リルは秘密を抱えてるみたいです。その4
それは突然訪れた。
仕事も一段落して一息つこうとした矢先だった。
リルが目を輝かせて厨房に突撃してきたのだ。
「咲様ー!」
リルのことだ、お腹が減って戻ってきたのだろう。
だけど、珍しいなとも思った。
自炊も勉強になると、ここ最近は自分でご飯を作っていたのに。
「ご飯? 冷蔵庫にあるやつ食べていいよ」
しかし相変わらずの食欲には舌を巻く。
体重のコントロールを出来るようになって以降、以前よりも食欲が増しているようにも思えた。
あんた、今日何食目だよ。
「えっ!? 本当ですか? ……、って違います。もちろん食料は拝借いたしますが、わたしは咲様を連れ出しに来たのです」
「連れ出しに?」
ここ最近、ありがたいことに白猫亭にはお手伝いさんも増え、わたしやリルが居なくても営業が出来る一歩手前まで来ている。
今日も私は監督をしていただけ。
特に不備もなく昼の営業も終わり、仕込みも終えたところだ。
休憩のタイミングなので、リルの提案は気分転換には丁度いい……、と思いたいのは山々なのだが。
旅を続けている内に、学んだことがある。
それは、リルがこのテンションで興奮気味の時は、大抵碌なことがないということだ。
つい先日、最後の旅を終えたところだが、締め括りは虎と戦うというものだった。
今となっては、魔力のコントロールもお手のもの。
リル直伝の魔法もいくつか習得した。
頭を噛みつかれるというハプニングもあったが、なんとか死闘を制することが出来た。
しかし、もう野生の虎と戦うなんてことはしたくない。
「はあ、やれやれ。心外です。ここは樹海じゃないんですよ? 後学の為に虎と戦うなんてことはしません。労いに来たのですよ、私は」
「本当かなぁ? 嘘でしょ、それ」
「むむっ。私を信用していないと?」
「うん」
「ややっ。由々しきことです」
……、嘘くさい。
嘘じゃない、と言わないところもポイントだろう。
そして相変わらずウインクは上達する気配を見せない。
絶望的に下手である。
やりたくはないが、絶対にわたしの方が上手い。
「ほらほら行きますよ」
「ち、ちょっと、リル!?」
と、まあ。
こんな感じで連れてこられた訳なのだが。
あまりにも強引なものだから、何かあったのかと思ったら、まさか『巨鯨』の口の中にご招待されるとは。
虎と戦うこと、そして鯨の口の中にご招待するのは、全く別と認識しているみたいだ。
死の危険という点については、なんら変わりはないことに気づいて欲しいものなのだけれども。
リルの突拍子の無い不思議な行動にも、だいぶ慣れてきたつもりだけど、それはあくまでもつもりであって、理解したというにはまだまだ程遠いらしい。
そもそも、この映像いつ作ったの?
そんなに暇だったっけ、わたし達。
それにあれって……、コジロウさんだよね。
なんで目から映像垂れ流してるのだろうか。
挨拶しようにも、目から眩い光を放つ人間に気軽に声をかけるのは、わたしにとっては些か難易度が高い。
だが、シカトというわけにもいかない。
今となってはコジロウさんが送ってくれる海産物は、白猫亭にとって、なくてならない人気メニューだ。
日頃のお礼もあることだし、勇気を出して近づいてみよう。
「コ、コジロウさん?」
「ジッ……、ジジジ」
反応は無い、それに目からなんか音出とる……。
観察すればするほど恐怖がわたしを包み込んだ。
なんで虎の敷物みたいな格好で、目から映像を?
「咲様、咲様! 始まりますよ」
「あ、うん。……、何が?」
既に摩訶不思議な時間が始まっていると感じていたが、どうやらまだ始まっていないらしい。
なんかこの感じ久々だな。
同時に嫌な予感もする。
「ここは映画館です。ポップコーンを用意しようと思いましたが、何故か上手くいきませんでした、なのでそのままコーンバターにしました。まあ、これはこれでいいでしょう」
リルもだいぶ変わったと思う。
初めて会った時なんて、なんて綺麗な女の子なんだと思ったものなのに。
ミステリアスで、少し危険な雰囲気さえあった。
それが今や、手のかかり過ぎる親戚の子供くらいの認識だ。
だけど、こうやって色々用意してくれるのはリルの優しさの現れなんだろう。
そう考えると可愛いものである。
ここは素直に受け取っておくとしよう。
「ふふ、映画なんて久々だよ」
「でしょう? さあ、始まりますよ!」
なんだかちょっと楽しみになってきた。
こういうところがリルの魅力の一つなんだよなあ。
わたしも何かリルにしてあげたいな——。
と、半日前までは思ってました。
まさかこんな超大作だとは思わないだろ、普通。




