リルは秘密を抱えてるみたいです。その3
やっぱり、咲様は分かっていますね。
もう、意地悪なんだから。
まるで映画というものを分かっていないような、それこそ映画という概念が無いかのような振る舞いをしていましたが、こうしてエンドロールまで静かに鑑賞してる姿を隣で眺めていますと、それも私の勘違い、もしくは早とちりだったのでしょう。
私のような若輩者には到底辿り着けないその思考、マリアナ海溝より深いお考えに頭が上がりません。
まあ、マリアナ海溝がいくら深いとはいえ、人類の到達が困難とはいえ、たかだか十一キロ程度のもの。
咲様の思考の奥深さはマントルを突き抜けるほどの深淵なのですから、比べるまでもありませんでしたね。
だけど、同時に咲様が何を考えているのかも分かりません。
なぜ映画を知らないふりなどしたのでしょう。
「いや、知ってるよ。わたしが聞いたのはそこじゃなくて……、ああ、もういいや。聞きたかったのは半日前だったんだよ」
「そうですか。だったら言ってくれればよかったのに」
ふむ、まあ遠慮していたということでしょうか。
水臭いですね。
臭いといえばコジロウですね。
どうやら限界の更にその先——コジロウ史上最大に脳の機能をフル活用したようです。
頭から煙が上がってます。
心なしか少なくなった毛髪に火が付いたら忍びないので、そろそろ魔力の供給はやめといてあげましょう。
やれやれ。忍びない、忍びない。
忍びないったらありゃしない。
さてさて、そんな話は置いといて。
気になるのは咲様の映画に対する評価。
私の脚本家としての、監督としての真価が問われる場面です。
ここまでくると、私が魔王だったなんてことは些細なこと。
大事の前の小事です。
ダイエットを決意した、その日の夕食後に出て来た生クリームあんこバターパンなのですっ!……、上手く例えることが出来なかったのはひとまず忘れましょう。
「どうでしたか? 私の半生を描いた『独白』の出来栄えは?」
「そ、そうだね。良かったよ……、凄く」
「……、咲様」
こんなにうなだれるほど、真剣に私の映画を見てくださっていたなんて。
感極まって、このまま続編を制作してしまいそうです。
「あれ、どうしましたか? 何やら顔色が」
まさか、咲様の体調に異変が?
コジロウのあからさまに変色した不気味な顔色も去ることながら、咲様の顔が心なしか青白い気がします。
いや、確実に青白いです。
毎日寝顔を隠れて観察している私が言うのですから間違いありません。
「なんかさ、ちょっと体がだるいんだよね」
「なるほど……、流石の咲様も、この映画のクオリティを創り出すのには無理があったようですね」
映像の細部まで拘ってしまったことが仇となりました。
無限といっても過言ではない咲様の魔力をここまで使用しなければ作れない映画。
末恐ろしいですね。
「わたしの魔力使ったんかい」
「ええ、まあ」
「まあ、別にいいけどさ……、で? この映画って史実に基づいてるんだっけ?」
「はい!」
「リルって……、魔王なの?」
「そっち!?」
「逆にどっちよ。むしろそれしかないでしょ」
うーん、これは斜め上行きましたね。
まさかそこに食いつくとは。
秀逸かつ美麗の映像を前に冷静さを失わず、尚且つ映画の根本を深掘りする、その着眼点——。
「殿、あっぱれでございます」
「もしかして……、ちょっとリル!」
「はい、なんざます? オホホホホ」
「あんた酔っ払ってない?」
酔っ払う……、それはリルのこと言ってます?
咲様こそ酔ってません?
もしや、水面に映る自分の姿に酔ってるのですか?
なんて言っても誤魔化せそうにもありませんね。
そうなんです。
リルはもうだいぶ前から酔ってます、はい。
「昔、無力酔いした時も変な感じになってたもんね」
「リルは酔ってませんよー?」
「一人称名前になってるし。もうバレてるから観念しなさい。結局何が言いたいわけ?」
勇気が出ないあまり、半ば強引に魔力酔いを引き起こし、おちゃらけ続けてしまいましたが——、どうやら誤魔化せなかったみたいです。
結果的にコジロウの脳が焼け、リルが酔っ払っただけという、お粗末な結末。
覚悟を決めてお話をしないといけないみたいですね。
結局、いつかは伝えようとしていたことですし。
そうと決まれば続編の制作ですっ!
「映画とかいいから、普通に話しなさい」
「……、はい」