咲とリルの雄々太区グルメ旅。ラーメン編・その1
「……ふと思ったんですけどね」
なんだろう。
リルが真面目な顔してる。
心なしか元気も無いように見える。
途中ねだられた氷菓子もとっくに食べ終えている。
当たりが出て喜んでいた姿も、今となっては嘘のようだ。
リルはキャップを目深に被り直すと、頬に伝う汗を拭った。
シャツから露出する細腕がほんのりと赤く染まっている。
リルの肌は透き通るように白い。
この焼けるように照りつける日差しは、耐え難いものがあるのかもしれない。
リルはペットボトルの蓋を外し、残りの水を口に流し込んだ。
その姿に隣に並ぶ男性が思わず見惚れているのが分かった。
黙っていれば美人であるのはこっちの世界でも変わらない。
「皆さん、並ぶの好きですよね」
「ああ、この行列?」
「確かに私もラーメンは好きです。それは否定しません、むしろ大好物と言ってもいいです。しかし」
そこまでいうと、キャップを外し、内輪がわりにパタパタとし始めてしまった。
ケモ耳があるなんて関係ないと言わんばかりに堂々としている。
「わざわざこんな炎天下に並ぶ必要あります? 咲様、今からでも遅くありません。私は冷やし中華を所望します。冷えた店内で、汗をかくグラスの水を喉に流し込み、むせるほどお酢をかけて、実際にむせるほど思い切りすすりたいです」
今夏、リルは冷やし中華にどハマりしている。
家の近所にある来々軒が自信を持ってお届けする『特製冷やし中華』の虜となって久しい。
「リルってさ、麺類好きじゃん?」
「言われてみれば……、そういえばそうかも知れませんね。中華麺に限らず、パスタにうどん、お蕎麦も好きです」
「しかも冷たいの好きだよね」
「そうなんですよ。猫舌だった頃の名残りでしょうかね? 決して温かいのも嫌いではないのですよ」
「よくない。ダメ」
「なんですか急に」
「暑い季節には暑い食事を頂く……、これが粋ってものなのよ!」
「だからといって、醤油豚骨をチョイスするのは如何なものと思いますけどね」
ごめん、リル。
仕方がないんだよ。
昨日の飲み会の帰り道、〆に食べようと楽しみにしていたラーメン屋が臨時休業してのがいけないんだ。
あの瞬間から今に至るまで、私のお腹はラーメン一色。
そりゃあカップラーメンという手もあった。
でもそれは逃げの一手、負け犬の思考なの。
わたしは今、ここのラーメンがどうしても食べたいの!
「それに冷たい食べ物ばかり食べてると、体が冷えて良くないんだよ?」
「そういうものですか」
「そういうものです。はい」
そんな会話をしていると、店員さんが店内へと案内してくれた。
扉を潜るとそこは別世界だった。
強すぎるほどの空調が火照った体の熱を冷ましていく。
夏の行列の先に待ち構える空間は、まさに天国そのものだ。
「じゃあ、咲様。今日は私がご馳走しましょう」
「ええ! 付き合ってもらったのに悪いよぉ」
「いいですよ。元々、今日はそのつもりでしたし」
リルは今や、ちょっとした有名人だ。
面白半分に顔出しゲーム実況を始めたら、その美貌も相まって、今や知る人ぞ知るインフルエンサーになっている。
稼ぎもそこそこに、悠々自適の生活を送っている。
最近の口癖は「回線弱くて、イライラします」だ。
ごめんね、うちのWi-Fi本当にダメだよね。
そこら辺の電柱を、歴戦の戦士が眠る墓標と勘違いしてたリルは、もうここにはいない。
押し入れの柱に刻まれた爪跡も、今となってはいい思い出だ。
「なるほど。涼しい場所に入って、大の大人がラーメンを黙々とすすっているのを眺めていると、食欲が湧いてきました。ここは大盛り、いや特盛を頂くとしましょうか」
「相変わらず食欲湧くスイッチがよく分からないんだけど。まあ、いいや。えーと、わたしは中盛りにしようかな」
「あれ? いつも大盛りなのに」
ふふふ、甘い。
リルはまだまだ甘ちゃんだね。
わたしはトッピングを好きなだけ頼み、米をも食らう戦闘スタイルなのさ。
それに明日は仕事も休みだ。
たっぷりと入れてやろうじゃない。
懺悔(同僚に)したくなるほどの、おろしニンニクを!




