リルは決意をしたようです。前編
まさか、こんなことになるなんて。
考えてもいませんでした。
想像したくもありませんでした。
思いがけずに窮地に立たされる。
そんなことは、しばしばありましたが……。
だけど今、この瞬間。
私にとって、最大の決断の時が訪れたようです。
◇◇◇
バトリアを出発して、もうすぐ一年が経とうとしています。
旅の一区切りとして、私達は今コリンを目指しています。
眼中に入る汚い髭面も、今となっては良き思い出。
まあ、見た瞬間に、げんなりとはしそうですが。
咲様との旅はとても楽しくて、毎日が充実しております。
しかし、楽しいことばかりではありません。
道中、頭を悩ませるような出来事が多かったのも事実です。
長旅になればなるほど、そういったトラブルはつきもの。
だけどその度、咲様と力を合わせ困難を乗り越えてきました。
そうですね。
特に印象に残っていることを、いくつかご紹介しましょうか。
例えば——。
咲様がミミズに丸呑みされそうになったり。
咲様が数百メートルはあろう崖から足を踏み外したり。
咲様が大鷲に両肩を掴まれ、大空にフライアウェイしたり。
ふふ、あはははははっ!
だ、だめ。あ、思い出すだけで笑っちゃう。
どうやら咲様は、基本的に運が悪いみたいです。
この旅で確信しました。
間違いないです。
とまあ、こんな感じで主に咲様が様々な困難に巻き込まれるのが多かった印象ですね。
しかし、咲様の料理の腕前は流石の一言。
行く先々でその腕を振るい、人々を歓喜の渦に陥れていました。
手に入る材料もどんどん増え「今じゃわたしのいた世界と、何ら遜色は無いよ」とご満悦のようです。
嬉しそうに料理の話をする咲様の笑顔は、とても素敵です。
そして咲様は、食材が増えたことにより、新たな料理を作り上げました。
それはスウィーツという名のご馳走です。
私のお気に入りはチーズケーキ。
あとシュークリームとドーナツ。
それとプリンと生クリーム。
そんでもって、あんことカスタードクリーム。
パンにバター塗って、あんこを乗せて焼いたあと、生クリームを大量に乗せたらもう最高。
そんなの熱くて、猫舌には厳しいんじゃ無いかって?
チッ、チッ、チッ。
ノン、ノン、ノン!
何を隠そう、この私。
壮絶な、拷問とも言える訓練の末、この一年間でなんと猫舌を克服したのですよぉ。(ドヤァ)
もはや怖いものは無し。
恐れるものなど何も無いのです!
……、しかし。
しかし、事件は突然訪れました。
コリンまで、もう目と鼻の先というところでした。
そこで咲様は突如、信じがたい発言をしたのです。
「リル、やっぱり太ったよね」と。
やっぱり?
ということは何回か確認したの?
最近ジロジロ見てくるのは、そういうことだったのですか?
「それは……、魔物に幻覚を見せられているのでは」
「その口元の生クリームも幻覚?」
「だと、いいですね」
「そ、そうだね」
猫舌を克服したことにより、露出した新たな難題。
それは——。
焼きたて生クリームあんこバターパンの、罪深い味を覚えてしまったことなのです。
これを夜食で食べると美味しいのなんのって。
そりゃあ、薄々は気付いてました。
だけど確信した頃には手遅れだったのです。
遂には、焼きたて生クリームあんこバターパンを食べないと眠りにつくことが出来ない。
それほどまでに、私はその魅力に毒されていました。
もはやこれは呪い。
そう表現しても大袈裟ではありません。
それからというもの、咲様は「ムチムチしてて可愛い」と私のほっぺたを、むにむにむにむにむにむにむにむにと摘んできます。
私の頬は、むにむにむにむにむにむにむにむにするものではありません。
「もうっ! 私、痩せます!」
「ええー。このままでいいよー」
「むにむにしないで下さいー!」
私、決めました。
絶対に痩せます。
「おりゃおりゃ」
決意した側からむにむにしないでー!
こうして。
私の壮絶なダイエットが幕を開けたのでした。
読んでくださった皆様ありがとうございます。
不定期になるとは思いますが、ショートストーリーを載せていきたいと思います。
良かったら読んでみて下さい。




