咲とリルの雄々田区グルメ旅。焼肉編・その1
焼肉。
やきにく。
ヤキニクタベタイ。
今、どうしようもなく焼肉屋さんに行きたい。
一度脳裏を過ぎると、もう抗えない。
どんな食べ物よりも強く心を縛りつける魔法の言葉。
それが焼肉。
想像するんだ、わたし。
まずはビールだ。
ナムル、キムチをつまみに喉を潤す。
サラダは不要だ。
そして牛タンから始まり、ロースにカルビ。
ミノ、レバー、マルチョウ、ハラミ等のホルモンも、絶対に外せないところだ。
〆には冷麺?
それともユッケジャンクッパ?
想像してしなきゃよかった。
お腹が、ぐうぐう鳴り始めちゃったよ。
いつもならリルを誘って五秒で家を飛び出る場面だ。
しかし、今日はそういうわけにはいかない。
今、リルはここにいない。
週末ともなると、必ず顔を出す晶ちゃんが、リルを誘ってカラオケに行っているのだ。
ご飯も外で済ますと言っていたので、今日は久々の一人ご飯だ。
ならば一人で焼肉屋へ行けばいい。
行けばいい……、話なのだが。
これは、わたしの唯一の弱点と言ってもいいだろう。
実は、一人焼肉に行ったことがないのだ。
ラーメンは行ける。
回転寿司も行ける。
居酒屋はギリ行ける。
焼き鳥屋は……、かなりギリだが、行ける。
しかし何故か、一人焼肉だけは未到の領域なのだ。
その壁は高く険しい。
今まで幾度もチャンスはあった。
その度、逃してきたのだ。
その度、臆してしまうのだ。
その度、せめてもと、牛カルビ定食を食べて帰るのがいつものパターンだったのだ。
だけどわたしは変わった。
異世界での日々が、わたしを強くさせ、成長させてくれた。
やってやろうじゃないの。
今日はわたしの革命の日だっ!
「いやあ、なんか悪いね。奢ってもらっちゃって」
「いえいえ。急に誘っちゃったんで当たり前です。それに一人で食べるより二人で食べる方が美味しいですから」
そう。
食事は一人で食べるより、共有出来る人がいる方が美味しい。
美味しい焼肉を更に美味しくする、何よりの調味料なんだ。
決して臆した訳じゃない。
一人で困難を乗り切れる強さもある。
だけど、こうして頼れる仲間と共に立ち向かう困難もあったっていいはずだ。
いいはずなんだっ!!
「咲ちゃん、すごいブツブツ言ってるけど……、平気?」
「えっ!? なんか言ってました!?」
「いや、いいんだよ。取り敢えず乾杯ってことで」
「かんぱーい!」
相変わらずビールの一口目は反則だ。
レッドカードを出したいところだが、ビール様を退場させるにはまだ時期尚早だ。
「しっかしまあ、リルと晶はよく飽きないと思うよ。いつもお世話になっちゃってごめんね」
「そんな、気にしないで下さい。でも本当に仲良しですよね」
「聞いたかい? あっちに行きたいって話」
「聞きました、聞きました。リルとも話したんですけど、コジロウさんさえ良ければ、日帰りで連れて行きましょうか?」
とは言ったものの、リルはもう連れて行く気満々だ。
恐らく、いくらコジロウさんが駄目と言っても連れて行くだろう。
結局、コジロウさんは、リルにも晶ちゃんにも甘々だしね。
「リルがいれば安心ですしね。コルンとバトリアに連れて行こうかと思いまして」
「実はもう駄目って言い辛くなってきててさ。悪いんだけど、お願いしてもいいかな?」
この感じ……、相当参ってるな。
晶ちゃんにかなり詰められているに違いない。
「構わないんですけど……、多分、月末になるかなぁ」
「もちろん、日取りはお任せするよ」
「助かります。実はですね、キリシアも興味持ってるらしくて」
「へえ。確かバトリアのお姫様、だっけ?」
おてんば三人が揃うところを想像すると、手がつけられなくなりそうでもあるが、まあ何とかなるだろう。
「あれ、咲様? コジロウまで」
「げっ、お父さんもいるの!?」
「咲ちゃんに誘われてね」
「あれ、奇遇だね。二人も焼肉?」
焼肉被りを通り越して、お店まで被るとは。
リルと行動パターンがほぼ一緒になってきたな。
……、ん?
なんで二人とも黙り込んでんだ?
「咲ちゃんって歳上好きなの?」
「咲様がコジロウを!?」
んなわけねぇだろ。




