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「馬車を?」

「うん。世界中を巡って、色々な国の人に料理を食べてもらいたいんだ」

「旅の途中で道行く人や、冒険者などにも料理を振る舞うって。それってすごいことだよね」


 そもそも、わたしがバトリアに対して交渉を持ちかけたのか。

 キリシアはずっとそこが引っかかっていたという。


 出された条件は侵攻の中止。

 何かとんでもないことを要求されるのではと、肝を冷やしていたと笑っていた。


 バトリアとしてはそう思うのも仕方ないかも。

 訳の分からない三人組が、夜中に侵入してきたかと思えば自信ありげに交渉などとほざいているのだ。


 十中八九、グラモアからの刺客と疑われていたのは間違いないだろう。


 バトリアに乗り込んできた理由、かあ。

 今となっては、バトリアに活気を取り戻してもらいたいという気持ちが強いけど。


 しかし当初は、コリンの人達を守りたいという気持ちがあったからなのは言うまでもない。

 目の前で血を流す光景なんて見たくないし、罪のない人が命を落としたり、親を亡くす子供だって出てくるかもしれない。


 もちろんバトリア側の事情だって、ちゃんと分かっていなかった。

 だったら直接交渉しよう。

 わたし達の行動はとても短絡的で、いわば感情に任せた行動だったのかもしれない。


「侵攻の中断だよね」

「うん。そうだよ」

「それじゃあバトリア側が貰ってばかりで、交渉として釣り合っていないんじゃない?」


 キリシアは窓際へと歩を進め手招きをした。

 窓の外では相変わらずフルーネ達が酒盛りをしている。

 ミラはフルーネから逃げ回っているが、アグナさんは黙々とビールを飲み続けている。


 頭痛さえなければ、アグナさんとしっぽり呑み交わしたいものだ。


「あそこ、見える?」


 キリシアが指差す方向を見ると、そこには何台か馬車が並んでいた。


「あの中で使えそうなのある?」

「え?」

「必要なんでしょ? 今から新品を渡すのは時間がかかっちゃう。だけど中古になっちゃうけど、しっかり手入れはしてあるから」

「キリシア!」


 思わぬ提案にわたしとリルは大手を挙げて喜んだ。

 居ても立っても居られず、早速中庭へと向かった。

 途中フルーネの追撃があったが、ヴェントによる必死の抵抗によりことなきを得た。


 ヴェントには助けられてばかりなので、何か好物があるのならプレゼントしなくてはいけないだろう。


「お店をしたいなら、大きい方がいいんじゃない?」

「どうでしょうか?」

「どうなんだろうね」


 旅をするという点に於いても、小さ過ぎるとダメだと思うけど……。

 かといって大き過ぎるのもどうなんだろうか。


 今の所リルの不思議鞄で食材の保存は出来る。

 いつまでも頼ってはいられないが、とりあえず冷蔵庫やオーブンはいらない。

 だったら。


「これくらいが丁度いいかも」

「中型? これでいいの?」


 わたしが『創造』で馬車を造れないのは、利用した経験も無ければその構造すらも知らないから。

 もしも手狭になったり、事故で壊れてたとしても、その頃には『創造』が出来るようになっているかもしれない。

 だったら拡張や修理も問題ない。


 ならば小回りも効き、馬車を引く馬の頭数も少ない方がいい。

 と、思うんだ。

 

「あとね、余計なお世話かもしれないけど」

「気になることあった?」

「使用許可のこと。確かに幌馬車みたいな大きなものは、領主の使用許可が必要かもしれない。だけどそれって個人での使用に限るんじゃない?」


 確か一般の人は荷台だったかな。

 それで商人が、キャラバンとして馬車を使ってる。

 後は貴族などの身分が高い人が幌馬車や、二頭引きの豪華な馬車を使ってるんだっけ?


「咲達は料理を作ってそれを売るんでしょ? 前例がないことだと思うから確実なことは言えないんだけど、商人ギルドで登録してみれば……」

「……はっ! うっかりしてました」


 確かに。

 これはうっかりしてた、のか?

 うん。でもそうだよ。

 キッチンカーも商売だもんね。

 

 こっちでは料理人って職種は無いに等しいんだから、商人として扱われる可能性が高い。


 言われてみればキリシアの言う通りだ。

 商人の許可を取ればいいんだ。


 なんだ。

 領主の許可いらないじゃん!


「これはうっかりです。商人の登録を済ませた時点で私達は馬車が使えるのでした」

「待って。登録って済ませるだけ?」

「いえいえ。ちゃんと許可証も必要ですし、ギルマスの認印も必要です」

「わたし達は申し込んだだけで、そんなの貰ってないよね」

「……そうでしたっけ?」


 レセプションが終わってから、しばらくゆっくりして。

 それから『神鯨』に飲み込まれて。

 うん。

 貰ってないわ。


「まっ。わたし達らしいっちゃわたし達らしいか」

「だけど結果オーライと言えば、結果オーライです」


 あの時この事実に気づき旅立っていたら、コジロウさんに出会うこともなく、コリンは戦火に巻き込まれていた。

 と、考えれば遠回りに感じるここ数日のドタバタも、決して無駄では無いと思える。


 最終的にはキリシア達とも出会えて、こんなに立派な馬車まで譲り受けることができたし。

 急がば回れ。

 終わり良ければ全てよし。

 それくらいに思っておけばいいのかな。

 

 キリシアはその後も海鮮の取り扱いや、天幕で出した料理のことなど、様々質問を熱心に投げかけてきた。


 海が近いので、魚介の扱いに興味が惹かれたようだ。

 これもいい傾向だなと感じた。


 国民に料理の意識が広がれば、今度は漁業だって仕事にすることが出来る。

 食事の選択肢が増えれば、飢えに困る事も少なくなるだろう。


 そうなればこっちのものだ。

 後はキリシア達が上手くやるだろう。


 そうすれば少しずつ、少しずつ。

 バトリアは豊かな国へと成長する。


「グリモアが難癖つけてきたら、いつでもフルーネに相談するといいですよ」帰り際、リルはキリシアにそう一言付け加えた。


 キリシアは目を丸くして、

「そうしたらリルが助けてくれる?」と笑った。


「フルーネはあの像に住むと言っていましたが、咲様の指輪にならば移転することが可能。すぐにその情報は私達の耳に届きます。あまりにも目に付くようなら、私がお仕置きしてあげます」


 キリシアは「ありがとう」と笑うと、リルの頭をくしゃっと撫でた。


 キリシアはリルの正体。

 というかその可愛らしい見た目に隠された凶暴性をまだ知らない。


 わたしからしてみれば、グリモアとの交渉が順調に進むことを祈るのみだ。



 馬車の乗り心地はすこぶる良く、これからの旅は快適なものになるのは間違いない。

 一度も目撃していなかった馬もキリシア達が用意してくれた。


「ここらじゃまず見かけませんからね。ありがたいことです」


 リルは慣れた様子で馬を操っている。

 ミラが御者を名乗り出たのだが、ビールのダメージが深刻なのだろう。

 顔は青ざめ、明らかに調子が良くなさそうなので、今は休ませてあげることにした。


「お役に立てず申し訳ありません」と平謝りだが、フルーネの相手をしてくれていたと考えれば、一番苦労したのはミラなのかもしれない。


「馬車であの崖を駆け上がるのは、少々厳しいですね」

「確かに……。てことは」

「逆方向ですね。コリンには立ち寄れませんが」


 最後に町の皆に挨拶をしたい気持ちもあるけど、どうしよっかな。


「グラモアを一周して戻るならば半年から一年って、ところですね。コリンを旅の執着点として、それまでしばしのお別れでもいいのでは?」


 皆んな、アディスから状況も聞いているだろうし、冒険者なんて職業が主となっている世界だ。

 リルの感じだと、別れや旅立ちなんてものは慣れっこなんだろうな。

 

「……うん。そうだね」

「お礼ならアディスに持たせましたよ」

「本当にリルのそういうところは尊敬するよ。どこまで先を見据えているの?」

「咲様が心残りになりそうなことを気にかけているだけですよ」


 何をアディスに渡したのか尋ねると「孫の代まで食べるに困らない物」とリルは答えた。


 一体何を渡したのだろうか。

 いつか戻った時、ギルマスが成金のような姿になっていたら笑ってしまいそうだ。

 まあ、奥様がいる限りはそんな馬鹿な真似はさせないだろうが。


「いよいよですね。これからは咲様の料理を世に広げる旅です」


 リルはそう言うと、馬車の速度を少しだけ上げた。

 これから出会う料理に早く出会いたいかのように。

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