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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第十の試練 俺は友達を抱くわけにはいかない
53/66

53 最後の味方

 2017年10月20日 金曜日



 今日は真理愛先輩の、二十八歳の誕生日だな。

 体を壊したり、してないかな。


 真理愛の身を案じながら部室に入った歩夢は、心臓を潰されるような衝撃を受けた。

 まぶしい日差しの中に浮かび上がる、黒い服の女性。

 それは紛れもなく真理愛だったのだ。


 境と宝蔵院も来ていたが、真理愛に招かれたのだと言う。


「アハハハハハハハハ、一之瀬さんの発言って、直球で気持ちーね~」


 真理愛のテンションが異常に高い。

 声音も普段より二オクターブくらい高くなっている。


「あ~あ~、高校生の頃に戻りたいな~」


 そう言いながら手を広げる真理愛。

 一つ一つの動きが舞台俳優のようにオーバーだ。


「オーケーパイセン。あたしが制服貸しますよ。青春時代カムバックです」

「本当に? わたし、着ちゃおうかな~。え~い、着てしまえ~」



 地学準備室から、セーラー服に着替えた真理愛が登場する。

 その格好は童顔の真理愛にあまりにも似合っていて、どんな女子高生よりも女子高生らしかった。


「どう? わたし高校生に見える? 見えるわけないか~」

「真理愛先輩すごすぎます。女子高生にしか見えません」

「っていうか、こんなにかわいい女子高生、どこにもいないですよ~」


 宝蔵院と境の言葉に、全員が激しく同意した。

 真理愛はバカみたいに笑いこけて、かわいらしいポーズを作ってふざけている。

 歩夢の動揺は、尋常ではない。


 かわいい。

 かわいすぎる。

 もはや人間じゃない。

 この世の存在とは思えない。

 まさに、神!



「やっぱ俺、レジェンドと付き合いて~」

「ユー、誰かさんに八つ裂きにされるよ。パイセン最高~っ」


 ピンクのコスプレに着替えていた一之瀬が、ノリだけで意味不明なダンスを始めた。

 真理愛がそれを真似て下手なりに踊りまくる。

 そのムチャクチャな動きにつられて、一之瀬のプロ並みのダンスも激しさを増した。


「アハハハハハハ~」

 真理愛の黄色い笑い声がこだまする。


 歩夢以外の部員たちも、陽気な真理愛に引っ張られてはしゃぎ始めた。

 速見がスマホで写真を撮り、黒部は動画を撮影する。

 バカ騒ぎする部員たちは部室を飛び出し、踊りながら廊下を練り歩いた。


 誰に見られても気にしない。

 教師が注意しても耳に入らない。

 一部の人たちには、自主映画の撮影だと思われているようだ。

 世界一陽気な地学部が、西日が照らす校庭まで行進する。



 部活を終えた明差陽が、大騒ぎの正体に気づいてあ然としていた。

 そんな明差陽の手を、笑い狂う真理愛がつかんで引き寄せる。


「アハハ~。かわいこちゃんも一緒に来て~。今日はお祭りよ~」


 異様な高揚感に飲み込まれた明差陽は、思わず吹き出しながら列に加わった。

 真理愛、明差陽、一之瀬が並んで踊る華やかさは、もはやアイドルグループを超越している。



 和やかな狂気は伝染し、いつしか学校中の生徒が踊り狂っていた。

 吹奏楽部や軽音楽部の演奏が始まり、誰が持ち出したのか、打ち上げ花火まで飛び交っている。

 それは唐突に始まった、小さな、しかし心を閉ざした者さえ陶酔させるような祭典だった。


 なんだろう、この熱い感じ。

 真理愛先輩が、奇跡を起こしたんだ。


 最後尾からついていくだけだった歩夢も、場にそぐわないヘッドバンキングを始める。

 それを見た真理愛が、爆笑しながら歩夢の頭を揺り動かした。


 明差陽が友達に撮影を代わるよう頼み、八人で記念の写真と動画を撮ってもらう。


 騒ぎがようやく収まった後も、彼らの興奮はなかなか冷めなかった。

 部員たちはお互いの顔を見合って笑いこけながら、部室へ引き揚げていく。



 しかし歩夢は、真理愛の姿が見えないことが気になった。

 胸騒ぎがして校舎の裏側をのぞくと、物陰にひざを抱えて体育座りをしている女性がいる。

 それは死んだように視点を変えないでいる真理愛だった。


「高良先輩、大丈夫ですか? 騒ぎすぎて疲れちゃいました?」

「うん。わたし、疲れちゃった。日比野君、助けて……」


 口から言葉を発しても、真理愛の視点は変わらない。

 歩夢は底知れぬ恐怖に襲われた。


「俺、助けます! 全力で、助けます!」


 歩夢の泣き叫ぶような声に、真理愛はビクンと震えた。


「あっ、わたしなに言ってんだろ。日比野君、おかしなこと言ってごめんね。忘れて」


 そんな言葉、忘れられないよ。

 それに俺には、あなたに忘れてほしくないことがある。


「先輩、俺の話を聞いてください」

「えっ、どうしたの? 日比野君」


 なかなか真理愛を正面から見られなかった歩夢が、今はしっかりと真理愛を見つめていた。

 下を向いたままの真理愛へ、歩夢は優しくて力強い声で語りかける。


「先輩が幸せなら、それでいいんです。でももし自分はもうお終いだと思う時があったら、その時は俺が必ず助けます。自分には味方が一人もいないと思っても、最後の最後に俺がいますから」


 真理愛の視線が歩夢に向けられる。

 不思議そうな顔で歩夢の表情を読んでいる。


「俺は成長して、先輩を救えるような男になります。いつでも駆けつけますから、先輩が一人ぼっちになることはありえません。だから自分のやりたいことを、好きなだけやってください。周りのことは気にしないで、思いっきり幸せになってください。これはいざという時の保険です。絶対に忘れないでください」


 真理愛の瞳がじんわりと潤んでくる。

 小さな口がゆっくりと開かれる。


「ありがとう。わたし忘れないわ。死んでも覚えてる」


 真理愛は泣いた。

 シクシクとつぶやくように。

 小さな子供が目を拭きながら甘えるように。


 真理愛が泣き終わるまで、歩夢はずっと寄り添っていた。

 その姿はまるで、小さな娘をあやす父親のようだった。


 歩夢はなんとなくわかったような気がした。

 人が生きる意味、というものを。



 しばらくしてから歩夢は、迷子を世話するように真理愛を部室へ連れて帰った。

 地学部の部員たちは、ようやく落ち着きを取り戻したところだった。


「みんな、今までありがとう。さようなら」


 そう言い残して地学準備室に消えた真理愛は、借りたセーラー服を置いたまま、部室とは別の扉から帰ってしまう。


 嵐を起こした真理愛はなにをしたかったのか。

 それは誰にもわからない。


 だがその日の真理愛のことを、部員たちは決して忘れることはないだろう。

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