リルは決意をしたようです。後編
蒸した鶏ムネ肉。
ブロッコリーに、豆。
豆腐、キャベツ、もやし等々——。
咲様のダイエットメニューは熾烈を極めました。
そりゃあ、美味しいですよ?
美味しいに決まってます。
『天才料理人』の名を欲しいままに、世の人間(特に中年男性)の賛美や称賛を浴びている咲様のダイエット料理なのですから。
まだレシピは聞いてませんが、きっと咲様のことでしょう。
小粋な一工夫が施されているに違いありません。
一緒にダイエットを頑張ってくれることも、とても心強いです。
これなら、きっと。
いや必ずやり遂げられるはずです。
成し遂げられるはずです。
減量という名の大望を!
だけど。
だけどっ!
「甘いのが食べたいんですっ! あんことか、生クリームとか、チョコレートとか! もうこの際、サトウキビをかじるだけでもいいんです。うう……あたい、もう限界」
「リル……」
「このままだと全魔力を放出し全てを破壊し尽くした後、我に返った私は、その光景を目の当たりにし『私……、なんてことを』と言いながら、涙を流してあんこを口一杯に詰め込んでしまいそうです」
「だけどさ」
「ああー、もうダメ。毛穴から魔力が全部出ちゃいそう」
「それでも、私の三倍食ってるからね」
なんということでしょう。
咲様のダイエットメニューにそんな欠陥があるなんて。
美味しすぎる料理の弊害。
その代償はあまりにも大きい。
でも三倍食べてるなんて関係ありません。
運動も三倍に増やしてるし、日々の運動強度もそんじゃそこらの人とは比べ物にならないほど強いはずです。
なんせ、今や大陸に名を轟かせる『白猫亭』。
お昼のピーク時には、休む暇もなくあっという間に時間が過ぎる忙しさなんです。
それでも痩せないのはなぜなのでしょう?
この世には分からないことが沢山あります。
そうなのです。
私には、分からないことがあるのです。
なぜ咲様は体型を維持しているのでしょうか?
ダイエットを始めて早三日。
今までは気にしたことも無かったのですが、咲様はかなりスタイルがいいです。
足も長いし、ウエストもしまってます。
なんで?
「なんでと言われても」
「きっと私は『脂肪の加護』を授かっているのかもしれませんね」
「あってたまるか。そんな加護」
「でも、じゃないと説明つきません」
「まだ始めたばっかなんだから、そんな直ぐには結果出ないよ。さ、私は魔術とスキルの練習するから」
「じゃあ、私はお昼寝しますね。終わったら起こしてください」
「たまにはリルもどう?」
「私はやめときます。今のままだと、思わずコリン一帯を吹き飛ばしてしまいそうなので」
「うん。おやすみ」
私のお昼間の場所は幌馬車の屋根の上です。
ここで温かい陽射しを浴びながらうたた寝するのが最高なのです。
私の心の支えは、このうたた寝のみ。
さあ、涙を堪えて寝るとしましょう。
しかし、この日。
私の眠りを妨げる、思わぬ来客がありました。
噂が広まるのは早いものです。
千里を駆けましたね、噂が。
「リル殿!」
「リル様!」
「リル氏!」
野太い声、以前より薄くなった頭、そして突き出たお腹。
何より見分けがつかない、あの外見。
間違いありません。
「褌三兄弟じゃないですか。久しいですね。えーと、確か」
赤ファルコン、青イーグル、黄ホークでしたっけ?
なんか早口言葉みたいなおっさん達ですね。
「それは褌の色ですね」
「『白猫亭』が近くまで来てると聞いたので、居ても立っても居られず、馳せ参じた次第であります」
「ん? 咲様はいらっしゃらないのですか?」
「咲様は修練の最中ですよ。邪魔しちゃダメです」
うーん。この感じだと、もてなさない訳にもいかなそうです。
ミラや、奥様。それにキリシア達ならまだしも、褌達をもてなす為に昼寝を止めるのはなんか悔しいですね。
「だから言ったろ、ファルコン。来るならちゃんと日付と時間を伝えてからだと」
「そういうイーグルも乗り気だったじゃないか。それに俺はホークだ」
「それをいうなら、俺はイーグルだ」
「やめろイーグル、ホーク! 久々の再会だぞ! お前らの見苦しい喧嘩は後でやれ!」
相変わらずうるさいおっさん達です。
喧嘩を仲裁したのは……、ファルコンでしょうか?
私的には彼のランニングシャツと短パンの方が見苦しいのですが……、まあ今日は休日なのでしょう。
彼の一張羅に苦言を呈するのはやめておきましょう。
「やめろホーク! 足四の字固めするな! くそっ!」
「おい、ひっくり返るな! 俺の足が極まっちまう! それに俺は、ファルコンだ!」
「やめろお前達! いい加減にしないか!」
ていうかうるさいですね。
空腹が相まってイライラしてきました。
いけない、いけない。
それにしてもこいつら何しに来たの?
いい歳したおっさん達が原っぱでプロレスに興じるのやめてもらえません?
「はあ、はあ」
「リル殿、お見苦しいところを。……、おや?」
「な、なんですか? あまりジロジロ見ないで下さい(気持ち悪いから)」
「おい。ホーク」
「イーグルだ。……ん? 確かに」
「リル氏。もしかして少し太りました?」
「…………、は?」
正直、この後の記憶はあまり無いのです。
コリンに墓標が三つ増えるところでした。
三人を褌一丁にして宙を回転させたことは覚えています。
咲様が止めに入らなければ、大変なことになっていたでしょう。
「す、すいませんでした」
「いやいや、そんなに謝らないで下さい。ほら、リルも謝って。だけど取り敢えず服着ません?」
「咲様に感謝するのですね。私も久々に魔力を解放したので、あのまま遠心力により身体が千切れてもおかしくなかったですよ」
「本当にすいませんでした」
「こら、リル!」
うう。咲様が怒ってます。
私、悪いことしてないのに。
大体久々に会った人に太ったって失礼じゃないですか?
もう決めました。
私がこの世界を牛耳る存在になって、久々に会った知り合いに「太った?」とか尋ねてくる不届き者は、無期懲役に服する法律を作ることにしました。
「全く。手加減を知らないんだから。悔しいんだったらダイエット頑張りなよ。……、あれ? リル」
「な、なんですか。咲様までジロジロ見ないで下さい」
え?
もしかしてまた太った?
だとしたらこの三日間の苦労はなんだったの。
や、やめて!
ほっぺたムニムニしないでー!
「うー。や、やめて下さいー」
「リル、なんで痩せてるの?」
「え?」
はっ!
確かにほっぺたが以前よりムニムニしてません!
なんで?
おっさん達をぶん回したから?
「あのー、それは恐らく」
「かなりの魔力を放出したからでは?」
「うむ。それしかない」
何言ってるのでしょう。このおっさん達は。
そんなことで痩せれるか。
ダイエット舐めんなよ。
第一お前らの腹はなんだ。
召喚士の癖に酷い腹してるじゃないですか。
「私達は召喚以外で魔力を使えないですから」
「そうなんです」
「世が平和ですと召喚士は暇なのです」
「貴方達が言うことはイマイチ信頼度がないですね」
「そ、そんな」
……、いや。
ちょっと待って下さい。
私と咲様は食生活が同じ。
なのになぜ咲様は体型を維持されていたのか?
ぶっちゃけ食べる量は昔から変わらないです。
認めたくないけど、太ったのはここ最近。
じゃあ咲様と何が違うのか。
褌達の言う通りなんだ。
咲様は常日頃から魔力を操り、カロリーも消化しているんだ!
「確かにリルって全然魔法使わなくなっちゃったもんね。メラミーも私が喚ぶと出てくるし」
「まさか、こんな簡単なことで痩せれるなんて」
「お二人が羨ましいですね。私達なんて、見て下さい。このお腹ですよ」
「いやはやお恥ずかしい」
思わぬ来客は私の最大の危機を解決する糸口を持ってきてくれました。
感謝したくないけど、感謝するしかないようですね。
感謝したくないけど。
「……、ちょっと待って下さい。じゃあこれから夜食に、焼きたて生クリームあんこバターパンが」
た、食べ放題ってこと!?
やったー!!!
「そうやって油断してると、今度は病気になっちゃうよ。しばらく夜食は禁止だからね」
「そうしたらまた褌達を扇風機みたいにぶん回します!」
「そ、そんな!」
「ダメだよ。回すのもダメだし、夜食もダメ」
残念ながら、魔力の放出で病気は治らないようです。
残念すぎて、歯軋りするくらい奥歯を噛み締めたら少し歯が欠けました。
病気は嫌なのでしばらくは我慢の生活が続きそうです。
とほほのほ。
「はあ。痩せたのは良かったですが、残念です」
「だけどさ」
「なんですか?」
「わたし生クリームあんこバターパン食べたことないんだよね」
「そうなんですか?」
「あー。なんか今日、甘いの食べたい気分だなー」
「咲様?」
「今日のおやつはリルに作ってもらおうかな」
「やったー!」
こうして私は無事に元の体型に戻ることができ、尚且つ夜食でなければ生クリームあんこバターパンを食べる許可を得ることが出来たのでした。
夜食で食べる生クリーム(以下略)も美味しいけれど——。
こうして皆んなで一緒に食べるのはもっと美味しいですね。
更新だいぶ遅れました。
申し訳ございません。
また別のお話ありますので、気長に待っていただけたら幸いです。




