58 声の銃弾
2027年11月18日 木曜日
歩夢は池袋の家電量販店で、合路咲へのプレゼントを探した。
さんざん迷った末に、しゃべるぬいぐるみを選択する。
クレジットカードで買おうとするが、使えない。
すでに今月の限度額を超えていた。
銀行で預金を引き出し、自分の腕時計よりも高価なおもちゃを買う。
歩夢は真理愛から、歩夢の家で誕生祝いがしたいと言われていた。
急いで帰宅した歩夢は、着ぐるみのマリアに厳命する。
「マリア、お客さんがいる間は押し入れの中に隠れててくれ。俺がいいと言うまで、絶対外に出てくるんじゃないぞ」
「マリア、言いつけは守るニャ~。でもマリア、さみしいニャ」
ずっと雲に隠れていた月が姿を現した時、玄関チャイムが鳴った。
あの人の目だ。
のぞき穴の向こうにいたのは、本物の真理愛だ。
自分の家に足を踏み入れた真理愛を一目見ただけで、歩夢は感動に打ち震えた。
自宅でパーティーなんて、まさしくリア充じゃないか。
苦節二十八年、ようやくたどり着いた夢の生活。
だけど真理愛さん、今夜も黒の上下か。
合路咲ちゃんも同じ服みたいだし。
この前買ってあげた服やアクセサリーはどうしたんだ?
さては、売ったな。
「男の人の家なのに、すごくきれいね。日比野君って、昔から几帳面だったもんね」
「いやぁ、それが最近はすっかり自堕落になってしまって……」
掃除も装飾もすべてマリアに任せた。
テーブルに並んでいる料理も、すべてマリアが作ったものだ。
親子は久しぶりの食事にありついたかのように、料理を口へかき込んでいった。
デザートはやはり別腹らしく、ホールケーキをほとんど二人で平らげてしまう。
食事の時の笑顔は、どうやら本物らしい。
プレゼントを受け取った時に合路咲が見せた笑顔は、素が半分、演技が半分。
「ありがとう、パパ」
「んぐっ」
合路咲が口にした一言に、歩夢は驚きすぎて食べ物をのどに詰まらせてしまった。
いきなりか?
でもなんでだろう、いやじゃない。
真理愛が合路咲の頭をなでている。
真理愛の笑顔は、演技にしか見えない。
食後、真理愛は差し押さえに来た裁判所の執行官のように、家の中を隅々までチェックしていった。
小さな合路咲まで、手際よく棚をのぞいたりバッグを開いたりしている。
「ど、どうしたんですか? あんまり見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
「だって、日比野君のことをもっとよく知りたいから」
食器を片付けていた歩夢は、合路咲が押し入れを開けようとするのを見て慌てる。
「あ~待って合路咲ちゃん、そこはダメだよー」
急いで止めようとしたが、すでに手遅れだった。
合路咲は歩夢の制止など気にもとめない。
押し入れの引戸が開く。
中でネコのマリアが丸くなっている。
「ニャ~?」
「ひやぁ~っ!」
合路咲はビックリ仰天して後ろにひっくり返った。
マリアは困り顔のまま固まっている。
「お兄ちゃん、変なのがいるぅー」
「あ~いや~それはその~」
「日比野君、彼女は誰なの?」
真理愛の声が銃弾となって飛んでくる。
歩夢の額から冷や汗が吹き出す。
「あっ、いやっ、実は、抽選でアンドロイドが当選しちゃいまして。いらないって言ったんですけど、もったいないからつい、もらっちゃったんです……」
「そうだったの。でもなんか、わたしに似ているような気がするんだけど」
「ああっ、それがですね、誰かに似せて作れるって言われたんで、悪いとは思ったんですけど、ちょっと真理愛さんのお姿をお借りして……あの、すいませんでした」
「あら、謝ることなんてないわ。わたしを選んでくれてとっても嬉しい。でも、だいぶ若いわね。高校生の頃のわたしにそっくり。やっぱり男の人って、若い子が好きなのね」
真理愛が寂しそうな表情を作る。
歩夢の全身を無数の銃弾が打ち抜いていく。
「いやっ、これはあくまでメーカー側の手違いなんです。参考に渡した写真や動画が、真理愛さんの制服姿だったもんですから。ほら、一度みんなの前で着てみせたこと、あったでしょう?」
「そんなこともあったわね。なんか懐かしいわ。あんなバカな真似をするなんて、あの頃はまだ若かったってことかな。今じゃこんなに老け込んだオバサンになってしまったけど」
「そんな、そんなことないです! 今でも十分きれいですよ!」
「ありがとう。たとえお世辞でも嬉しいわ。日比野君はいつだって女性の味方ね」
困り果てた歩夢が視線を戻すと、驚いていたはずの合路咲がマリアをつついて遊んでいた。
マリアはどうすればよいのかわからないらしく、つつかれるたびにおびえている。
「若いわたしを、押し入れから出してあげて。なんかかわいそうだわ」
「あーいや、ちょっとしまっといただけなんで。出てきていいよ、マリア」
うっかり名前を呼んでしまい、歩夢は凍りついた。
真理愛の硬い表情を見てさらに凍りつく。
「あら、名前もわたしと同じなの?」
「あわわっ、でも、あくまでカタカナでマリアですから……って言っても、意味ないですよね……」
真理愛が笑ってくれたので、歩夢も作り笑いでごまかすことにする。
新しいおもちゃを見つけた合路咲は、ずっとマリアと遊んでいた。
二人との接触を許可されたマリアは、終始にこやかに対応している。
「合路咲ちゃん、この人、お母さんに似てるだろう」
「ママじゃない」
愛想笑いを浮かべて話しかけた歩夢は、合路咲の冷酷な一言に衝撃を受けた。
子供でも違いがわかるんだな。
そりゃそうか。実の親子だもんな。
歩夢があらかじめ用意しておいた現金を渡すと、母と娘は上機嫌で帰っていった。
まさか俺のマリアが、本物の真理愛さんとその娘さんに会うことになるとはな。
見つかった時はマジでビビったけど、これでもう隠す必要はなくなったわけか。
変なことに使ってるとか、誤解してないといいけどな……。
一方無言で丸くなっているマリアは、どことなく不安そうな表情。
「もしかしてマリア、メシ食ってないのか? まだ残ってるから、食っていいぞ」
「うん。そうするニャ。ありがとさんニャ」
三人の食べ残しを野良ネコのように食べるマリアを見守りながら、歩夢は考えていた。
なんか坂道を転げ落ちていくような感じだな。
なんとも晴れやかな気分だ。
でも将来もし三人で暮らすことになったら、こっちのマリアはどうすればいいんだろう……。