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翌日、わたし達は指定された時間に天幕へと足を運んだ。
目を擦りながら、歩くリル。
ミラは鼻提灯を作りながらフラフラとしている。
わたしに至っては、二日酔いで頭痛に悩まされていた。
これから大事な話し合いがあるというのに、この有り様。
というのも、昨晩キリシア達と別れた後、安心感からかテンションが上がってしまい、飲み会を開催してしまったからだ。
最初は三人でワイワイとしていたのだが、ヴェントやフルーメがビールに興味を持ったらしく、途中から飲み会に参加する運びになった。
そして、ここから少しずつ歯車が崩れ始める。
ヴェントはビールを一口飲むと、「こんなもんかー」と今度はつまみに興味を移した。
しかしフルーネはヴェントと違い、『イケル口』だった。
まあ、この子が飲むこと飲むこと。
そして飲ませてくること。
ゆるふわの淡い水色の髪。
水のように流動的で、見ていて飽きない不思議なワンピース。
フルーネは小さなお姫様のような精霊だった。
そんな見た目と、おっとりとした性格からは想像とつかない酒豪っぷり。
用意していたビールはあっという間に底をつき、新しく精製する羽目になったほどだった。
「水の精霊はタチが悪いですね」と、タチが悪いリルが戸惑うくらいにビールを飲まされた。
ミラもそんなペースで飲まされたものだから、顔がどんどん紅潮し、あっという間に酔い潰れてしまった。
このペースはまずい。
確実にわたしも二日酔いになる。
「これはどうやって作ったの?」
先ほどまでケラケラと笑いながら猛威を振るっていたフルーネは、不意にそんなことを尋ねてきた。
フルーネには話をしても問題ない、かな。
リルが、「魔力とスキルを見せない方がいい」と言ったのは、わたしの力が規格外だからだ。
無限に湧く魔力。
一度創り出してしまえば、ほぼ制限なく創作物を量産できるスキル。
「咲様の能力が悪い人の耳に入り、悪い人が悪いことを企んで、咲様に悪いことをさせようとする可能性がある」と、リルは真剣な目でそう説明してくれた。
フルーネは悪い精霊でもないし、悪いことも企まないだろう。
ただ酒癖が悪いだけだ。
「これはね——」
フルーネには理解出来ないこともあるだろう。
わたしは原材料と作る工程を簡単に説明し、最後に『創造』のことを伝えた。
するとフルーネは、「そっかあ」と一言発し、指輪の中に戻って行ってしまった。
「台風みたいな精霊ですね」
「言い得て妙だね」
とまあ、こんな風に。
自由気ままな精霊は、類を見ない酒癖の悪さを披露してくれた、というわけだ。
「でも精霊なんてあんなものですよ。メラミーだって大人しく見えますが、一度逆鱗に触れたら、そりゃあもう手がつけられなくなるくらいです」
「酒癖が悪いのも?」
「……、うーん。それはなんででしょうね。幻獣界にもビールはあるので、特段珍しいというわけではないのですが」
「作り方も聞いてたよね」
まさか自分で作るか?
出てくる度にあんな飲まされたらたまったもんじゃないよ。
とてもじゃないけど肝臓が持たない。
「咲様に影響されたのでしょうね」
「わたしに? あそこまで酒癖悪くないよ?」
「咲様の魔力に影響されたのです。あの精霊達は、咲様の魔力を媒体にしてこの世界で具現化していますからね」
本質が反映されたのかも知れませんね、とリルは笑った。
わたしがあの精霊達と同じってこと?
自由気ままで、酒癖が悪いか。
……、リルに対して、タチが悪いとか言えないな。
ミラの鼻提灯で遊びながら歩いていると、天幕の前に停めてある馬車が目に入ってきた。
「咲様っ! あれ!」
「わあ。……、幌馬車だ。御者はアグナさんかな?」
それはわたしが理想とする、二頭引きの幌馬車だった。
荷台の大きさも十分だし、見るからに頑丈そうな足回り。
ある程度の重量にも耐えることもできそうだ。
もちろん、あのままの形状では運用不可だが、少し作りを変えてしまえば余裕で対応出来る。
……、いいなあ。
『創造』で作れるかな?
でも馬車に乗った経験もないし、構造もよく分かってないから苦労することは間違いないよなあ。
幌馬車を眺めていると、キリシアが窓から顔を出した。
そして少し恥ずかしそうに、照れくさそうに「おはよう」と笑った。
「昨日はごめんなさいっ!」
「こちらこそリルとミラの相手してもらって」
「私がキリシアの相手をしたのですよ?」
……、うん。まあ、そうしとこうか。
「御三方。本日はキリシア様が是非城内へとのことです。さあ、乗ってください」
「はい?」
「ほう、お城ですか。最初の牢屋から随分とランクアップしましたね」
し、城っ!?
この格好で!?
ミラとリルはいいけど、わたしスウェット着回してるだけなんだけど。
キリシアは当然ドレス。
アグナさんもピシッとした正装だ。
ミラはいかにも召喚士って風貌だし。
リルに至っては毎日違う服を着ているオシャレさんだ。
何これ?
二日酔いの上、更に罰ゲーム?
「着替えます? 私、何着かご用意出来ますよ」
「……、頼むわ。さすがにこの格好じゃ無理」
近くに天幕があって良かった。
着替える場所には苦悩せずに済みそうだ。




