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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第八の試練 俺はバイトを抱くわけにはいかない
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37 新入生の勧誘

 2016年4月15日 金曜日



 歩夢は二年生になった。


 二年C組でのポジションは、一年生の時から変更なし。

 明差陽は黒部と同じB組になったため、教室で歩夢に話しかけてくる生徒は一人もいなかった。



 地学部では、唯一の三年生である宝蔵院が部長となっている。


「やはり百葉箱は城のように飾りつけるべきだと思うのだが」

「そ、それはいいアイデアですね部長」

「そうだいっそのこと、城巡りを活動に加えるというのはどうであろう」

「それではもはや地学部ではないのでは……」


「日比野、意見があるなら大きな声で堂々と述べよ。案ずるな、いきなり首をはねたりはせん。このわたしの逆鱗に触れぬ限りはな」

「いえいえ滅相もございません」


 宝蔵院は事実上の独裁者なのだが、本人は常に後輩の気持ちを尊重しているつもりらしい。



 春は部員を集める季節。

 三人しかいない地学部は、存続のため少なくとも一人は新入部員が必要だ。


 そこで新入生を勧誘するために展示物を作ったのだが、指揮を執った宝蔵院の趣味でいたるところに戦国武将。

 おかげで新入生には歴史部だと誤解される始末。

 勧誘の成果は一向に上がらず、新入部員ゼロの危機を招いた。

 歩夢と黒部は自分がされたような犯罪レベルの勧誘はできず、ただただ焦るばかり。


「まさか、このわたしが策を誤ったのか?」

「部長、ようやく気づいてくれたんですねっ」

「もっと積極的に戦国で押すべきであった」

「まったく、我が殿は~っ」



 入学式から一週間。

 新入生募集の声もしぼんできた頃。


 黒部と展示物を片付けていた歩夢は、イヤホンで音楽を聴きながら校庭を颯爽と歩く女子と目が合った。


 小さな頭に長い脚の十頭身。ショートカットで髪の色は金髪と栗毛の中間。瞳は青みがかったグレー。

 その目鼻立ちの大きさは、純血の日本人ではないことを示していた。


「あ、あの子、アニメのキャラっぽくてかわいいなぁ。で、でもさすがに勧誘は無理だよね。あ、あれ、日比野君?」


 黒部にうなずき、美脚を目指して突進する歩夢。

 しかしいざ近寄ると、深刻そうな顔でまごまごしているだけ。

 それに気づいて立ち止まり、次に起こる出来事を冷静に待っている美少女。


「あの、キャンユースピーク、イングリッシュ?」

「それを言うなら、キャンユースピークジャァパニーズじゃなくて? ちなみにあたし、日本語普通に話せるから」


「なんだ、日本語通じるんだ。あのさ、俺、地学部の者だけど、星って、きれいだよね」

「あー、そうね、きれいね。だから、なに?」


「でも一光年離れた星は一年前の姿が見えているわけで、それって視覚だけがタイムスリップしたような……俺はなにを言ってるんだろう」

「ユーはなにを言ってるんだろうね」


「ビッグバン以来宇宙は膨張し続けているけど、その後はどうなるのか。ビッグクランチ、つまり宇宙の崩壊が起こるのか。崩壊するならその後はどうなる。そしてビッグバンの前にはなにがあったのか。それとも宇宙はビッグバウンス、つまり膨張と収縮を繰り返しているのか」


 歩夢が中途半端な知識を猛烈な勢いで披露し始めると、たいていの新入生は迷いなく逃げていく。

 ところがその女子は、顔を真っ赤にして説明する歩夢を不思議そうに眺めていた。


「それって循環宇宙モデルよね。サイクリック宇宙論なら、以前雑誌で読んだことがあるわ。英文だったけど」

「うわ~、レベルが違いすぎる……。でも俺、君についていけるようにがんばるから。せめて君の話を聞けるように、全力を尽くすからっ」

「そんなに一所懸命になれる部活なの? 地学部って」



 こうして、一之瀬いちのせアンナの入部が決まった。


 父親が日本人で母親がハンガリー人。

 十歳の時ハンガリーから日本へ移住してきた。

 ハンガリー語、英語、日本語が堪能なトリリンガル。

 小学生の頃から雑誌や広告のモデルをしている、スーパー新入生。


 どこにいても目立つ美形ハーフの地学部入部は、学園の歴史上最大の事件と評された。



 2016年4月22日 金曜日



「ちょっとそこのユー、なにコソコソ人の悪口言ってんのっ」


 気が強く物怖じしない一之瀬が通ると、こざかしい者たちが次々と蹂躙されていく。


「ヘイユー、隠れて日比野っちを撮影すんな! 言いたいことがあるなら自分の顔と名前をさらして堂々と発言しな!」


 部室の前で助けられた歩夢は、逃げていく同級生を見ながらあきれ顔。


「あのさ一之瀬、俺なんかにかかわるなって。一之瀬は光を浴びる存在、俺は闇に隠れる存在なんだから」

「日比野っちさあ、なんなのそのネガティブな言動はっ。男のくせにウジウジしてて気持ち悪いったらないよねー」

「だったら俺なんか相手にしなきゃいいじゃん。なにもそこまで言わなくたってさ。なあ黒部ぇ」


 答えに困る黒部の背後から、宝蔵院がこみ上げてくる笑いをこらえながらやってきた。


「貴様らどっちが先輩だかわからないな。だが一之瀬、こいつらは一応先輩なんだから敬語で話してやれよ。同情でもいいからさ」

「あー、このニヒリスト気取りのデカダン崩れが、あたしより長く人生を経験してるってこと、すっかり忘れてたよー」


 宝蔵院と一之瀬はなにかと意見が衝突するが、そのわりには仲が良さそうだった。

 宝蔵院は逐一反対意見をぶつけてくる一之瀬よりも、明確な意思表示をしようとしない男子二人に、むしろ腹を立てるのだ。

 地学部は、二強の女子と二弱の男子で構成されている。



 元部長の境は、大方の予想通り浪人生となっていた。

 よほど暇なのか、週一ペースで地学部にやってくる。

 部屋着にしか見えない、極めてラフな格好で。


「彼女が新入部員? なんで地学部のイメージとはかけ離れたタイプの子が入部してくれたんだ~?」

「無論、百パーこの宝蔵院の人徳ですよ、元部長」


「ハ~イ、わたし一之瀬アンナって言いまーす。ユーが噂の元エロ部長、通称マスターね~」

「マスターって、もしかしてマスターベー……どこまで話してるの俺のこと~っ」


 境が加わったところで、男性陣の劣勢はちっとも変わらない。


 けれど歩夢は気づく。

 いつの間にか自分が、心の底から笑えているということを。

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