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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第五の試練 俺はヒロインを抱くわけにはいかない
23/66

23 勇者の降臨

 2027年7月9日 金曜日



「我が盟友よ、今こそ目覚める時だっ」

「なっ、なんだっ、なにが起きたっ? ……あっ、その格好、まさか……」


 その日歩夢は、最大級の衝撃と共に一日を迎えた。

 目の前にファイナルヒロインで自作したキャラ「マリア」が降臨し、ファイティングポーズを取っていたからだ。


「本物の、マリアだーっ!」


 中世ヨーロッパの防具をピンク色に染めたようなよろいとかぶとに、ピンクの短パンとピンクのコート。

 自分がデザインした戦闘服をリアルに着ているマリアを前にして、歩夢は興奮のあまりベッドの上でのたうち回った。


 マリアの前にひざまずき、少年のように瞳を輝かせる歩夢。

 格好だけは戦闘態勢のマリアは、おめかしをした子供のように得意げだ。


「よろいの下は、なにも着てないんだぞ」

「え~っ、裸によろい~? それってエロすぎない~?」

「よろい、脱いであげよっか~」

「じゃあ参考までに……ってダメだろそれっ」

「引っかからなかったかー。おぬしただ者ではないなー」

「見た目は最高なんだけど、なんかキャラ設定がブレてねえか?」



 出勤の準備をしながらも、歩夢の興奮は冷めることがない。

 マリアも歩夢が視線を向けるたびにポーズを作り、歩夢の歓声を浴びてご満悦だ。


「こりゃあもう、仕事行ってる場合じゃねえな」

「歩夢は仕事をサボることにした。マリア驚いたぞ」

「冗談だよ。サボったりしたら一発で首切られちまう」

「歩夢が首をはねられる。マリアが敵の軍勢から歩夢を守ってみせるっ」

「本当に首を切られるわけじゃないよ。間違っても職場に乗り込んできたりすんなよ」


「歩夢をいじめる者はすべて邪悪な悪魔。守護天使マリアが成敗してやるぅ。天誅~っ」

「ゲームの決まり文句、よく知ってるな。でも俺がそのキャラを好きだっていう情報は伝えていないはずだけど」

「弊社は広範囲に情報網を張り巡らせております」

「ええっ、急にビジネスライク? もはやキャラ崩壊してる~」



 食事でも着替えでも、歩夢がなにか行動するたびに、ド派手な戦士がド派手な声援を送った。


「行けーっ、歩夢~っ! 負けるなーっ、歩夢~っ!」

「おーっ」

「戦場でなにがあろうと、歩夢にはマリアがついてるからな~っ!」

「そうだーっ、俺にはマリアがついてるんだ~っ」


 華麗なる戦士の執拗なしった激励を受け、歩夢は意気揚々と家を後にしたのだった。



 今日は歩夢と日下部が店内で昇進試験を受ける日だ。


 試験官である角刈り白髪交じりのエリアマネージャーは、いつも粗探しをしては減点項目をでっち上げる。

 そうやって人件費を下げるのが、会社のやり口なのだ。


 早速日下部が店内での私語を注意され、歩夢は頭を抱える。


「彼に私語が多いのは、わたしがフレンドリーな雰囲気を作るよう指示しているからです。むしろわたしのほうがしゃべりまくってます」


 日下部のいない所でエリアマネージャーに反論した歩夢は、小一時間厳しい叱責を受けた。

 素行の注意から始まり、なぜか努力を曲解され、しまいには人格を否定される。

 言葉で殴られ、蹴られ、首を絞められる。

 そんな時間が、ほぼ毎週訪れるのだった。


 歩夢は自分に対する非難には反論しない。

 反論すれば、同僚を巻き込むことになるのを知っているからだ。



 ハンバーガーを作る実技試験もある。

 歩夢の調理は一通りうまくいったが、レジ周りに比べると調理場が汚い、という指摘を受けた。

 調理場は掃除済みだったが、結衣が良かれと思ってレジの周辺をいつも以上に丹念に磨き上げておいたのだった。


「店長代理、あたしごめんなさいっ。余計なことしちゃったみたいで」

「いや、いい仕事して悪いことなんか一つもない。気をつかってくれてありがとうな」

「店長代理、人が良すぎです……」


 硬い笑顔の歩夢は、エリアマネージャーが待ち構える休憩室へ向かった。

 その力なく丸まった背中が、結衣には颯爽としているかのように見える。



 試験結果は、二人とも昇給の可能性はなし、職務怠慢を理由に日下部の評価を下げる、というものだった。

 ふてくされた日下部が店内へ戻ると、歩夢がまたしても口を挟む。


「日下部がサボっているように見えるのは、わたしが店内をよく見ているようにと命令しているからです。彼はわたしの方針に従っているだけなんです」


 結局、歩夢だけが減給を言い渡された。

 歩夢は投げやりな表情のまま、繰り返し頭を下げる。

 その様子を結衣がこっそりのぞいていた。



「まあこんな日もあるっすよ。ちょっとぐらい給料減っても死にはしないっすから~」


 エリアマネージャーを見送った歩夢を、事情を知らない日下部が慰める。

 長身の日下部に肩をたたかれる歩夢は、体の一部が床に埋まってしまったかのようだ。


 結衣が日下部をあごで追い払い、歩夢と二人きりの状況を作り出す。


「ねえ店長代理、なんで全部一人で背負おうとするんですかっ。日下部さんにいつも『働け』って注意してますよね。店長の私語なんて少なすぎるくらいだし」

「なんだ、話聞いてたのか。部下の失態は全部上司の責任だ。責任者はその名の通り、いざという時責任を取るのが仕事だからな。責任を取れないやつなんか、大人とは言えないだろ?」

「店長代理みたいな大人、あたし初めて会った」


 結衣の表情は、大人がいいところを見せた時の子供の反応だ。

 歩夢の顔に困惑が現れ、次の瞬間には作り笑いが浮かぶ。


「なんてな。ちょっとかっこつけてみたかっただけ。俺そんなこと全然思ってないし」

「アハハッ、やっぱりねっ。店長代理って、もっとゆるいキャラだからっ。まめなわりに部下には甘いし、やること細かいから仕事遅いし、焦ってるのにぼうーっとしてたりするし」

「なにげに俺、ディスられてるね」


「気いつかいーだし、言葉に心こもってるし、いい人丸出しで生きてるのが辛そう」

「そうなんだよぉ。もうやってらんねーよぉ。このままじゃ俺が潰れてパティになっちまう。過労百パーセントパティだ」


「なにそれチョー受けるんですけど。へこんでるなら彼女にでも慰めてもらえばいいのに」

「彼女なんかいねーし」


 仕事中ほとんど止まることのない結衣の動きが止まった。


「そうなんだ。いい年して、寂しいですね」

「子供欲しいと思ってないからね。女性と付き合う理由がない」

「えーっ、そんな風に言い訳する人、あたし初めて会ったー」

「言い訳じゃねーし。マジで彼女なんかいらない。そんなの、面倒臭いだけだ」


「それ以上言うのやめてくださいよっ。かわいそうで聞いていられませんよっ」

「だから言い訳じゃないって。いいから仕事しろ……じゃねえな。仕事すべきなのは俺だー」

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