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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第六の試練 俺は大和撫子を抱くわけにはいかない
30/66

30 祭りの後

 一行が人込みを抜けて公園に入ったところで、歩夢は暗闇の中に二粒の涙が光っているのを見つけた。

 近づくとその光の源は、見覚えのある女の子だった。


「この前公園にいた子だよな。どうした? パパとママはいないのか?」

「んぅ、んぅ、うわ~~~ん!」


 薄汚れた普段着の女の子は、歩夢と会えたことに安心して泣きじゃくっている。


 歩夢はその女の子から名前を聞き出した。

 園木有寿と名乗ったその子は、小学二年生とは思えないほど幼かった。

 話そうとしても、言葉が空回りしているように感じられる。


「あの皆さん、俺ちょっと、この子の親を探してみますから。今日はこれで失礼します」

「日比野君、わたしも一緒に探すわ」

「えっ……いや、高良先輩はいいですよ。俺一人で十分ですから、みんなで祭りを楽しんでください」

「いやいや日比野~。一人でかっこつけるなんてずるいよ~」


 地学部の部員たち、それに明差陽まで、微笑みながらうなずいている。

 彼らは歩夢に有寿と共にその場で待つよう指示し、有寿の親を探すために各々散っていった。


 あれ?

 なんで俺、感動しそうになってんだよ。

 仲良しごっこは嫌いなんじゃなかったのか?



 しばらくして境が家族を見つけ出し、それを聞いた他のみんなも戻ってきた。


「なんだ有寿、こんな所にいたのかっ」

「一人でどこかに行ったらダメじゃないのっ。ほんと迷惑ばっかりかけるんだからっ」


 両親は有寿をしかりつけながら、高そうな浴衣を着た長女の手をずっと握っている。

 二人の冷たい口調と長女の鋭い視線で、泣いている次女の立場は明白だった。

 有寿は家族のそばに寄っていこうとしない。


 両親から常に兄をひいきされてきた宝蔵院が、湧き上がってきた怒りをぶつけようと前に進み出る。

 しかし先に怒りの声をあげたのは、歩夢だった。


「自分の子供が一人ぼっちで泣いているのに、なんとも思わないんですか!」

「お前みたいな小僧になにがわかるんだっ。ガキのくせに偉そうな口をたたくなっ」

「あなたこの前有寿を連れ去ろうとした子ね! なんでわたしのじゃまばっかりするのよ!」


「そっちこそ、なんでいつもその子の気持ちを考えてやらないんですか!」

「ちょっと誰かーっ! この人がうちの子にちょっかい出すんで、捕まえてください!」


 母親の訴えを聞いた通りすがりの男たちが、歩夢に向かって押し寄せてくる。


「違うわ! 彼はその女の子を助けようとしたんです! 彼は正義の味方なんですーっ!」


 真理愛が精一杯の大声で絶叫すると、部員たちと明差陽が歩夢の周囲を取り囲んだ。

 通行人たちは両陣営のにらみ合いに挟まれ、どうすればいいのか判断しかねている。

 そうしているうちに関心を失い、通行人たちは方々へ散っていった。


 歩夢は助けられたことと同じくらい、真理愛が自分のことを「この子」ではなく「彼」と言ってくれたことが嬉しい。



 一方通行人を味方に取り込む作戦に失敗した母親は、逆ギレ状態になっていた。


「なによ! なんでもかんでも母親のせいにしてっ。この子はね、親をひどく苦労させる子なの」

「それがなんだって言うんですかっ! この子は死ぬほど寂しかったんだっ!」


 歩夢の震える腕を、真理愛が押さえつける。

 腕力はないが、力を感じる。


 困惑する有寿が自ら母親に近寄っていくのを見て、歩夢はポケットに手を突っ込んだ。


「すいません、でした……」

「今度この子にちょっかい出したら、絶対少年院に送り込んでやるから」


 有寿の両親にさんざんなじられた歩夢は、境と宝蔵院に肩をたたかれその場を後にする。


 歩夢ははらわたが煮えくり返ったままだったが、童話の小人が発したような小さな声に意表を突かれる。


「バーカ」


 夫婦の後ろ姿に向かって舌を出している真理愛を見て、歩夢の関心はすっかり切り替わっていた。


 この人がそんな言葉を吐くなんて。

 でも表情は不思議と穏やかなままだな。



 帰り道、歩夢の隣には高原のそよ風のような真理愛がいた。


「女の子を助けた時の日比野君、かっこよかったわ。誰がなんと言おうと、日比野君はヒーローだったから」

「先輩その、大げさな表現なんとかなりませんか? 助けてもらったのはどう見ても俺じゃないですか」


「日比野君って、人の痛みを自分の痛みにしてしまうのね」

「いや俺は……みんなが見てるからほめられたかっただけです。こんなことを言うのも、かっこつけたいだけですが。あー、今かっこつけたいって正直に言ったのも、偽善にすきない」


 言い終わった後、歩夢は気づく。

 自分の自虐発言で自分から遠ざかっていく者は、この中には一人もいないということを。

 自分を包んでいるのは、温かな空気だけだったのだ。


「またそんなひねくれたことを言って。どうせみんなに同情してもらいたいだけなんでしょ。いい加減素直になりなよ」

「同情なんか俺が一番嫌いなものだ。俺は他人の優しさなんかいらねえ」


 言い返そうとする明差陽の肩にそっと手を置き、真理愛は重力を消し去る笑顔を浮かべた。


「日比野君は、愛されたいより愛したいってタイプなのね」

「そうじゃないですよ。なんでそういう話になるんですか」

「日比野君に愛される人は、きっと幸せだね。うらやましいな~」


 絶句する歩夢を、月光が照らしている。

 月は歩夢の後を追いかけるように、歩夢の体を照らし続けた。



 祭りがにぎやかであればあるほど、祭りの後は寂しいものだ。

 歩夢はとほうもない孤独感に襲われながら、無人の家に帰った。


 ベッドに倒れ込んだ歩夢を、窓から差し込む月光が包み込む。


 真理愛先輩、なんで俺にあんなこと言うんだよ。

 俺、嬉しくて、辛くて、死にそうだよ。

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