リルは秘密を抱えてるみたいです。その7
「意外ですか?」
「うん、すごく。真面目な時ないじゃん、だって」
「話すのやめようかな……」
「ごめんって。続き聞かせて、ね?」
「はあ、仕方ないですね」
コジロウは神隠しという現象により、幻獣界にやって来ました。
私達はこれを『迷い人』と言って、丁重に扱います。
神の世界に迷い込んだ異界の神。
そう位置付けられているのです。
どうやらコジロウはだいぶ前から幻獣界に潜んでいたらしく、その存在を誰も知りませんでした。
私がコジロウと出会ったのは、深い森の奥の川のほとり。
コジロウは小さな小屋で静かに暮らしていたようです。
ある日、コジロウが川で洗濯をしていると私がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来ました。
コジロウはそれに驚いて、タモで私を掬い上げ言いました。
「美味そうな狸だな」と。
私はコジロウに拾われて、小屋で傷を癒しました。
狸と罵られた恨みを晴らす為、必死で大人しくしてました。
この時私は、デイダラボッチとの激戦を終え、力を使い果たした私は身動き一つ取れない状態だったのです。
コジロウは意外にも的確に治療を施してくれました。
でもその頃の私は心を固く閉ざしていました。
私が魔王だとバレれば、きっとこの男も離れていく。
そう思い込んでいたのです。
しかし、コジロウは違いました。
少し感覚がおかしいのでしょう。
私の話を聞いても「へえ、そうなんだあ」とか「へえ、そりゃあすごい」とアホ面晒して頷くだけです。
それに料理も上手でした。
見たこともない調理方法や、食材を使い色々な手料理を振る舞ってくれました。
それが美味しいのでなんのって。
今考えれば餌付けされてたのでしょう。
しばらく経つと、コジロウは人間界に興味を持ち始めます。
どうやら自分が存在した世界と酷似しているようで、どうにかならないかと毎日相談されました。
私が考えた方法は、コジロウと主従関係を結び人間界との行き来を可能にすること。
むしろこれしかありません。
そして私達は契約をしました。
人間界に行く為の、ほんの少しの間だけの契約。
契約を済まし、あとは傷が癒えるのを待つだけ。
その間、コジロウは言い続けました。
「しっかり仲直りした方がいい。なんなら自分が間に入る」と。
コジロウは私に「失ったものを取り戻してほしい」と、熱弁を繰り返すのです。
私はそれを拒みました。
この頃は、すっかり臆病になっていましたし、もしも面と向かって拒否されたら、私はもう立ち直れません。
それでもコジロウはしつこく言い続けます。
「大切な人を失ってからでは遅い」とか「本当のリルを分かってもらえればいいんだ」とか。
そして私のデイダラ戦の癒え、魔力も回復しました。
とうとうコジロウを人間界に送る日が訪れましたのです。
この時に、私とコジロウは離れ離れになります。
それはどうやら前から考えていたことだったようです。
コジロウは私の魔力を少しだけ奪うと、こう言いました。
「リル、ここでお別れだ。君に必要なのは時間だ。傷を癒す時間が必要なんだ」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。僕は君に救われた。生きていてもいいと思えるようになった」
コジロウは大切な人を残して幻獣界に来ました。
決して表には出さないでいましたが、コジロウもまた深い傷を負っていたのです。
「色々な世界を見るといい。色んな考え方があって、色んな人達と出会える。きっと今の悩みもちっぽけに見えてくるさ」
「コジロウはどうするの?」
「俺も世界を見る。リルと会えて良かった」
こうして私達はバラバラになりました。
そして、私はコジロウを探して旅に出ました。
勝手なことを、勝手に決めたバカを一発殴る為に。
「そして咲様に砂肝を食べさせたのです」
「やめろ、今だに吐きそうになるんだから。……、でもコジロウさんって幻獣界に残ってたよね? 世界を見るって言ってたんじゃないの?」
「コジロウは幻獣界に残っていました。私が戻って来た時に、また幻獣界で元の生活に戻れるように、ありとあらゆる手段を使ったそうですよ」
結局、それが上手くいったのかも知りません。
もしかしたら幻獣界は住み良い場所になっているのかもしれません。
まあ、だからといって今更戻る気にもなれませんけどね。
私にとっての居場所は、今この瞬間なのですから。
「へえ、それで」
「魔力を奪ったのは、私の位置を把握する為だそうです」
「へえー」
「……、なんですか」
この感じ……、やめて下さい?
本当に変な勘繰りしないでください。
「なんでそこまでしてくれるのかなあって」
ほら、始まった。
咲様って、もしかして思春期なの?
「それはリルが、俺の大切な娘にそっくりだったからだよ」
「うわっ! びっ……くりしたあ。コジロウさん、いつの間に」
「らしいですよ」
「ほら、写真」
「うわ、本当だ。そっくりだ」
「どれどれ」
そういえば私も見るのは初めてですね。
空前絶後の超絶可愛い元・魔王として、新たなライバルをチェックしておくのは大切なことでしょう。
「どうだい? 可愛いだろう」
「本当だ。コジロウさんに全然似てない」
「どういう意味?」
はあー、なるほど。
確かに可愛いですね、私に似て。
色も白くて可愛いですね、私に似て。
スタイルもいいですね、私に似て。
「総合的に見たら、私の方が若干可愛くないですか? 写真の景色から手足の長さを推測するに私の方が若干長いですし、目の大きさだって、鼻の高さだって私の方が若干上回ってますよ」
「それはさておき、コジロウさん」
さておかれた……、さておかれちゃった。
私の方が可愛いよね?
「なんだい?」
「娘さんに会えなくて寂しくないですか?」
「いや、実はもう長い間会えてないんだ」
「そりゃあ、こっちに来て長いですもんね」
「俺、酒癖悪くてさ。まだ娘がハイハイする前に離婚したんだ。この写真は成人した時に送ってもらった写真」
どうしようもねえな、こいつ。
咲様もドン引きしてるよ。
「まあ、それは一旦置いといて。もう一度娘さんをその目で見たくないですか?」
「そりゃあ……、見たいけど」
「咲様?」
何か言いたそうな物言いですね。
咲様にしては珍しい。
「実は私、白猫亭をコリンの人達に任せてみようと思ってるんです」
ななな、何をおっしゃいますかっ!
私と咲様の思い出が詰まった白猫亭を他人に任せるなんて。
そんなことしたら嫉妬の炎に巻かれて、コリンを焼き払ってしまいます。
ピンポイントに、ギルマスの髭面だけを狙ってしまいます!
「反対です。絶対反対です。絶っっっ対に反対ですっ!」
「違うの違うの。しばらくの間ってだけ」
「それが娘を一目見るのとなんの関係が?」
「実はですね、わたし魔力の操作を完璧こなせるようになりまして『創造』を駆使して魔法自体を作れるようになったんですよ」
……、は?
咲様、何言ってんの?
そんなこと出来たら大変です。
特異点どころじゃありません。
神の領域に足突っ込んでますけど。
「そしたらなんとですね。元の世界に戻れるようになりまして。実は今朝も一時間ほど戻ってたんですよ」
「は……、ははは。咲ちゃん、それマジ?」
「はい。なので——」
待って。
咲様……、もしかして帰っちゃうの?
そんなの。いきなりすぎる。
でもあんなに楽しそうに話してる。
きっと、嬉しいんだ。
白猫亭にも愛着なさそうだし。
一緒に沢山料理作ったのに……、もう忘れちゃったの?
だけど、引き止めるなんて出来ないよ。
咲様だって帰りたい場所があるんだ。
私の我儘で困らせることなんて出来ない。
でも——。
「ねえ。もう、お別れなの?」
「え? リル?」
「帰っちゃうの?」
「いや、帰らんけど」
帰らんのかい。
ちくしょう。
「だからリルを連れて、私の地元、雄々太区ツアーに行こうと思ってまして。一緒に行きます?」
「え、咲ちゃん雄々太区なの!? 俺も俺も!」
「そんなことよりっ! 私も連れてってくれるのですか!?」
「もちろんっ! 美味しい食べ物たくさんあるよー」
いやっほうっ!
これだから咲様は最高です!
「やったー!」
「む、娘に会えるっ!」
咲様は喜ぶ私を抱きしめてくれました。
どさくさに紛れて抱きつこうとしたコジロウは結界に封じ込めました。
やっぱり私はこうやって甘えるのが大好きです。
だけどそれは咲様だけで十分なのです。
まだまだ私と咲様の旅は続いていきそうですねっ!
おしまい。
相変わらずの拙い文章ではございますが、最後まで読み進めて下さってありがとうございます。
楽しんで頂けているのならば幸いです。
次回、雄々太区編です。
よろしくお願いします!




