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決心

「ふはははははっ! 控えおろう!」

「駄目。やり直し」

「そんなぁ。厳しいよ」

「魔王の道は険しく果てしない。そんなことではダイダラボッチの足元には到底及びません。せいぜいくるぶし程度のものでしょう……ね? 咲様」


 焼肉屋でステータス表記の話を耳にしてから早くも半年が過ぎた。そして今、わたし達は新たに魔王として爆誕した少女に、魔王の道を説いている。


 時間がかかったのは、わたしが仕事を辞めるのに手間取ったからだ。

 引き継ぎ作業とは面倒なものである。

 辞めると決まっているから余計に面倒に感じるのだ。

 面倒過ぎて、そのままバックれようかと思ったが、流石にそれはやめといた。


 何故退職したか。

 それはこちらの世界で魔王と勇者の問題を片付けなくてはならなかったからだ。


 リル曰く、「どうしても時間が掛かります。咲様、仕事辞めてください」と毎日毎日、枕元で囁かれ、軽いノイローゼ気味になるほど追い詰められて降参した形だ。


 全く困ったものである。

 リルが手段を選ばないのは、流石は元・魔王といったところか。


「うん。良く分からないけどそうだね。ところで……キリシア?」

「なぁに?」


 キリシアはバトリアの皇女であり、実質は王様みたいなもんであり、わたし達の友達だ。


 バトリアは酒飲みの精霊の協力もあり、お酒をウリにした観光地として、今もっとも注目されている国だ。

 最近では温泉も有名になったきており、なんか亜田実(あたみ)とか匣音(はこね)みたいになってきている。


 一時は滅亡の危機に瀕していたのだから、それから考えると逆転満塁ホームランって感じだ。


「それにしても本当に気づいてなかったんだね」

「ああ、魔王のこと? うん。言われるまで気づかなかったよ!」


 キリシアは……魔王になっていた。

 まさか皇女が魔王とは。

 どうなってんだ、一体。

 

「魔王なんて抽選で選ばれるようなものですから。ま、ある程度の適正は必要ですが。それよりも問題は……」

「だよねえ」


 そう、問題は晶ちゃんなのである。

 現在、晶ちゃんは筋肉さんと並ぶ勇者として大陸を駆け回ってる。


 とても楽しそうでなによりだ。

 なによりなのだが、一つ問題が発生した。

 真の勇者を決めるべく、近々二人は決闘をするらしく、わたし達はその対応に追われている。


 晶ちゃんと筋肉さんは水と油だったのだ。

 食の好みも、笑いのツボも正反対。

 そして筋トレを押し付けてくる筋肉さんに晶ちゃんが耐えきれず、ブチギレた形なのだ。


 いや、そんくらいで決闘すんなよ。

 と、突っ込みたくなるが、どうやら二人は本気らしい。


「晶には困ったものです。さて、キリシアはこんなもんでいいでしょう。もう卒業です」

「……私、口上の練習しかしてないけど」

「どうせキリシアは世界征服なんてしないでしょ?」

「うん。しない」

「キリシアが魔王である限り、世界は平和。それで十分ではないですか。魔王としてバッチリ貢献してますよ」


 つくづく適当な世界観である。

 まあ、だからわたしも楽しめてるんだけど。


「ふうん。ならいいけど。ねえ、咲。そんなことより」

「ああ、お弁当? 作ってきたよ」


 キリシアは日本食がお気に入りだ。

 特にお味噌汁とおにぎりが大好物。

 わたしにとってもリルに初めて食べさせた思い出深い料理だ。


「どれどれ。ほう、アオサと島豆腐の味噌汁ですか。渋いですね」

「おにぎりは、鮭と昆布に梅干しだよ」

「やったー!」


 キリシアより喜んでいるのはどうかと思うが、リルは相変わらずである。

 変わったところといえば、いつも千円カットだったのに、最近は美容室に行くようになり、少し大人びた所くらいだろうか。


 恋……でもしたのだろうか。

 最近はネットで知り合った子とよく遊んでるみたいだ。

 別種族間恋愛か……。

 

 いい。

 なんかいい。

 

「リルちゃん。二人の決闘の方法ってなんなのかな」

「血で血を洗うんじゃないですか?」

「怖いわ。とはいえ、なんか平和的な方法があっても良さそうなもんだけど」

「勇者とはいえ、同じ種族。何やってんですかね、全く」


 いっそのこと筋肉を塵にしますかと提案されたが、必死にとめた。

 筋肉さんはいわば被害者だ。

 結局あの人は何の為に召喚されたのか謎なのだから。

 でも今は楽しんでるみたいでし、その点は良かったなと思える。


「そうそう、咲様。仮に……仮にですよ」

「どうしたの。急に真面目な顔して」

「これは仮定の話であり、鵜呑みにされても困るのですか……」

「リルちゃん、どうしたら瞼に米粒がつくの? 私ちょっと心配だよ」

「ちょっとキリシア。だまらっしゃい、この小娘が」

「ええ……怖っ」

「仮に、この世界で新たに別の次元が生まれた……といったら咲様、どうしますか」


 それはリルの故郷である幻獣界……みたいなものなのかな。

 何にせよ、どうしますかって言われても困る。


「魅力的じゃないですか? 新たな食材に調理法。また世界を旅できるなんて、とても魅力的で刺激的なことだと思いません?」

「まあ、確かに。それはそうだね」

「私なんて咲様が今度はどんな災難に見舞われるかと想像するだけで……あは、あははははははっ……ゴホッ! や、やばい! 島豆腐が気管に! ゲホッ!」


 ざまあみろ。

 でも確かに面白そう。

 だけど新たな次元って、なんでまたそんなものが。


「……大きな力は周りに影響を与えるから」

「キリシア?」

「多分だけど、咲の魔力が影響してると思うよ」

「ゲホッ! ゴホッ! ウホホッ!」

「ちょっとリル、うるさい」


 なんで最後ゴリアンヌみたいになってんだよ。

 

「特に咲ってさ、ピョンピョン色んな所にいけるじゃん」

「そんな人をカエルみたいに」

「ゲホッ。……まあ、そんなところですね。要は咲様のせいで色々と変になっちゃってるんですよ」


 すっげえ涙目だ。

 本当に苦しかったのか。

 なんかごめん。


「なので次元に蓋をするのが本来ならば正解なんですが、折角なら体験したくないですか?」


 折角仕事辞めたし、のんびりしたい気持ちもある。

 こっちに居れば変なしがらみも無いし。

 それに大人しくしてれば——。


 ゴリラに顔面を鷲掴みにされたり、虎に全力で追い回されたり、アナコンダにアナコンダバイスをかけられたり、それをリルに大爆笑される心配もないだろう。


 だけど。

 だけど、新しい料理に出会えることは、とても幸せなことだよね。


「行きましょう、咲様。私達が大人しく平和に過ごすなんてチャンチャラおかしな話です」

「……そうだね。そうかもしれない」

「そういうことなら晶ちゃんのことは任せてよ。最悪、喧嘩両成敗ということで、魔王である私が責任持って止めるから」

「頼みますよ、キリシア。なんかあったら髭面とコジロウを盾に使っていいですから」


 こうしてわたしは決心した。

 新たな世界へ旅立つことを。

 ちょっと前なら心配事しかなかったけど、リルと一緒なら全然平気。


 これからまた忙しくなりそうだ!


「それに咲様、何でも食べれますしね。生の砂肝を躊躇なくいけるんですから、大抵のものは食べれますよ。あの時は笑えましたが、改めて考えるとゾッとしますよ。悪食もこれ極まれり、といった感じです。まあ、でも旅先で料理が口に合わないのが一番辛いですからね。その点でいえばデリケートな私は少し不安ですが」


 私は決心した。

 未知の食材に出会ったら問答無用でリルの口に突っ込んでやる。

 嫌々それらを咀嚼するリルの苦悶の表情が今から楽しみである。


「……冗談ですよ」

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