咲とリルの雄々田区グルメ旅。とんかつ編・その2
店内はカウンターのみですか、ふむふむ。
少し手狭ですが、目の前でとんかつが揚がるライブ感はいやというほど味わえますね。
店員さんは、清潔感のある白い制服を身に纏い、愛想も良く気分がいいです。
これだけで期待感が高まるというもの。
TVや雑誌の宣伝だけでは、ここまでの行列は出来ない。
それを今、この瞬間が物語っています。
お、早速私達のとんかつを作り始めましたよ。
並んでいる途中でオーダーを聞かれたので、無駄がないですね。
こういう細かなところも人気店たる所以なのでしょう。
流れるようにパン粉をまぶし、慣れた手つきで高温のフライヤーの中にとんかつを投入。
それにしても随分と分厚いお肉です。
低音調理済みでしょうか?
でなければ火が通りません。
違うとしたら、タネを知りたいところではありますが、それはきっと企業秘密でしょうね。
それにしても素晴らしい手際。
正に職人が成せる技。
おそみし……、おみそしれ?
あれ? おみそしりました?
「おみそりしました?」
「え?」
「おみそれしました!」
「あ、うん」
こっちではカツ丼用の玉ねぎをつゆと一緒に温めてます。
ああ、甘い香りが漂ってきました。
あそこに揚げたてのカツが乗り、更には溶き卵が……。
仕上げに瑞々しい三つ葉を乗せて。
やば。想像するだけで、米いけそう。
お、とんかつが出来上がったようです。
最後に高音で揚げることで、油切れもよいですね。
これは中々家庭での再現は難しいでしょう。
うんうん。
牛刀でリズムよく衣を切る音が心地いいですね。
思わず踊ってしまいそうです。
咲様なんてノリノリ過ぎて首振ってます。
引くわぁ。
おやおや、等間隔に切られたとんかつの断面が、私のことを見つめていますよ。
うふふ。
はじまして、とんかつさん。
貴方にずっと——、逢いたかった。
はっ!
こっちからはチーズさんが私に手を振っています。
あれが今から私の口内に!?
た、堪んねえ。
「はい、どうぞー」
「はわわ。とんかつが喋ってます。ジュワジュワ言ってます!」
「美味しそう! じゃあ早速、いただきまーす」
すごい、咲様の幸せそうな顔。
見てるこっちまで笑顔が綻びます。
髪ボサボサで白目剥きながら、天麩羅の説明してた人とは到底思えません。
もしかしてドッペルゲンガーですか?
おっと、そんなこと気にしてる暇はありません。
私も頂くことにしましょう。
「……、うん、うん」
うっま。
肉厚なのに柔らかい。
衣もサクサク。
またこのキャベツが美味い。
最強の組み合わせの一つとして名高いだけはありますね。
ソースは何を使ってるの?
秘伝……、これが世にいう秘伝のソースなのね!
参ったぜ、完敗だ。
しかし、こうなってくると問題が発生します。
咲様に一切れずつあげるとは言ったものの……、絶対にあげたくないですね。
短期的な記憶喪失になってくれると助かるのですが。
は、そうか。
このお方は咲様のドッペルゲンガーでした。
ならばここで手刀を首筋に叩き込むのも手なのでは!?
……、私ったら何を馬鹿なことを。
元はと言えば暇で暇で、本当に暇で仕方がなかったから、咲様を揶揄う為に話しかけまくったのが、そもそもの原因。
ここは素直に一切れずつ渡すとしましょう。
「わあ、ありがとう」
「いえいえ、喜んで頂けて何よりですよ」
「んー! おいしー!」
しかし、本当に美味しいですね。
美味しいものを食べると、仲の良い人が思い浮かびます。
今度は晶も連れてきてあげましょう。
きっと喜びます。
「はあ、おいしかったぁ。今まで敬遠してたのが馬鹿みたい。近いうちにまた行こうね」
「はい。今度は晶も誘いましょう!」
「そうだね、そうしよう」
咲様が目指し、達成したもの。
それを志した気持ちが、私も分かった気がします。
美味しい食べ物は笑顔を作るし、そしてそれは伝播していく。
改めて、私は素晴らしいご主人様と過ごせているのだと、実感しました。
私も、咲様を見習うことに致しましょう。
「この後、天麩羅行きません?」
「いや、いいかな。流石に」




