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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第九の試練 俺は妹を抱くわけにはいかない
43/66

43 すごい先輩

 2017年4月15日 土曜日



 歩夢は三年生になった。


 地学部では、宝蔵院と黒部から部長になるよう勧められたが断り、黒部に譲った。

 弱気だが精一杯部長を務める黒部を見て、歩夢はひそかに敗北感を味わっていた。


 例年通り新入生の勧誘はしたのだが、黒部の考案した展示や一之瀬のコスプレ姿では、人は集まってもアニメ同好会と勘違いされるばかり。

 地学部は今年でついに廃部かと、部員たちは半分覚悟していた。



 歩夢のクラスは三年連続のC組となったが、今回は黒部と一緒だ。

 黒部のこの上なく嬉しそうな顔に、歩夢もつられて笑顔になる。

 それは、かなり久しぶりの笑顔だった。


 歩夢と黒部はクラスで明らかに浮いていたが、一人で孤立するよりは二人でいるほうが、攻撃を受ける回数は少なかった。

 しかもなにかの用事で一之瀬がやってくると、二人にいやがらせをする生徒を鋭い目でにらみつけ、震え上がらせるのだ。



 しかしこの日、一人で気温を記録する黒部に三人の新入生が近づいていった。


「そこの先輩さ~ん。ちょっとお金貸してもらえませんかー」

「い、いや、お金、あ、あんまり、持って、いませんので」

「有り金全部渡してくれればいいんすよ~。後輩が飢え死にしたらどうするんすかー」

「お、お願いします。ゆ、許してください」


「あれ、なんすかこの機械。なんか壊れてませんか~」

「や、やめてください! む、無理やり引っ張ったら、ほ、本当に壊れてしまいます!」


 黒部の悲痛な叫び声を耳にした歩夢は、飛び降りるように階段を駆け下りていった。

 校庭に出ると、三人の男子に蹴られている黒部が目に入る。


 歩夢は十数年に渡るいじめられっ子人生の中で、抵抗は逆効果という教訓を得ていた。

 いじめの現場を見かけても、下手にかかわれば被害が増えるだけ。

 だから知り合いがひどい目にあっていても、やりすごすしかないんだと考えていた。


 ただし、友達がやられているところを見たことはない。

 初めて友達ができたと思えたのが、つい最近だったからだ。


「やめろ!」

 気づいた時には、そう叫んでいた。

 いつも自分に親切で、なにかと自分を頼ってくれる黒部を、見捨てることなんてできない。


 けれど、それだけではなかった。

 痛めつけられてもいい。

 傷つけられたっていい。

 殺されても構わない。

 そう思っていた。


「こいつはなーっ、お前たちが想像できないほど、いいやつなんだ! 俺たち部員が尊敬する、やたら面倒見のいい、最高の部長なんだよ!」

「ひ、日比野君……」


 歩夢は勢いよく乱入したものの、その後は黒部と共に一方的に蹴られるだけだった。

 自分がやられて済むなら、そのほうがいい。

 そういう考え方しかできなかった。


 二人の惨状を見ても、助ける者はいない。

 明差陽も一之瀬も、そこにはいない。

 ただグラウンドにいた野球部の一員が、その様子をじっと眺めていた。


「うっ、俺は悪名高き日比野歩夢だ、うっ、一緒にいるところを見られたら、うっ、ばい菌がうつるって言われて、うっ、誰からも相手にされなくなるぞ、うっ」

「なに言ってんだこいつ。気色悪いからもう行こうぜ」


 蹴るのに飽きた新入生たちがその場を去ると、ダンゴムシのように丸くなった歩夢と黒部だけが残された。

 よろけながら起き上がった二人は、土まみれになった制服を互いに払い合う。



「ぼ、僕、生まれて初めて、人に助けてもらいました。か、感謝という前に、感動です」

「全然助けてないじゃんか。ただ一緒になって蹴られてただけだ」

「ぼ、僕は一人じゃないって思っただけで、う、嬉しくなっちゃって」


「お前はずっと、そうやって人からないがしろにされてきたのか」

「ぼ、僕は、その程度の人間だから。み、みんなの扱い方は、正しいんだよ」

「でもいつか、そういうやつらを見返してやればいい。お前は努力家で、しまいにはなんでもできちまうやつなんだから」


 黒部の丸くふくらんだほおに、熱いしずくが流れていく。


「ぼ、僕そんなこと初めて言われたよ。と、友達だと思えるのは、日比野君だけだっ」

「なんだよ、そんなことで泣くんじゃねえよ。俺よりましな友達だってできるよ」


「ひ、日比野君は、いつもそうやって自分を卑下するけど、ぼ、僕のほうが、ずっと邪悪な人間なんだ」

「安心しな。俺以上に悪に染まった人間なんかこの世にいねえよ」


「ぼ、僕はね……いじめられるたびに、いじめっ子を殺したいって、そう思ってるんだよ!」

「いいねえ。その負の衝動をエネルギーに変えられれば、どんなことだって成し遂げられるよ」


「こ、こんな卑劣極まりない感情が、なにかの社会的成功に結びつくって言うの? ひ、日比野君って、すごいこと言うんだね」

「まあ、誰かの受け売りのような気もするけどな~」



 汚れたままの歩夢と黒部が部室に戻ると、一之瀬の顔から疑問符が飛び散っていった。

「うわっ、汚っ。二人でプロレスでもしていたの? 今拭いてあげるから、そこに立っててっ」


「いつも助けてくれてありがとな。一之瀬って、外見はクールだけど性格は優しいんだよな」

「オゥ、やめてよー。あたしルックス以外をほめられるの、慣れてないんだからさ~」


「それはみんなが一之瀬の中身をちゃんと見てないってことだ。言動がワイルドなだけで、本当はいつも相手のことを思いやっているのに」

「ぼ、僕もそう思う。い、一之瀬さんはルックスだけじゃなくて、ハートもきれいです」

「オゥマイガーッ。ユーたち今日はなんか変だよ~。えっと、天気図でも書こっかなー」



 その時、扉がガラガラと音を立てた。

 入ってきたのは、泥だらけの野球服を着た小柄な男子。

 顔も細いし目も細いが、ギラギラした目には力がある。


「あのさー、俺、一年の速見はやみ俊介しゅんすけ。ここに入部するから」


 突然のことに、部員たちは顔を見合わせるばかりだった。

 初めに声を発したのは一之瀬だ。


「ユーを歓迎するよー。地学部へようこそ~」

「地学部なんだっけ、ここ」

「なにそれ、ユーわかってないでここに来たの?」

「あー知ってる知ってる。気温計るやつっしょ?」


「まあそうだけどさー。ところで野球部のユニフォーム着てるけど、兼部するってこと?」

「野球部なら、たった今やめてきた」


「そう。野球部と地学部ってだいぶ違うかもだけど、なんで地学部?」

「なんか楽そう、だから?」

「なにを見てそう思ったのか知らないけど、まっいいかー。なっ、先輩たちっ」


 二人の会話をぼう然と聞いていた歩夢と黒部は、一之瀬に肩をたたかれてうろたえる。


「あーでも俺、ここへの入部を野球部やめる口実にしただけなんで、基本幽霊ってことでよろ」

「なんだよそれー。今楽そうだからいいって言ったじゃーん」

「あーそれてきとー。楽そうだけどつまんなそー。やる気出ねー」


 速見はポケットに手を突っ込んだまま話をしていた。

 歩夢はおもむろに近づくと、いきなり速見の手を引っこ抜く。

 その手は、血にまみれていた。


「お前、なんで野球部やめたんだよ」


 速見は下から見下ろすような目で歩夢を見上げ、口をとがらせながら話を始めた。


「俺さー、運動神経抜群でさ。野球部入ったら即レギュラー。そしたら先輩たちの恨みを買ってさ。あんまりじゃまされるから疲れたんだよね。そんな感じ」


「で、出る杭は打たれる。た、大変だったね」

「どうってことねえよ。あんたこそ、いかにもいじめられそうな顔してんなぁ」


「っていうかユー、この二人がからまれてたとこ、見てたでしょ」

「えーっ、ってことは一之瀬も見てたのかよー。だったらなんで助けねえんだよー」

「あのさ日比野っち。なんで後輩の女子一人で、先輩の男子二人を助けなきゃいけないわけ?」


「あんたら、弱すぎて見てられなかったんだけど」

「そんなユーは、この二人の熱い友情に感動しちゃったってわけね」

「そんなわけないっしょ。こんなダサいやつらに」


「そういうことにしといてあげるよ。でもユーは一年なんだからさ、先輩には敬語使えよー」

「えっ、一之瀬がそれを言う?」

「あたしは帰国子女なんで、敬語に慣れてないだけだから。でもユーはダメー」

「マジかよ。めんどくせー。年齢より才能で格付けしてほしいね」


「ぼ、僕が部長で、大丈夫かな。ね、年齢と地位が、逆さまのような」

「先輩さー、デブな上に、なんかどもってない?」

「ユーはさーっ、デリカシーなさすぎなんだよっ」


 一之瀬が速見を捕まえようとするが、俊敏な動きで避けられる。

 二人は追いかけっこを始め、机の周りをグルグルと回り始めた。


「ふ、二人とも、もういいから。ぼ、僕は気にしてないから」

「そういう速見は、いつか黒部の人徳を認めることになるだろうよ。あのさ速見。世の中、ムダなことなんてない。つまんなそうなことでも、本気でやってみれば案外意味があるかもよ」


 あれ?

 俺またどっかの誰かみたいなこと言ってないか?


「そうかぁ? ありえね~。オレはここみたいな地味な活動より、もっとどでかいことがやりてーんだよ。世間のやつらがあっと驚くようなね」


 速見の言葉に、歩夢と黒部が吹き出した。

 部屋の外からも、豪快な笑い声が響いてくる。


「日比野、貴様に真の後継者ができたようだな」

「あっ、ボス~っ」


 一之瀬が速見を派手に蹴り飛ばし、宝蔵院に飛びついていく。



 一流大学の文学部史学科に現役合格した宝蔵院は、意外にも桜色のワンピースを着ていた。


「宝蔵院先輩が、女みたいになってる」

「なんだとぅ。日比野、貴様はまだ乙女の扱いがわかっていないようだな」


「その類まれな美ぼうと一本筋の通った性格じゃ、男はみんなほれちゃいますよ」

「なっ、誰がそこまでほめろと言ったっ」


 照れまくる宝蔵院の顔を、速見が打球を追う遊撃手の目つきで見ていた。


「あれ、この部活、意外に女子のレベルたけえな」

「おい小僧、このわたしにほれてもムダだぞ。わたしは戦国武将にしか興味がない」

「うわー、中身はやっぱマニアック系か~。まっ、思ったよりは退屈しないで済みそうだな」



「おーっ、待望の新入生が入ったんだな~」


 貧相な風ぼうがさらにグレードアップした境が、手を上げながら入ってきた。


 境はなんとか三流大学の文学部日本文学科に入学したが、バイトばかりしていて授業はほとんど欠席している。


「このいかにもエロそうなおっさんは誰っすか?」

「初対面なのにキャラバレてる~っ」


「いやあ、境先輩が同期になるとは思わなかったよ」

「高校時代も宝蔵院のほうが先輩みたいだったじゃないか~」


 情けない表情をしていた境だが、男子たちのほうへ目を向けると一変してドヤ顔に変わった。


「男子諸君よーく聞けい。大学に入れば童貞を捨てられると思ったら、大間違いだぞ~」



 先輩たちが作るこういう和やかな雰囲気、俺にはとても作れない。

 この人たちって、実はすごい人たちなんじゃないのか?

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