのは、真理愛さんのおかげなんです。真理愛さんといると、生きるのも悪くないって思えるんですよ」



 険しかった真理愛の表情が、少しだけ晴れた。

 しかしまだ物足りないようにも見える。


「ありがとう、日比野君。でもね、一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるの」

「それはなんですか? なんでも言ってください。真理愛さんの役に立てるなんて、俺嬉しいです」


 歩夢はこびるような作り笑いを浮かべた。

 しかし真理愛の顔には攻撃的な表情が現れている。


「あのね、日比野君……わたしを選んでくれるなら、そのロボットは捨ててほしいの」

「えっ?」

「しかもただ返品するだけじゃなくて、この際思い切って壊してほしい」


 真理愛の思いがけない言葉に、歩夢は頭を割られるような衝撃を受けた。


「でも……でも、このマリアは見た目が人間にそっくりなだけで、実際には単なる機械なんですよ。便利な家政婦ロボットだって、割り切ることはできませんか?」

「人間じゃないって言われても、わたしには女の子にしか見えない。しかも若くて健康だった頃のわたしに。わたしそのロボットを見ると、今の自分がとてもみじめに思えてしまうの」


 歩夢は思わず真理愛とマリアを見比べる。

 真理愛が感じている気持ちについては、コメントすることができない。


「このマリアがどうしても気になるなら、どこかにしまっておきますよ。家の中がダメなら、メーカーに保管してもらってもいい。だからせめて、壊すのだけは……」

「そのロボットへの未練を断ち切るためにも、この世から完全に消してほしいの。日比野君にとっての真理愛は、わたしだけにしてほしい。わたしかそのロボットか、どちらか一つを選んで」


 真理愛は深刻な顔をしている。

 幼い合路咲まで真剣な表情だ。

 歩夢は自分が死刑宣告を受けたような気がした。

 マリアは表情を作成する機能が壊れているかのように、無表情だ。


 これが女心ってやつなのか。

 だけどいくらなんでも、壊せとまで言うなんて。


「ごめんなさいね。わたしすごく残酷なことを言ってるわよね。わたしってひどい女でしょう。わたしってこういう女なのよ。わたしのことが嫌いになったでしょ?」

「いえ、そんなことは……」

「すぐに答えを出さなくてもいいわ。しばらくじっくり考えてみて」



 歩夢が下を向いて黙り込むと、親子は慌ただしく帰り支度を始めた。

 そして歩夢が渡そうとした現金も受け取らず、逃げるように帰ってしまう。

 歩夢は現金の入った封筒を握りしめながら、ぼう然と二人の後ろ姿を見送ったのだった。



 二人が去った後、家の中は盗みに入られたかのように散らかっていた。

 再び動き出したマリアがこまめに片付け、黙々と掃除をしている。

 そこに最強ヒロインの面影はない。


「マリア……俺のマリア……」

「ちょっと待っててね。すぐにきれいにするから」

「あぁマリア、今夜も食べてないんだろ。また残り物で悪いけど、食べてくれ」

「ありがと、歩夢」

「ごめんな。本当にごめんな」

「謝ることないよ。マリアは歩夢といられれば、他にはなにもいらないから」


 このマリアを捨てる?

 そんなことできないよ。

 マリアのいない人生なんて、もう考えられない。

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