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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第四の試練 俺は子ネコちゃんを抱くわけにはいかない
19/66

19 たちの悪い動物

 2027年7月8日 木曜日



「ううっ、なんか重い。これって、金縛り?」

「歩夢、おはようさんなのニャ~」


 歩夢は、自分の腹にまたがっている茶色いネコの姿にあ然とした。


「なんで俺の部屋にネコが? ……え、マリア?」

「ニャ~」

「なにがニャーだよ。その着ぐるみはいったいどうしたのかな?」

「マリアは、歩夢のペットだニャン」

「いやそう言ったけど、確かに俺がそう言ったんだけど、そういう意味じゃないんだよ」


「マリアは、歩夢を捕まえるのニャ~」

「ちょっ、ちょっと待てーっ」


 歩夢は両手を上げておおいかぶさってきたネコもどきを、力ずくで押しのける。


「いきなり着ぐるみってなんだよ。曜日で服装を変えるにしても、もっとましなのがあるだろう」

「用意してくれればなんでも着てあげるニャ。スクール水着でも体操着でもボンテージでも」

「なんか新しい自分を発見してしまいそうで怖いから、そのたぐいはやめておくよ」


 その顔に変な格好はさせられないからな。がまんがまん。


「どうせコスプレするなら、そうだなぁ、ナースとかフライトアテンダントとかミニスカポリスとか、そういうの着てくれよぉ」

「ナスでもフライドチキンでもミニスイカでも、なんでも試して構わないニャよ」

「うん。その言葉の意味は考えないでおこう。服装はマリアに任せるよ」


 だけどその頭に付いてるネコ耳、こんなに似合う人いないかも。

 なんてったって、マリアのかわいさは人間を超えているからな。

 対抗できるとすれば、子イヌか子ネコぐらいだ。

 しかも生足丸出しじゃねえか。

 しっぽ振ってるのが、妙にエロいし。



 もう安全と判断した歩夢がソファに腰かけると、指を丸めたマリアが飛びついていった。


「おいしそうなネズミちゃんがいるニャー。マリアが食べちゃうのニャ~」

「うおっ、なにすんだよ~」


 とっさに飛びのいた歩夢だったが、ネコ型のマリアは想定外の俊敏な動きを見せる。

 四足歩行のほうが二足歩行よりも動きやすいらしい。

 低い体勢から飛び出し、歩夢の足を素早くとらえる。


「うわっ、離せっ。たちが悪いネコだなぁ。発情期かよー」

「なんで逃げるニャ? マリア、かわいくないニャか?」

「かわいけりゃなんでも許されるってわけじゃねえんだよ~」


 逃れようと暴れる歩夢だが、腰に取りついた獣は離れてくれない。

 バランスを崩して床に倒れる歩夢。

 頭を激しく振りながら両腕のブロックをかいくぐり、体を密着させていくマリア。


「どこ触ってんだ。くすぐったいって~」

 体をまさぐられるのをいやがる歩夢だが、ムスコだけは今日も元気いっぱいだ。


「もういい加減にしろっ。仕事に行けねえだろうが」

「ウニャニャ~」



 勢いをそがれたマリアは、口をとがらせながら朝食を用意する。


 今日のマリアは特にウザいな。

 でもこいつって、どうしようもなく憎めないやつなんだよなぁ。


 食事が始まると、マリアは大きな肉を食いちぎるようにトーストを食べ、小さな動物を丸飲みするように目玉焼きをほおばった。

 その野性味あふれる姿は妙に自然で、なんとも愛くるしい。



 しかし、野生のネコがおとなしくしていたのは食事の間だけだった。

 警戒しながら朝の支度をする歩夢を、獲物を狩る小さなハンターがつけ狙う。


「じゃまするなっ、すがりつくなっ、股間に潜り込むなっ。おーいもうやめろ~」

「大いにもっとなめろ? マリアなめるぅ」

「ちげーよーっ。なめるなーっ、いろんなとこ触るなーっ。き、きもちぃ~」

「歩夢の真ん中辺がおっきくなってるニャ~。歩夢も発情期ニャー」


 そう。人間はいつでも発情できる。

 どんな動物よりもたちが悪い。


 歩夢がイラつくのは、マリアに対してではない。

 自分の下半身に対してだ。



 マンションを出た歩夢が振り返ってみると、マリアがベランダからモフモフの手を振っていた。


「いってらっしゃいなのニャ~」

「こらっ、家の中に入れっ。シッシッ」


 厳しくしかったつもりでも、歩夢の顔はにやけている。



 仕事中も、歩夢の脳裏からマリアの存在が消えることはなかった。

 感触の記憶が波のように押し寄せてくる。


 歩夢は顔面の筋肉がゆるみっぱなしのまま元に戻らず、周囲から白い目で見られても気づきもしない。

 まるで夢遊病者だ。



「あたしの話聞いてます? これはセクハラですよ。セ、ク、ハ、ラッ」

「えっ、セクハラ? いや、違うんだっ。これは違うんだよっ」

「店長代理、なんの話してます?」

「えっ……あっ、そうそう、セクハラね、セクハラ……」


 狭い休憩室で結衣と二人きりの歩夢は、結衣から相談を受けている最中だったことを思い出した。

 社員の日下部くさかべさとるが口説いてきてしつこい、という苦情だ。

「だって仕事中に誘いまくるとか、ありえなくないですかーっ?」


 バイトの子からセクハラの相談を受けている今、ムスコが元気だってことを悟られるわけにはいかないぞ。

 とりあえずこの子には、ちゃんと聞いてるアピールをしておかないと。


「うんうん。うんうん。とりあえずなんとなくわかったような気がするかもしんない。なんだったら安心してくれてもいいんじゃないかなって思うけどどうなんだろう」

「ちょっとっ、ちゃんと聞いてないのバレバレなんですけどっ」

「だいじょぶだいじょぶ。俺がんばるから。すっごいがんばるから」

「もうっ、もっと心配してほしいのにっ」



 歩夢はまだ文句の言い足りない結衣を仕事に戻し、代わりに日下部を呼び出した。


 ただ一人の同僚である日下部は、二十三歳の新人マネージャーだ。

 配属時は日に焼けてやたら黒かったが、遊びに行けなくなって中途半端な小麦色になっている。

 塩顔からチャラさがあふれ出ているが、妙に冷めた空気を漂わせてもいた。



「だってね店長代理ぃ、こんな仕事きつくて給料安くて、恋愛以外になんの楽しみがあるんすか~。店長代理がいつも股間をモッコリさせてるのも、欲求不満なんじゃないっすか~?」

「なっ……それは、見間違いなんじゃないかなぁ。職場でエロいことなんて、考えたことないしぃ」


「え~っ、ファストフードに就職するなんて、女の子目当てしかないっしょ~。少なくとも俺は、それしか頭にないっす。そういうのがないと、人生つまんないっしょ?」

「動機が不純だなぁ。僕には信じられないなぁ。しかも女子高生はマズいよ女子高生はぁ。噂にでもなったらどうすんだよぉ。あの店の社員はバイトの女子高生に手を出してるってさぁ」

「女子高生つったって、結衣ちゃんと俺、五歳しか違わないんすよ。百歳の時九十五歳っすよ。年の差なんて関係ないっす。なんかこう、結衣ちゃんといるとこの胸がときめいちゃって~」



 それまでいかにも面倒そうな顔をしていた歩夢が、突然まじめくさった表情に変わった。


「いいか日下部、恋愛感情には段階があってな」

「段階? なんの話っすか?」


「第一段階は異性に対する性的な衝動。これは脳が遺伝子をばらまけと命令している。第二段階は交際初期の気分の高揚。これはひとまず一人の異性に意識を集中して性行為をしろってこと。第三段階は長年の交際による相手への愛着。子供が大きくなるまで育てさせるのが目的だ。つまり今抱いている感情なんて……」


「なんかよくわかんないっす。とにかく結衣ちゃんって、ネコっぽくてかわいいんすよね~」

「ネコ? ネコだって? ダメ。ネコはダメ。ネコは危険。ライオンも、トラも、ネコ科、だから」

「え、なんでしどろもどろ?」


「えーっと、だからさ、本能のまま見境なく女の子を口説くとか、そんなことしたって意味ないんだよ」

「なんで意味ないんすか~。女口説くのは男の役目じゃないっすか~」


「子供を産ませたい男性は女性を身体的特徴で選びがちだけど、子供を守っていかないといけない女性は、男性に家族を守る能力を要求する。現代社会で最も重要な力は経済力。しつこく口説いてる暇があったら、働いて稼いだほうがましだってことだ」


「なんか話がずれてるような気もするけど、やたら必死っすね」

「職場を管理する者は、働きやすい環境を作らないといけないからな」


「まあ店長代理がそこまで言うならしょうがないや。とりあえず店の女の子に手を出すのはやめておきますよ。女の子は店の外にもたくさんいるんだし」

「言うまでもないが、お客さんをナンパするのもNGだからな」

「えーっ、それもダメなんすかぁ? じゃあまあ一応気をつけまーす」



 店舗に戻った日下部は、結衣に「すいやせんっしたー。もうしませーん」と言いながら頭を下げた。

 店舗に戻り在庫チェックを始めた歩夢を見やりながら、結衣は口元をゆるませる。


 たまには役に立つじゃん。

 ちょっと雰囲気暗いけど、よく見ると顔もありだし。

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