キ……しないと出られない部屋
検索除外
「キ……しないと出られない部屋? なんかのヒントかな」
古い石の壁の、掠れて消えかけた文字を読み上げ、俺は首をかしげた。
俺達は城を見回りしてる途中、魔法のトラップに引っ掛かって密室に閉じ込められてしまい、必死で出口を探している最中だった。
「ここから出る方法じゃないか?」
「あーなるほど!!」
親友の指摘にポンと手を打つ。
「この部屋、古い魔法の気配がする。多分、この通りに実行したら、ここから出られるんだろうが……」
「文字の一部が欠けちまってるもんなぁ。なんて書いてあったんだろ」
ざっと見たところ部屋は完全に密室で、出口らしい出口もない。
だが、一緒に閉じ込められた親友曰く、ここには古い魔法の気配が漂っているらしい。つまり、何らかの魔法的な仕掛けが存在する、ということだ。
おそらく壁の文字はヒントで、謎を解いたら脱出できるとか、そういう仕組みなんだろう。
俺と親友は顔を見合わせた。
「キって何かなぁ……あっ分かった!! "キノコ"じゃね!?」
「アホ。"キノコしないと出られない部屋"って何だよ」
「ならこれどう!? "キツツキ"!!」
「ああ、嘴でつついて穴開けて脱出…………できるわけないよね?」
「真面目にやって」と笑ってるが、親友のオーラは半ギレだ。顔が綺麗なだけに怖い。
しかし困ったな。"キ"から始まる言葉って何なんだ。
俺は、めったに使わない頭をフル回転させて、キ……が何か考えこんだ。
+++++
時間は少し遡る。
真夜中の王城にて、深夜番担当の俺と親友は、揃って詰所に出仕したところだった。
「お疲れ様ーっす!」
「先輩、お疲れ様でした」
「おう、フィルにノアか。今夜の深夜番はお前らなんだな。眠いだろうが頑張れよ!」
「はいっ!」
先輩は俺の頭をくしゃっとした。親友には軽く手を振って笑顔で帰宅してく。
何この扱いの差。俺もこいつと同じ十八歳なんだが、いまだに子供扱いな気がしてならない。
まあいい、仕事だ仕事!
「いくぞノア。早く来ねーと置いてくかんな!」
「はいはい」
俺ら新米騎士の仕事は見回りがメインだ。城の深夜番は、二人一組で夜警を担当する。
今夜のペアの相手は、親友のノア。
やりやすくてヨシ!
松明をかかげ、決まった巡回ルートを歩きながら、俺は、きょろきょろと辺りを見回した。
「へぇ……」
ゴツゴツした石壁に、年代物の装飾。
築城から数百年経た王城は、古さのせいか、夜はとことん不気味で、そこかしこに松明の光の届かない闇が漂う。
「雰囲気あるよなぁ。なんか、お化け屋敷探検してるみてえだ。ゾワゾワくるー」
「……君、誰の城だと思ってるの。不敬だよそれ」
「もちろん陛下」
「一応わかってるんだね」
すっかりワクワクしている俺にノアは呆れ顔になった。
城内はしんと静まり返っている。二人分の足音や、俺達の話し声以外、物音一つしない。
静寂の中、俺は親友に話しかけた。
「なあ、ノア、知ってるか? この城を建てた初代王って、偉大な魔法使いなんて言われてっけど、城の地下で変な実験したり、魔法のかかった隠し部屋作ったりしてたらしいぜ」
「噂なら聞いたよ。今でも時々、夜警の騎士が罠とか隠し部屋に引っ掛かる、とか」
「そう、それ!」
俺はパチンと指を鳴らした。
「ほらー、すげえお化け屋敷だろ。初代王って偉大っつーより"魔法極めた変態"だったんじゃねえかな」
「だから不敬だよ、減給になっても知らないからね」
親友はますます呆れかえった。
そんな表情でさえこいつのキラキラ王子様フェイスはビタイチ揺らがない。安定のイケメン。そして性格も紳士的。
こんなんモテないわけがない。ただし一律女性に優しいだけで、恋愛自体への興味はないらしい。宝の持ち腐れだよな。
あ、ちなみに俺はごく一般的なフツメンです。特にモテない。でも別に泣いてない。
ノアと下らない話をしながら見回りしていると、
「…………ん?」
「どうした、フィル」
ノアが軽く首を傾げた。こいつ、男の俺から見ても、マジでかっこかわいい。いいなぁ美形は…………じゃなくて!
ノアの背後がおかしい。廊下の壁がうっすら光ってるような……
「え、なに、幽霊?」
「脅かすなよ、フィル」
「いやだって、ほら……!」
「え……」
親友の後ろを指差した瞬間。
壁が突如、眩しく光った。光に引っ張られるようにノアが体勢を崩す。
「うわ………っ」
「ノア!」
目を丸くしたノアが、すうっと壁に吸い込まれる。
咄嗟に腕を掴んでこっち側に引き寄せようとしたが、ぐいぐい引っ張られる感覚に抗えない。数秒踏ん張って耐えたものの、最終的に、俺達は壁の光に吸い込まれてしまった。
+++++
……気がついたら、俺達は、見たことない部屋の床にしゃがみこんでいた。
「ノア、怪我はねーか?」
「大丈夫。そっちは?」
「俺も平気だ。一体何だったんだよ。つーか、ここどこだよ……」
部屋をぐるっと見回して、軽く絶望する。
「出口がねーじゃん! どどどどうしよノア!?」
「取りあえず落ち着け。多分、この部屋は初代王が作った隠し部屋だ」
「さっき俺らが話してたやつ? マジかよー」
噂をすればってやつか。
問題は、ここにあるべきものがないって事だ。天井、床、壁。がっちり石が組まれた密室で、窓や扉が見当たらない。
やっぱ初代王ってドSな変態だな。
頭を抱えてると、親友が軽くため息をついた。
「僕の不注意だった。すまない、フィル」
「いや、お前は全っ然悪くねーだろ。悪いのはこんなん作った変態王だ」
フォローすると、ノアは紫の目を瞬かせて小さく笑った。
「うん、確かに」
「そーそー、そうやってニコニコしてろ。その方が俺も元気でるわ。
閉じ込められちまったもんはしょーがねえし、どうしたら出られるか考えようぜ!」
「分かった」
顔を見合わせて笑って、俺達はぐるりと部屋を見回した。
本当に何もない……と思いきや。
「フィル、ここ。壁に文字が彫られてる」
「ほんとだ!」
だがせっかく見つけたそれは──石の劣化で、肝心な箇所が掠れてしまっていた。
「えーと、キ……しないと出られない部屋?」
──そして冒頭に戻る。
俺には魔法の素養がない。だが、魔法が少し使えるノアが言うには、ここには古い魔法の気配があるんだそうだ。
ならばこの文字はヒントで、多分、キ……をすれば出られるんだろう。
一文剥がれてたのは残念だが、古くなった壁に文句を言っても仕方がない。文字が残ってただけマシだと思おう。
俺は答えを探すべく、うんうん唸って考えこんだ。
「キって何かなぁ……あっ分かった!! "キノコ"じゃね!?」
「アホ。"キノコしないと出られない部屋"って何だよ」
「ならこれどう!? "キツツキ"!!」
「ああ、嘴でつついて穴開けて脱出…………ってできるわけないよね?」
親友は「真面目にやって」と微笑みながらキレてる。無駄に迫力があって怖い。
「これでも真面目に考えてるんだけど」
しゅんと肩を落とすと、ノアがぷはっと吹き出した。
「……そっか。怒って悪かったよ。君も動揺しているんだな」
確かにちょっといっぱいいっぱいかもしれない、俺。
「まあでも、一緒に閉じ込められたのが君で良かったよ。深刻にならなくて済むし」
親友は、最後にふわりとした笑顔を見せた。本当いい奴なんだよな。
だけどこいつは、キレたらめちゃくちゃヤバい。
何せ、渾名が"狂犬"、だからな。
────ノアは騎士学校時代の同期だ。ふとした切欠で顔見知りになって、見かけたら声をかけるようになり、気づいたら仲良くなっていた。今では立派な親友だと俺は思っている。
だが、フツメンの俺と違って、こいつは昔から異様にモテた。
さらさらの銀髪に、深い紫の瞳。怜悧で整った顔立ちは、まさに乙女の理想。背は少し低めだが、すらっと細身で足も長い。
剣や体術も常に上位。俺達は技を競い合い、同期では一、二番を争うライバルでもあった。
そんなノアの性格は、普段はいたってクールで冷静。でも怒らせたら相当ヤバい。
元々、ノアは路上で暮らす孤児だったらしい。今となっては全然想像つかないけどな。
野良犬のような生活を送っていたノアは、運良く引退した剣豪に拾われ、剣の手ほどきを受けたのち、才能を買われて騎士学校に入ったという。
孤児時代の渾名がまたすげーんだ。そう、ノアは、"狂犬"と呼ばれてたらしい。
騎士学校でも、ノアにちょっかい出したやつは、例外なく、完膚なきまでに叩きのめされていた。
マジでキレると"狂犬"だよ。ノンストップ暴力。俺が見かねて止めに入る事もよくあった。
といっても、ノアは四六時中"狂犬"ってわけじゃない。能天気な俺のバカに付きあう気のいい面もあった。
それで俺もこいつを気に入って、よくつるむようになったんだよな。
…………回想終了。
で、問題は、この密室からどうやって出るかだよな?
俺は引き続き、"キ"から始まる単語を探していた。
「あ、分かったーー!! 今度はめっちゃ自信ある!!」
「何?」
「"キック"だ!」
「…………うん? まぁ可能性としてはあるかもね」
よし、と気合いを入れて、俺は、ガツッと壁を蹴ってみた。だが変化なし。
今度は二人でドスドス壁蹴り。しかし何も変わらない。
「人間を蹴らねーとダメなのかな?」
「うーん、試してみるか……」
どっちがどっちを蹴る?ってなって、結局ノアが俺を蹴る事になった。
ノアは最後まで渋ってたけど、「俺の方が頑丈だから」で押しきった。実際ノアは俺より細身なんだよな。
「いくよ」
「ああ、思いきり来い!」
ノアが構えて、軽く息を吐く。そして「ハッ!」という鋭い気合いと共に、威力のある回し蹴りが俺を襲った。
腕でガードしていたが、後ろの壁際まで吹っ飛んでしまう。
「っかー! お前のキックまじやべーな!」
ガードした腕が痺れた。腕をブラブラさせながら、室内を見回す。
「どーだ?」
「変化無しだね」
「違ったかぁ……」
部屋をぐるっと見回してみたが、何にも変わってない。俺、蹴られ損じゃん。
しかし項垂れてる暇はない。
「じゃあ次いこ、次! あっそーだこれは!? "キル"!!」
「は?」
ノアの紫の目が真ん丸になった。
「いや待って。僕と君が殺し合うって事?」
「殺し合うんじゃない。お前が俺を殺れ」
「なに言ってるの、君は…………」
「俺はマジだ」
思い込んだら、そうとしか思えなくなった。きっとここはデスゲーム部屋なんだ。
生き残る方は、ノアに譲ろう。俺は即決した。だってノアの方が頭いいし顔もいい。
一方俺はフツメンだ。頭もあまり良くない。
強さはまあ互角……いや俺の方が頑丈な分、ちょっと強いかな? でも本当にちょっとだ。
将来性でいったら断然ノアだと思うし、こいつが死んだら悲しむ女の子がいっぱいいる。
自慢じゃないけど俺にそんな相手はいない。
とまあ、色々理由を並べてみたけど、要するに俺はこの親友が好きなんだ。
俺を犠牲にしてでも助かってほしい。そう思ってしまうくらい、気に入ってんだよ。
「というわけで、一思いにやってくれ」
俺は手を広げて笑った。
ノアが泣きそうな顔で、腰に下げた剣に触れる。こいつの技量なら、痛みを感じる前にあの世に送ってくれるだろう。頼んだぞ。
「…………わかった。フィル、目をつぶって」
覚悟が決まった顔で、ノアが言った。
俺はそんな親友を目に焼き付けて、言われた通りに目を閉じた。
やけに素直に応じたな、と一瞬疑問に思ったが、今までの思い出が走馬灯のように瞼の裏を流れてくると、それもどうでも良くなった。
流れてくる記憶のほとんどが、俺とノアの思い出だ。
今まで楽しかったぜ。ありがとな。
そう心の中で呟いて。
覚悟して最後の瞬間を待った。
…………
…………
…………。
…………………………ふに。
「!!???!」
ゴゴゴゴゴ…………
「えっなに今の!!???」
唇になんかやらかいもんが当たったんだけど!?
混乱してる俺の耳に、「あ、扉が出てきたよ」という親友の声が届く。
「ほら出るよ」
目を開けると、スタスタと部屋を出ていく親友の後ろ姿が見えた。俺は、「待って、置いてかないで!」と焦りながら親友を追いかけたのだった。
+++++
「お前、俺に何したの……?」
「何って…………キスだよ」
「!!???」
「気持ち悪かった?」
「えっ気持ちいいか悪いかでいえば気持ちよ…………いや何でもない。そうじゃないだろ!」
俺達が元いた廊下に戻ると、扉は跡形もなく消えた。でもそれどころじゃない。
親友は、テンパってる俺を横目でチラッと見て、
「…………普通、ああいう部屋を出る条件ってキスとかだと思うけど。実際正解だったしね」
と涼しい顔で言った。
そうか、俺の普通は普通じゃなかったのか……
"キック"とか"キル"はハズレだったらしい。
だけど、本当に殺しとかしなくて良かったな。そしたらノアは永遠にあそこから出られなくなってたんじゃないか。
その想像にゾッとする。自分のバカさ加減に、己を殴りたくなった。
海より深く落ち込んでたら、
「ほら、詰所に戻って報告しよう。それに僕はやっぱり、一緒に閉じ込められたのが君で良かったと思ってるよ。
落ち込むことないからね、フィル」
ノアは肩を叩いて励ましてくれた。
「お前、マジでいい奴だよな……」
顔を上げると、ノアは照れたのか顔をふいっと背けた。
こいつ、"狂犬"とか言われてるくせに、こういうとこかわいいんだよな。
そして、詰所に引き返す途中。
「しっかし、男同士のキスでもカウントされるんだなー」
俺は何の気なしに呟いた。まあ、世の中には色んな指向の人間がいる。初代王はド変態だけど懐が広かったんだな、なんて思ってたら、隣の親友がボソッと呟いた。
「別に、男同士じゃないから」
「……………は?」
なに、どーいうこと?
「君が、鈍感すぎるんだよ」
えっ俺が女だった?
いやそんなはずはねえな。じゃあ……
「…………待って。てことは………お前って女なの?」
嘘だろ。
愕然として固まっていたら、親友は「そうかもね」と飄々と肩を竦めた。
「は? いつから???」
「生まれた時から。ほら、もう行くよ」
親友の男…………だと今の今まで思ってた奴は、スタスタと歩いて行ってしまった。
衝撃的すぎて、その場から動けない。
「えええええーーーーッ!!???」
一秒後、深夜の城に、俺の絶叫が響き渡ったのだった。
+++++
──そして数年後。
なんやかんやあって、最終的に、俺はキスの責任を取ってノアと婚約することになった。
その際、ノアの親代わりの剣豪に「お嬢さんをください」をやったら、見事ぶっ飛ばされてしまったが、ノアが剣豪を「邪魔したら縁を切る」と脅したのもあって、渋々婚約を認めてくれた。
だがあの剣豪、いまだに「お義父さん」呼びを許してくれない。娘好きすぎかよ。
そんなこともありつつ、親友から婚約者へとクラスチェンジした彼女に、
「お前さ、俺のどこが好きだったの?」
と聞いてみた。
実は、隠し部屋事件の遥か前から、ノアは俺が好きだったらしい。
完璧超人のノアと違って、俺は頭も顔も平凡だし……いや、はっきりいってバカとか脳筋の類いだし、十人並みのフツメンだし。
こんな男のどこが良かったんだろう。さっぱりわからん。でも、ノアにとってはそうじゃなかったらしい。
「…………君は、一度も私を孤児だとかバカにしたことがなかったじゃないか。それに、いつも笑わせてくれたから」
私が丸くなったのは君のお陰だ、と恥ずかしそうに笑った。
うわ、かわいいなこいつ。
「あと一緒に街に出たとき、新品の服着てナンパするって張りきってたのに、目の前で転んで怪我した子どもの血とか、汚れた顔とか、その新しい服で拭いてあげてただろう。
結局、ナンパはできなかったけど……フィルのそういうところが好きだったんだ」
それ、モテたかった頃の、いわゆる黒歴史なんだけど……
でも今は隣に美女がいるからヨシ!
ノアは相変わらず男っぽい格好をしているけれど、今となっては"美形イケメン"に全然見えない。"男装の麗人"って感じだ。
去年、ノアは王国騎士を辞め、本来の性別で貴婦人の護衛として働いてる。ちなみに今でも女性人気は衰えてない。
こんな美人が嫁に来てくれるなんて夢みたいだなーとぽわーっとしていると、どうしたの?って感じでノアが首をかしげるから、なんだか堪らなくなって、ぎゅうぎゅう抱きしめたら「痛い」と怒られた。
怒られてるのに幸せってヤバい。俺は今世界で一番幸せな男だ。間違いない。
あっ、そうそう、きっかけを作ってくれた初代王にも感謝しなきゃな。
サンキュー変態王!!