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もしもフルーネが継続してビールの生産に協力をしてくれるのならば、こんなに心強いことはない。
気になるのは気分屋の精霊がどう答えるか。
断られたとしたら……。
それは仕方ないと割り切るしかないかな。
フルーネにとってはメリットが無い提案だし。
ビールをバトリアの特産とするならば、継続的な生産が必要不可欠になる。
なんとしても協力を仰ぎたいところではあるけど……。
だったらわたしが作れって話か。
ちょっと調子良すぎかな。
反省。
しかしフルーネは「いいよー」と、二つ返事で快諾をしてくれた。
特に嫌な顔をせず、悩むこともせず、条件をつけることもなくあっさりと。
「……本当に?」
「いつも咲の魔力貰い放題だしねー」
ヴェントもなのだが、この二人は基本的にわたしに協力的であるようだ。
当初はなんでわたしに?
と思ったがこれでハッキリした。
押しかけ女房ならぬ、押しかけ精霊の真の目的。
それは湯水の如く湧き出る、わたしの魔力に違いない。
幻獣界からお出かけするのに、わたしの魔力は見逃すことの出来ないものだったのだ。
そして現状、わたしは魔力を持て余している。
九割以上垂れ流しているだけだ。
だったらこんな風に、魔力を分ける代わりにお手伝いをしてもらうのは好都合だ。
使えないなら、必要な人に使ってもらうのが、ベストな選択肢の一つではあるよね。
「でもかなり魔力を消費すると思うよー。咲は大丈夫なの?」
「それは気にしないで。だけど本当にいいの? 頼んどいてなんだけど、きっと大変だと思うんだ」
「半永久的にビールが湧き出る仕組みを作ればいいんでしょー?」
「……そんなことが?」キリシアは依然立ち上がったままで口を開けている。
その表情は未だに信じられないといったところだ。
その気持ちはよく分かる。
わたしだって信じられない。
半永久的にって。
サラッと簡単に言ってるけど、それってとんでもないことなんじゃないの?
「ちょっとだけ時間ちょうだい」フルーネは自らが創り出したビールを一気に飲み干すと、再び指輪へと戻っていった。
いくら飲んでもいい飲みっぷり。
依存だけには気をつけてもらいたいものである。
「なんかトントン拍子で怖いくらい」
「咲様ならではの手法ですね。常人ならばまず魔力が枯渇しますよ」
三羽烏達でさえ、数人で詠唱し魔力の消費を抑え、そこで初めて召喚の儀式が成り立たせている。
数人がかりで手順をしっかり踏み成功するか否か。
それほど召喚という儀式は、繊細で高度な魔術らしい。
リルはそう説明し、肩をすくめた。
「しかも二体です。その時点で頭が爆発しますよ」
「ははは。爆発って。大袈裟でしょ」
「良くて爆発。悪くて全身が溶けます」
……どっちが良いかはその人次第になりそうだけど。
どっちみち悲しい運命を辿るのは違いないのね。
これに関しては『祝福』に感謝だよ。
ビールの貯蓄や保存方法についてキリシア達に説明を終わった頃だろうか。
再び酒豪が指輪から姿を現した。
「こっちきてー。キリシアとアグナもねー」
「私達も?」
フルーネはそのままフラフラと部屋から出ていった。
「行きましょう」リルはすぐにその後を追った。
わたし達もリルに続いて部屋を出た。
そのまま謁見の間を通り過ぎ、長い廊下を歩き、宮殿階段を降りる。
途中、城内に勤める人達とすれ違った。
しかし明らかに様子がおかしい。
驚いていたり、腰を抜かしていたり、呆然と立ち尽くしていたり。
「キリシア。わたし達なんか変? この格好変!?」
「へ、変じゃないよ」
その様子見てアグナさんは、
「いきなり目の前に精霊が通り過ぎていくのだから当たり前です」
と、笑いながら言った。
なるほど。
感覚麻痺してるけど、精霊はそれくらいに珍しい存在なんだよね。
リルの正体知ったら気絶しちゃうんじゃないの?
そんな人達の証言を辿り進んで行くと、フールネの居場所はすぐに判明した。
「……これってさ。もしかして」
「何故ここを選んだのかは謎ですが」
フルーネは中庭の噴水。
その中央に設置されている女神像の頭上に腰掛けていた。
女神像は壺を携えており、そこからは黄金色の液体が飛沫を上げて流れている。
「魔力を通せばいつでもビールが汲み取れるよ」
「これが半永久的に?」
「そうだよー」
フルーネはまるで蛇口から水を飲むようにビールを飲んでいる。
嫌な顔もせず、悩むこともせず、条件をつけることもせず快諾したのはこういうことか。
フルーネにもメリットはしっかりあったのだ。
生ビール飲み放題。
時間無制限というメリットが。
あの時、この光景を想像して答えを出したのならば、フルーネは相当な策士だと思う。
しかし、これならバトリアにもたらす恩恵は計り知れない。
生産に必要なのはビールの原材料と魔力だけ。
人件費だってかからない。
問題があるとすればフルーネが常に酔っ払ってることくらい。
それだってこれからの利益を考えれば微々たるものだ。
しばらく呆気に取られて噴水を眺めていると、キリシアがぼそっと呟いた。
「この女神像はさ、バトリアの守護神をモチーフしてるんだ」
「えっ!? ご、ごめん。なんて罰当たりなことを」
フールネ!?
よりにもよってそんな高尚な像に?
わたしはこんなんだから信心深いタイプではない。
しかし神様を崇拝する人達にとって、これは侮辱に当たる行為なんじゃないの?
宮殿の中庭。
そのど真ん中。
そんな場所に設置してあるのだから尚更だ。
悪気はないとはいえ、これは流石にお叱りを受けてしまいそうだ。
フルーネには申し訳ないけど、せめて違う場所に移してもららないと。
しかしそんな心配もよそに、キリシアは微笑みながら女神像を眺めている。
アグナさんに至っては、声を出して笑っていた。
「いいと思う。女神様も笑ってるよ。きっと」
「……そうかな」
そっか。
なら、いいんだけど。
……いいんだけどさ。
ここ、ビール臭で大変なことになってるよ?
匂いだけで酔っ払いそう。
頭痛が加速していくのが如実に感じ取れる。
出来ることなら今すぐここを離れたい。
「不思議ですね。飲んでる時の匂いと、こうして嗅ぐ匂い。何故ここまで不快指数に差が生じるのでしょうか」
ミラとアグナさんは、既にフルーネに捕まりビールをたらふく呑まされている。
「……絶対捕まりたくないですね」
さて。
話もまとまり、ビールもなんとかなりそうだ。
わたし達も酔っ払いに絡まれる前に、城内に戻ることにしよう。
これ以上肝臓にダメージを与えるなんて、考えただけでもゾッとする。




