15 日替わりの衣装
2027年7月7日 水曜日
「おはようございます、ご主人様」
「ん? ご主人様?」
歩夢が重いまぶたを開いていくと、そこにいたのはゴスロリ系のメイド服を着たマリアだった。
「なんだよそれ。うちはいつからメイドカフェになったんだよ」
黒いスカートと白いソックスの間に鎮座する絶対領域に、覚醒した視線が釘付けになる。
完全なる童顔とロリータ系の服装は、フライドポテトとコーラくらいマッチしていた。
「マリアは、ご主人様の家政婦でございますから」
「俺が昨日家政婦って言ったからメイド服なのか? でもなんでそんな服持ってるんだよ」
「衣装は七種類用意してあります。マリア、ご主人様好みの女性になってみせますわ」
「曜日ごとに日替わりでコスプレするってことかあ。大サービスだな」
尻を突き出し、首をかしげているマリア。
大きく見開いた瞳が、朝の光を受けて輝いている。
あざとい。
でもそれがまたかわいい。
マリアがキャラ変するたびにドキドキしちまうな。
男の本能は、たくさんの女性に精子を配ろうとする。
だから女性は男に浮気をさせたくなかったら、いろんな格好をして、違った面を見せて、男の本能に別の女性だと錯覚させればいい。
特に制服は人を特定のキャラに当てはめるから、浮気心をだますのに効果的だ。
まあ俺はべつに、そんなのに興味はないんだけど。
ただマリアが、なにを着ても似合っちまうっていうだけだ。
フリルに包まれた女の子が、陽気に腰を振りながら家事をしている。
掃除をしたり洗濯したり、部屋の中を縦横無尽に跳ね回る。
かと思えば派手に転んで、泣きっ面。
なにをやってもかわいくて、いくら見ても飽きないな。
こらこら、こっちにお尻を向けるなよ。
おいおい、そんなに腰をクネクネ振るなって。
そのまま後ろからいけそうじゃねえかよ。
短いスカートの中に手を入れて、白い下着を引きずり下ろして……考えただけでもヤベえ……あ、ムスコが。
「ご主人様、絶対領域に手を入れたいんですか? それで服を着せたまま後ろからするんですね」
「あのさぁ、勘が良すぎるのは困るんだって。頼むからもっと鈍感になってくれよ」
「ご主人様は感じにくい女の子が好き。マリア覚えました」
「いやそれはむしろ逆なんだけど」
「ご主人様は感じやすい女の子が大好き。マリア訂正のうえきっちり記憶しました」
「余計なこと言わなきゃよかった」
前日と同じ朝食だが、味付けは進歩していた。
これなら毎日でも食べられるだろう。
「ご主人様、口元にジャムが」
歩夢の顔からジャムをぬぐい取った指を、上目づかいでなめるマリア。
歯を磨こうとした歩夢は、上目づかいのメイドから歯磨き粉をつけた歯ブラシを渡される。
「ありがとう。でも自分でやれるからね」
歩夢が寝室で着替えようとすると、マリアが中に入ってきて手伝おうとする。上目づかいで。
「あのさぁ、そうしつこくつきまとわれたら、かえって迷惑なんだけどな」
「出過ぎた真似をいたしました、ご主人様……」
マリアがいかにも寂しそうに、極端に歩みの遅い小刻みな足取りで退いていく。
ちくしょう。
これじゃまるで、俺がいじめてるみたいじゃねえか。
自責の念にとらわれた歩夢が無言で出勤しようとすると、バッグを渡しにきたマリアが顔をのぞき込んでくる。
「ご主人様、なんか元気がありませんよ。ラブラブパワー注入~っ」
マリアは指でハートマークを作り、それを自分の胸元から歩夢の胸元へ押し出していった。
「そんな子供っぽいことを……。でも、ちょっと元気出たかも」
「ご主人様にはマリアが必要。ご主人様はお気づきになった」
ダメだ。会社に行きたくない。
前から行きたくなかったけど、今は十倍行きたくないぞー。
仕事が手につかない。
業務時間が異様に長く思えてじれったい。
いくら考えないように努めても、メイド服やらOL風やら制服姿やら、魅惑的なマリアの姿が次々と浮かんでくる。
これから毎日、こんなくすぐったい地獄が続くのか?
こんな誘惑だらけの禁欲生活、耐えられるのか俺……。
仕事がきついっていうのも、こういう時は救いだな。
夜八時、今日も働きまくった結衣が帰宅する。
ポニーテールを揺らしながら休憩室を出てきた結衣。
同僚と談笑し、華やかな声を散らしている。
結衣は一年生の時から、平均週六回シフトに入っていた。
運動は得意なのに部活もやらず、授業が終わると直接出勤してくる。
シングルマザーの一人娘。
母親は心身ともに不調で仕事が長続きしない。
だから結衣は、自分で生活費を稼ぐしかないのだった。
社員よりよっぽど仕事のデキるこの店の大黒柱だが、どんなに優秀でも高校生の時給は上がらない。
それが会社の方針なのだ。
俺よりあの子のほうが、よっぽど店長に向いているのにな。
正当な評価をしないで、あの子がやめちゃったらどうするんだよ。
歩夢はふと、結衣が豊西学園高校の制服を着ていることに気がついた。
忘れていたが、高校の後輩だったのだ。
マリアと違って白いシャツと黒いリボンの夏服だが、つい二人を比較してしまう。
胸は結衣のほうが大きいな。
それに男連中が噂していたけど、脚が長くてきれいだ。
男は胸と同じくらい女性の脚が好きだけど、そういえば母乳の脂肪分って、太ももや尻で作られるって話があったな。
男の美脚好きにも、理由はあるってことだ。
結衣の脚は細めではあるけど、肉付きは悪くない。
それにひきかえ、マリアの脚は細すぎるんだよな。
太ももは太いから太ももなんであって、細かったら細ももなのにな。
「ちょっと店長代理っ、なにあたしの制服姿ガン見してるんですかっ」
「いやっ、設楽、違うんだっ」
今俺のムスコが元気なのはお前のせいじゃなくて、マリアのせいなんだよ~。
「なにが違うんですかっ。今あたしに手を出したら淫行ですからねっ。身の破滅ですよっ」
「身の破滅か……それもいいかもな」
「ええっ……大丈夫ですか? 店長代理ぃ」
歩夢は真顔で心配している結衣を見て焦る。
けれど今さら発言を撤回しても手遅れだ。
「いや、そんなことを考えちまう年頃なんだよ。俺のことなんか気にしないで、早く帰りな。今日もお疲れ様。いつも本当にありがとう」
「あっ、こちらこそ、いつもお礼を言ってくれて、ありがとうございます」
結衣はしばらく視線を歩夢に残しながら去っていく。