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 キリシアは馬車の中で国の内情を話してくれた。


 グラモアとの争いが終結を迎えてから、バトリアは以前と全く違う国へと変貌してしまったと。


 領土を奪われたことによる弊害は、バトリアに多大な損害を与えた。

 それほどにバトリアは魔石の恩恵に依存していたのだ。


 それからというもの国力は下がる一方。

 そこに追い討ちをかけるように、キリシアの父であるバトリアの王が息を引き取った。

 元々病弱な上、敗戦による心労も重なり食事も喉を通らない状態だったという。


 幼い頃「母親を亡くしているキリシアは、これにより両親を失ったことになる。

 敗戦の際、第一王女は隣国に嫁いだ為、キリシアはこの国の王として奮闘していたのだ。


 様々な苦悩や軋轢に苛まれながらも、キリシアはバトリアの為に日々奔走したという。


 しかし、もう崖っぷちに追い込まれていたバトリアには、領土返還という強行手段しか残されていなかった。

 その手段に最後まで反対していたキリシアも、もうどうすることも出来ない状態だったらしい。


 そんな折、現れたのがわたし達だった。

 本来であれば、侵入者という不届き者の前に姿を現す立場ではないキリシアが天幕に訪れたのは、まさに藁をも掴む思いだったのだろう。


「ハメを外してしまったのは一生の不覚ということで」


 キリシアはまた恥ずかしそうに笑った。


 バトリアのお城は他国と比べ、それほど大きなものではないと事前に聞いていた。

 それでもわたしにとっては想像を超える大きさだった。


 森から一望したバトリアは、国土も小さくお城もそこまで大きくないと思ったのが第一印象だった。

 しかし目の前には、眺めた城と同じものとは思えない立派な城が聳えている。


「ミラ、緊張してます?」

「……はい。正直なところ」


 大丈夫かな?

 さっきまで、提灯を出していたとは思えないほど緊張してる。

 牢屋で爆睡していたのが嘘のようだ。

 図太いんだが、繊細なんだかイマイチ分からない。


 馬車が城門に到着すると、アグナさんが扉を開けて手を差し伸べてくれた。


「ようこそ。バトリア城へ」


 案内された場所は俗に言う、謁見の間。

 ではなく、その隣の会議室のような場所だった。


 とはいえ。

 足が奪われるかと思うくらいのフカフカな絨毯。

 内装はまるで映画のセット。

 流石は王族の住居だ。


 着替えてきて本当に良かった。

 末代まで語り継がれる赤っ恥をかくところだった。


「なかなかの内装ですね」

 

 なんでリルはこんなに堂々としているのだろうか。

 こなれてる感が滲み出ている。

 まさか姫?

 幻獣界の姫なの?


 案内されるがままに席に着き、しばしの談笑の後。

 いよいよキリシアから本題が切り出された。


 どうやらアグナさんから本筋は耳にしていたらしく、話はすぐにまとまると思われた。

 しかし、キリシアから一つ疑問を投げかけられる。


「肝心の製造方法はどうするの?」と。


「ビール造りに必要な物を取り寄せているから、それが到着次第になっちゃうんだ」

「安定して製造出来るのかな? そこがちょっと不安なんだ」


 キリシアの不安はごもっともだった。

 まだ提案をしただけで肝心の手法を伝えていない。

 なんせ当の本人でさえ、そこの部分が不透明である。


 しかし、わたしはそれが確立するまでバトリアに滞在することを決めていた。

 ここまで期待させておいて「出来ませんでした」じゃあ拍子抜けもいいとこだ。

 そこは最後まで責任を持たないと。

 親玉にぶん殴られたって文句は言えない。

 リルは文句言いそうだけど。


「ビールの話?」

「フルーネ!?」


 この子あれだけお酒飲んどいて、まだビールの話に食いついてくるの!?


 しかもこのタイミング。

 どんだけお酒好きなのよ。

 わたしなんて迎え酒も出来ないくらい頭痛いのに。


「咲……その子」

「あ、フルーネだよ。精霊なんだ」

「精霊っ!?」

(咲様、精霊を扱えるのはごく一部の召喚士だけですよ)


 え、まずいこと言っちゃった?

 だけど知らなかったし、聞いてなかったから仕方なくない!?


 でもヴェントもフルーネも勝手に出て来ちゃうし。

 防ぎようもないし、誤魔化しようもないよ。


 手のひらサイズの自由気ままな神秘的な存在を、一体どう誤魔化せというのだろうか。


 守護霊とか?

 それこそ驚かれるわ。


「ねえグラスあるー?」

「フルーネ、今ちょっと大事なお話してるの。後ででもいい?」

「グラスー」


 だめだ。

 聞いちゃいねえ。

 なんでこの子達はメラミーのように大人しくしてくれないのだろうか。


 勝手に出てきて欲望のままに行動する。

 精霊の性質とは厄介なものだ。


「咲様はヴェントとフルーネを使役しているわけじゃないですからね」

「確かに。勝手についてきたって感じだ」

「勝手についてきて、咲様の魔力を勝手に使ってるって感じです」


「どうぞ」とリルは不思議鞄からグラスを取り出し、そのままフルーネの前に置いた。


「何に使うかは分かりませんが、これで少し静かにお願いしますね」

「見て見てー」

「き、聞いてます!?」


 キリシアはフルーネの存在を目にしてから、一言も喋らなくなっていた。

 そしてフルーネが披露した魔法を見るや否や、椅子から飛び上がって驚いた。


「これは驚きですね」

「これって……」

「水の精霊だからこそ。だとは思いますが、それにしても……」


「すごいでしょー」とフルーネは得意げだ。

 それもその筈、なんとコップの中には『創造』で生産したビールと同じものが、なみなみと注がれていたのだ。


「飲んでいいよー」


 恐ろしい。

 この後に及んでまだ飲まそうとするのか。

 だけど、これって——。


「咲様は運もいいですね」

「やっぱりそう思う?」


 昨日散々、飲みニケーションをした甲斐があったというものだ。


 これなら問題が一気に解決を見せる。

 しかし、新たな問題としては。

 自由気ままで気まぐれの精霊が、素直にお願いを聞いてくれるかのかどうか。

 そして永遠に酒に付き合わされるのではないか。


 ある意味、後者の方が難題ではあるのかもしれない。

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