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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第七の試練 俺は女神を抱くわけにはいかない
32/66

32 愛する資格

 歩夢と有寿は途中何度もよろけながら、ようやく歩夢の家の前までたどり着いた。


 歩夢の体調はさらに悪化し、立っているのもやっとだ。

 二階への階段が、普段の何十倍も長いように感じる。


 この階段を上りきれば、あたしはお兄ちゃんの家に入れるんだわ。


 その希望が有寿にそれまで出したことのない力を与え、二人は見事に階段を上りきった。


 達成感に包まれた有寿が、目と鼻の先にある歩夢の顔を見つめる。

 しかし歩夢は、むずがゆい罪悪感を覚えながら顔をそむけた。


 兄と妹の距離じゃないよな。

 さすがにもう小さな子供じゃないんだから、少しは気をつけないと。

 お兄ちゃんとか言われて調子に乗ってんじゃねえぞ、俺。



 だが歩夢の病状悪化に気づいた有寿は、看病への意気込みをさらに増していたのだった。


「大丈夫だよお兄ちゃん。元気になるまで何日でも何週間でも、あたしがピッタリついて介抱してあげるからね」

「それはダメだ」

「なんでダメなのよ~」


 歩夢は最後の力で有寿から離れ、玄関の扉に背中をつけてにおう立ちする。


「ここから先は、通さん」

「えっ、なんでそこまでかたくな? ……あのねお兄ちゃん、男の人がエッチな物を隠し持っていることくらい、あたし知ってるよ」


「あん? ……お前の想像を絶する代物だ。教育上好ましくない」

「なんかすごく興味わいてきた」

「絶対にダメ」

「そんなにエッチなの?」

「もはや犯罪だ」

「やだお兄ちゃん、そこまで追い込まれていたなんてー」


 冗談ぽく話しながらも明らかに本気で心配している有寿に対し、歩夢は拝むように手を合わせた。


「お願いだから、今日のところは帰ってくれ」

「そんなに見せたくないの? そのエロいもの」

「この秘密、墓場まで持っていく」

「なんかすっごいずっごい見たいんだけどー、そこまで言うなら帰ってあげるよ~。でも次は絶対見せてね」

「考えておくよ」


「本当だよ。じゃあ、ちゃんと体休めてね」

「ありがとう。今度お礼をするよ」


 有寿が階段を降りながら振り返るたびに、歩夢は顔をひきつらせて笑顔を作った。

 そしてようやく有寿の姿が見えなくなってから、必死でカギを開ける。


 危ねえ。

 有寿にマリアを見られるところだった。

 マリア以上にエロいものなんて、この地球上に存在しないからな。



 一方一人駅へ向かう有寿は、厳しい目つきになっていた。


 ちょっと、この何日か攻めすぎたかな。

 大人になったところをアピールしたかったんだけど、かえって逆効果だったかも。


 でも、あたしはもうすぐ二十歳になる。

 そしたらもう、子供扱いなんかさせないんだから。



 家の中に入ったとたん、歩夢はバッタリと倒れてしまった。


「マリ、ア……」

「歩夢、大丈夫? 歩夢!」


 慌てたマリアが、危ういお姫様抱っこで歩夢を担ぎ上げる。

 そして何度も壁や家具に衝突しながら、なんとかベッドまで運んでいった。

 ベッドへ横になった歩夢は、温かな安心感が無限に広がっていくのを感じる。


 やっぱり自分の家は落ち着く。

 いや、この心の安らぎはマリアがいてくれるからなんだろうな。



 マリアは手早くお粥を作ると、歩夢をゆっくりと抱き起こした。

 お粥をフーフーしながら食べさせて、歩夢が飲み込むたびにニッコリと笑う。

 お粥は刻んだネギとふっくらとした卵の入った、とても優しい味だった。

 食べ終わった歩夢にかぜ薬を飲ませ、丁寧に寝かしつけるマリア。


「大丈夫よ歩夢、なにも心配いらないから。わたしが必ず助けてあげるからね」

「んん……マリア……」


 マリアは意識がはっきりしない歩夢に添い寝して、体内を駆ける悪寒を温もりで塗りかえていく。

 慈愛で満ちた表情で優しくなでられると、不思議と頭痛も引いていくのだった。



 少しだけ眠った歩夢は、マリアがいなくなった気がしてひどく不安になる。


「マリア……マリア……」

「マリアはここにいるわ。ここにいるわよ」


 歩夢の体を必死にさするマリア。

 歩夢は今までに感じたことのない安ど感を覚えた。


 だがしばらくして体調が回復してくると、歩夢は嵐のような罪悪感にさいなまれる。


 幸福感なんて、俺が感じちゃいけないものなんじゃないのか。

 マリアのおかげで喜びを得るなんて、一番あってはいけないことだ。

 

 でもマリアとの生活は、俺自身が望んだこと。

 俺がどうしてもかなえたいと願ったことだ。


 俺の決意なんて、しょせんはそんなものなのか。

 これじゃ真理愛さんに、顔向けできないよ。



 いとおしそうに歩夢のほおに手を当てるマリア。

 そんなマリアのほおに、歩夢も手を当てる。


「マリアは、本当に真理愛さんによく似ているな。真理愛さんっていうのはマリアじゃなくてね、俺が理想の女性だと思っている人だよ」

「歩夢は真理愛さんが好き。マリアわかった」


 歩夢がハッとした顔をする。

 マリアのほおに触れている手が、わずかに震えている。


「いや、俺には人を好きになる資格がないから」

「人を好きになるのに資格がいるの? マリアわからない」

「相手を守れない人間に付き合う資格はない。俺は真理愛さんを救えなかったから」


「歩夢は人を幸せにできる人だよ。いつか真理愛さんとお付き合いできるといいね」

「それはありえない。ありえないんだよ……」


「でもマリアはずっと歩夢のそばにいるよ。この身が壊れるまで一緒にいる。その人の代わりでもいい。他の人を好きになるまででもいい。せめて今だけでもいいから、わたしのことを愛して」


「ごめんな。俺は愛なんて持っていないんだ」

「歩夢は愛を持ってる。マリア知ってる」


 マリアが知ってる愛ってなんだよ。

 その愛には、どんな意味があるんだ?

 愛っていうやつには、意味がなきゃいけないんだよ。


「ありがとうマリア。でもね、マリアとは一つになれないんだ。それだけは、死んでもできない」

「歩夢にとっては、マリアと愛し合わないということが、とっても大事なことなんだね……」


 俺はマリアを真理愛さんの身代わりにしている。

 だからマリアを抱くことは、真理愛さんに対する冒とくを意味する。


 俺はあの人の身代わりを抱くわけにはいかない。


 俺の人生は、あの時に決まったんだ。

 俺はあの約束を、死ぬまで守らなきゃいけない。

 それは俺にとって、生きていることを許される条件。



 ゆっくりとうなずく歩夢を見て、ダイヤモンドのような美しい涙を流すマリア。


 歩夢はマリアに背を向けるため寝返りをうつ。

 しかしその手は、マリアの手をしっかりと握っていた。


 手を握るのもダメですか? 真理愛さん。

 でも今だけは、せめてこれぐらいは、許してください。

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