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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第五の試練 俺はヒロインを抱くわけにはいかない
24/66

24 傷だらけの戦士

 その日の夕方、有寿が再び歩夢の店にやってきた。


「お兄ちゃん、来ちゃった」

「やあ有寿、お前ハンバーガー好きだなあ」

「ハンバーガーだったらなんでも好きなわけじゃないよ。お兄ちゃんが作るハンバーガーが好きなんだよー」


「もっと体にいいものを食べろって言ったじゃないか」

「体だったら、もう十分に発育したよ」

「なに言ってんだ、子供のくせに」

「だからー、もう子供じゃないってば~」


 シスコンの兄とブラコンの妹にしか見えない二人を、日下部がヨダレを垂らしそうな顔で眺めている。

 そんな日下部を結衣が、刑事が犯人の首を締め上げるような勢いで問いただす。


「誰、あのあざとい感じの女」


 前回有寿が店に来た時、結衣は帰った後だった。

 初めて有寿を目にした結衣は、ルックスの上位者がライバルとなりえる女子に出くわした時にありがちな、肉食獣の目つきになっている。


「あぁ、あの子は店長の昔からの知り合いらしくて」

「昔からの知り合い? まさか、店長の女?」

「いやあ、店長いわく、妹みたいな感じらしいよ」

「妹、みたいな? ふ~ん。日下部さんが知ってるってことは、前にも来たことあるんだ」


「それがさあ、昨日来たばっかりで」

「なにそれ、ストーカーじゃん」

「いやいや、そんな子じゃない、と思うよ。店を出てからも、店長代理のことをずっーと見てたけど」

「やっぱストーカーなんじゃんっ」


「でも店長代理のほうは、全然その気がないみたいでさ。もったいね~」

「そっか。恋愛にだけは敏感な日下部さんがそう思うなら、きっとそうなんだろうな」


 不機嫌な結衣とは対照的に、日下部のテンションは上がっていく。


「その百戦錬磨の俺としたことがさあ、あの子にすっかり一目ぼれしちゃってさ。どうにかして落としたいんだけど、手を出したら店長にマジで殺されそうで~」


「軽さだけがとりえの日下部さんらしくもない。殺されてもいいから口説けばいいじゃないですかっ」

「殺されてもって……なんか結衣ちゃんもキャラ変わってね? なんかこの店、最近殺伐としてきたなあ」

「いいから命がけで口説いてくださいよっ」

「いや、だから目がこわいって」

「ビビってないで死ぬ気で口説けっ」

「ええっ……俺、これからは仕事に生きることにします~」


 日下部のパッションをあっさりと打ち砕いた結衣は、獲物を狙う女豹のごとく身構えている。



「お兄ちゃん、今日は何時に仕事終わるの? たまには遊びに行こうよ~」

「今日はいろいろあってさ。そんな気分じゃないんだよ」

「落ち込んでるの? なにかあったの? あたしがいくらでも話聞いてあげるよー」


 有寿を前にして顔がほころんでいた歩夢は、結衣が至近距離から自分と有寿をにらんでいることに気づき、「ひっ」と息を飲んだ。


「店長代理、今は休憩時間でしたでしょうかっ?」

「いやごめんあの、ちょっと知り合いの子が来たもんで……」


 あからさまな敵意を向けられた有寿も、負けずににらみ返している。

 歩夢には結衣がマムシで、有寿がマングースのように見えた。


 なに? 二人ともどうしたの?

 設楽は仕事熱心すぎるんだよなあ。

 有寿は有寿で、意外と負けず嫌いだし。


「店長代理のお知り合いだかなんだか知りませんが、店長代理は今すっごく忙しいので、あまり時間を取らないでいただけませんかっ?」


「あ、そんなに忙しかったの? お兄ちゃん」

「あぁ……そうなんだよ。これからディナータイムだからね。慌ただしくてごめんな」

「そう……お兄ちゃんのじゃまはしたくないから、あたし今日は帰るね」

「ごめんな。気をつけて帰れよ」



 何度も手を振り合う疑似兄妹を見れば見るほど、結衣の機嫌は悪化する一方だった。


「店長代理、気がゆるんでるから出世できないんじゃないんですかっ?」

「うっ……ご指摘ごもっともです」

「そんなことでは定年まで店長代理のままですよっ」

「面目次第もございません」


「優しいのはいいんですけど、あまりに優しすぎるのは問題ですよねっ」

「べつに優しくはないんだけどね」

「もっと自分の立場を考えたらどうなんですっ。いい大人なんですからっ」

「そうだよな。俺大人になれていないよなあ」



 一日の仕事を終えた結衣は、西武池袋線で自宅のある東久留米へ向かっていた。


 なんであんなにきつい言い方しちゃったんだろ。

 っていうかあたし、なんでこんなにへこんでるわけ?

 ちょっといいかも、ぐらいに思ってたのに、まさかハマった?

 あたしの男の趣味、どうなってんのっ。



 その夜歩夢は、落ち込んだまま帰宅する。


 設楽に言われたように、もっとうまく立ち回らないといけないんだけどさ。

 そういうことしてると、余計しんどくなるんだよな。


 それにしても、給料が減るのはやっぱり痛い。

 なにしろマリアが来てから、食費が倍増してるからな。

 電気代なんか、何倍になることやら。

 仕事はきついけど、がまんして続けるしかない。



 扉を開くと、自分だけのヒロインがファイティングポーズの姿勢で立っていた。

 精かんな顔つき、を作ろうとしている童顔が、逆にかわいらしい。


「無事に帰れて良かった。戦場でいじめられたり、しなかった?」

「大丈夫……大丈夫だよ。マリアに会えたから、もうなんともない」



 夕食の時間、マリアが作った餃子は絶品だった。

 普段酒を飲まない歩夢が、とっておきの発泡酒を持ち出す。

 手作り餃子にビールもどき、そして憧れのキャラにふんしたマリアのお酌。

 最強トリオの誕生だ。


 マリアがこまめに酒をついだせいで、歩夢はあっさりと酔い潰れてしまう。


「マリア~、お前は飲めるのか~? アンドロイドにアルコールはどうなんだろー」

「戦士たるもの酒に飲まれたりはしない。だが世界を救うため、その聖杯を受けるとしよう」


 マリアもたちまちほんのりと赤くなり、視線がトロ~ンとぼやけてきた。

 これは刺激的な色っぽさだ。

 歩夢の機嫌は一気に急上昇する。


 今夜は最高だ~、アハハ~。



 歩夢はほろ酔いのマリアをゲームに誘い、ゲーム世界のマリアを見せて泣くように笑った。


「ほら見てよ、これがゲームの中のマリアだよ。ちょっと似てる? あんま似てねーか。でも服はそっくりじゃん。なんでだろー。まっ、いいか~」


 歩夢はMMORPGでもソロプレイしかしない。

 人と交わることはネット上でも避けている。

 それが今日ばかりはマリアに予備のコントローラを渡し、二人並んで画面に向かう。


 歩夢はファイナルヒロインの仮想空間に、メインキャラである「マリア」の他、サブキャラとして「チヨコ」と「アンナ」を作成してあった。

 すべて地学部でかかわりのあった女性たちの名前だ。


 歩夢はアンドロイドのマリアにゲームキャラのマリアを使わせ、自分はチヨコを操作して、アンナは自動的に動くサポートキャラとして使用する。


 歩夢は少し照れながらマリアの手を取り、操作方法を懇切丁寧に教えていった。


「そこでリモコンの前の部分の左側の下の方のボタンを押すと……そうそうそう! うまいなあ。まるでプログラムされているみたいに」


 初めての仲間プレイが嬉しすぎて、歩夢のリアクションは普段の十倍。


「いいぞマリア~。この調子でダンジョン制覇するぞーっ」

「歩夢、バリア張るの忘れてるよ。ちゃんとフォローしてね」

「すいません……。なんか初めてなのに、ヘビープレイヤーの俺よりうまくないか?」



 迷宮の最深部には、画面をおおいつくすほど巨大な魔王が待ち構えている。


「マリアが盾になるから、歩夢は安全な場所から攻撃してね」

「いやいや新入りに壁役は難しいから。まずは俺が作戦を説明する……ってもう行くのかよ~」


 大剣を振り回してザコ敵をなぎ払いながら、魔王めがけて突進していくマリアのマリア。

 防御魔法、強化術、物理攻撃……目にも止まらぬ速さでスキルを連発する。


「無理をするな……って敵抑えてるしボコってるし回復までしてくれてる~」

「マリアが、歩夢を、守るのだーっ」


 マリアの必殺技「爆裂流星斬り」が炸裂、ほとばしる光の斬撃が魔王を包み込んだ。


「やったーっ! ラスボス初めて倒せたよ~。あ、今からゲームのマリアが決めゼリフ言うから聞いて~。……ほら、メッチャかっこいー。マリアも今のセリフ言ってみてよー」

「我は、君だけの女神になろう」

「ひゃ~っ、俺のマリアがそこにも~っ、ここにも~っ」


 興奮して、じゅうたんの上で転げ回る歩夢。

 だが、笑っているのは声だけだ。

 残っていた酒をのどの奥へ流し込み、コスプレのマリアをまぶしそうに見つめる。



 エンディングの画面になり、いくつもの流れ星が通り過ぎていった。

「流星の天使」と呼ばれる美少女戦士たちが勢ぞろいし、ゲームキャラのマリアが純白の衣装に変身する。


「マリア、今こそ変身だ~っ」


 雄たけびと共に、歩夢が三次元のマリアにすがりつく。

 ショッキングピンクの衣装を脱がしかける。

 露わになっていく白い肌。

 優しく微笑むマリア。

 その表情を見て、慌てて手を止める歩夢。


「あっ、なにやってんだ俺。ごめん、本当にごめん」


 危ない。

 俺、どうかしてた。

 酒飲んで、その勢いで……なんて最低だ。

 俺は、自分をだまそうとした。

 そしてマリアを、いい加減に扱おうとしたんだ。


「歩夢、自分を責めないで。わたしたち、一線を越える時が来たんだよ」



 背後で服を脱ぐ音が聞こえる。

 絶対に振り向くな、と自分に言い聞かせる歩夢。


 勘違いさせないでくれ。

 マリアはヒロインで、俺はしょせんモブキャラなんだから。


「やめろ、マリア、やめてくれ」

「マリアはもう、覚悟はできてる。マリアは、歩夢のためだけに存在しているんだから」


 服が床に落ちる音が響く。

 歩夢の目は血走り、こめかみがけいれんしている。


「だからやめろって言ってるだろ!」

「歩夢、一つになろ。マリア、歩夢と一つになりたいの」

「それ以上言うな! 俺はふしだらな女は嫌いだ!」

「そんな……マリアはただ、歩夢に喜んでもらいたいだけなのに……」



 マリアに背を向けたまま寝室に入った歩夢は、胸が張り裂けそうな自己嫌悪に陥った。


 またマリアを傷つけちまった。

 なんでいつも、こうなるんだ。

 俺ってほんと、成長しねえな。

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