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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第二の試練 俺はOLを抱くわけにはいかない
13/66

13 思わぬ再会

 2015年5月16日 土曜日



「日比野、地学部に入ったんだって? なにやってもつまんなそうなくせに、興味あること、一つはあったんだ」


 学校の廊下で明差陽に声をかけられ、歩夢は後ずさりした。


「まだ入るって決めたわけじゃねえよ。それよりお前さあ、俺に話しかけるなって言ってんだろ。どうなっても知らねえぞ。空気読めよ」

「それあんたが言う? あたしたちにはあたしたちの空気があるでしょ。友達ってそういうもんじゃん」


「俺たちいつから友達になったんだよ。お前友達の意味知ってる? そういう言葉、軽々しく使わないでくれないかな」

「友達って、どんな時でも味方でいてくれる存在、だと思ってるけど」


「フッ、世の中にそんなやついるかよ。第一俺、味方なんて必要ないし」

「そういうひねくれた態度がダメだって言ってんのっ。少しは自分の問題に巻き込んだって、お互い様だったらいいじゃない。あんたとあたしは腐れ縁なんだし」


「なにが腐れ縁だよ。三年間塾が同じだっただけだろ。なんの関係もねえじゃねえか」

「あっそっ、フンッ」


 不満そうにきびすを返す明差陽を、歩夢は理解不能という表情で見送る。


 なんかあいつ、俺に話しかける回数増えてきてねえか?

 どんだけ俺に同情してんだよ。

 なにかのボランティアのつもりなのか?



 放課後の部室では、境と黒部が戦隊ものを真似てヒーローごっこをしていた。


「ザコキャラのくせに二人ともヒーロー役? このわたしが正義の刃でたたき斬ってくれるわっ」


 宝蔵院が男子二人をエア日本刀で斬り捨てる。

 大げさに斬られたふりの二人。


「や、やられたー」

「うわー、お代官様、ごむたいな~」


 歩夢はそんな三人から距離を取り、見て見ぬふりをしていた。


 ガキかよ。

 とてもあいつらのノリにはついていけねえ。

 やっぱりここは、俺の居場所じゃない。



 歩夢はその場から離れたい一心で、気温測定の役を買って出た。


 データを記録しながら、棒高跳びの選手となった明差陽をいやらしい視線で眺める。

 百葉箱の場所からは、マットに落ちて足を広げたところがよく見えるのだ。


 地学部に用はないけど、このベスポジを失うのだけは惜しいな。


 明差陽って、体にメリハリがあって、肌がきれいで、健康的で、明るくて、愛想が良くて、しっかりしていて、ちょっとエロくて、近寄るといい匂いがする。

 まさに男が本能的に求める女。

 つまり遺伝子が子供を産ませろと命令してくる女だよな。



 難しい顔で楽しい分析にふけっていた歩夢の耳に、不穏な話し声が流れ込んでくる。


「ねえねえ、あの男子じゃなーい? さっき裏サイトで見たあれー」

「あっ、ほんとだー。学校に来ないでほしいのにね~」

「なんか悪い病気とか、うつされそうじゃない~?」


 あのさあ、相手に聞こえる距離で陰口たたくなよ。

 そんなに俺が怖いなら、近づかなきゃいいだろ。


「あっ、こっち見たよー」

「うわ~、キモッ」

「やだぁ、あたしたち襲われちゃう~」


 誰がお前らなんか襲うかよ。

 ちょっとぐらいスカートが短いからって、偉そうにしてんじゃねえよ。



 その時同じ女性とは思えないほど柔らかな声が、歩夢の耳に飛び込んできた。


「日比野君、気温測定ご苦労様」

「わっ、せっ、先輩っ」


 それは会うのが二度目となる真理愛だった。

 思わぬ再会に不意を突かれ、腰砕けになる歩夢。

 そんな後輩に真理愛は、軽快な音楽のような笑顔を投げかけている。

 歩夢は立ち止まってコソコソ話している女子たちのことが気になる。


「あの、高良先輩、俺の近くにいるのはあんまり……」

「いいのっ。わたしはここにいたいのっ。悪魔の手先に稲妻の制裁を~。うりゃ~」


 真理愛がふざけているのか怒っているのか区別のしづらい視線を投げると、女子たちは逃げるように去っていった。

 子供のように笑う真理愛を見て、歩夢は放心状態。



「日比野君って、意外にメンタル強いんだねー。感心感心」

「いや、俺のメンタルは完全に崩壊してるんで、これ以上壊れようがないってだけですよ」

「それって最強だね~。だって人の悪意に免疫ができてるってことでしょ。うらやましいなー」

「よく言いますよ……。今日はスーツ、なんですね」


 真理愛は二十五歳だが、せいぜい二十歳くらいにしか見えない。

 喪服にも使えそうな黒の上下を着ているが、化粧っ気がなくほぼすっぴんらしい。


「似合わないって言いたいんでしょ~。でもたまには大人だってことを証明しないとね。あ、偉そうなことを言いながら、今日もちゃんと化粧してこなかったわ。わたしってダメな女」

「先輩に化粧なんかいりませんよ。どっちかって言うとセーラー服のほうが似合いそうだし」


 そうだ。この人が同級生だったら、毎日会えるのに。

 あれ? なに言ってんだ俺。


「それは言いすぎ。今日は大学で研究発表があって、さっき終わったところなの。小平先生に論文を見てもらおうと思って」


 真理愛は東京科学大学大学院理工学研究科地球科学専攻博士課程二年。

 子供の頃から恐竜が好きで、古生物学者を目指しているらしい。


「小平先生って大学の先輩でもあるんだけど、若い頃は地層に関する論文をいくつも発表して、とても優秀な研究者だったのよ。派閥争いに巻き込まれなかったら、そのまま大学に残って、今頃教授になっていたはずなのに……。あの女の子、すごいわ」


 真理愛の視線の先には、バーを飛び越えようとする明差陽の姿があった。

 何度失敗しても挑戦を続ける明差陽を見て、真理愛はしきりにうなずいている。


「日比野君、あの女の子は鳥になれると思う?」

「百万年くらい願い続ければ、翼の生えた人間になれるんじゃないですか」

「あと一歩で、始祖鳥みたいに羽が生えてくるような気がするわ」

「専門家なんですから、アーケオプテリクスって言いましょうよ」


 返事がない。

 真理愛は一心不乱に明差陽の跳躍を眺めている。

 いったんなにかに興味を持つと、周囲の言動が頭に入らないほど集中してしまうらしい。



 息が詰まる緊張感に包まれていた歩夢が、けいれんするように呼吸する。

 真理愛と会った瞬間から、呼吸がうまくできないでいたのだ。


 少し落ち着いてきた歩夢は、ここぞとばかりに真理愛を観察する。

 革靴の底から頭の天辺まで、なめるように。


 細くて胸もお尻も小さくて、肌が青白くて、体が弱そうで、なんか寂しそうで、発言が支離滅裂で、年上なのに頼りなくて、色気のかけらもないし、フェロモンがまるで出ていない感じ。


 明差陽は万人受けするけど、この人の場合、好みが分かれるだろうな。

 まあ不思議ちゃんが好きな男は、どっぷりはまるかもしれないけどさ。

 俺は全然、そういうんじゃないし。

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