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 改めてキリシアとの挨拶を終えた直後、アグナさんが席へと戻ってきた。

 そしてそこには親玉の姿は無かった。

 外での待機を命じられたのかな?


「ありがと、アグナ。さ、お話を聞こうかな」

「見てもらった方が早いかも。リル、お願い」

「はい、はい。少々お待ちを」


 リルはテーブルにビールを配膳した。

 そのビールの見た目に、キリシアは目をしばたかせ、アグナさんは眉を顰めた。


「これは?」

「ビールだよ。親玉……、じゃなくて、ベルナルドさんから聞いたんだよね? わたしがこの世界に召喚されたこと」

「うん」

「これはわたしが生まれた世界で、とても有名なお酒なんだ」


 ビールは品質、状態共に完璧な状態。

 予め冷やしたグラスに直接ビールを精製し、それを不思議鞄に詰めておいたからだ。


 炭酸も抜けていないし、泡も減っていない。

 本当にリルの鞄は高性能だ。

 魔法と言われればそれまでだが、魔法にしても不思議だし、なんなら一番覚えたいまである。


 直接目の前でビールを精製しようとも考えたのだが、「魔力とスキルを人前で披露しない方がいい」とリルから助言を受けたので、この方法を採用した。


 出来れば、親玉みたいなタイプにこそビールを味わってもらいたかったのだが……。

 キリシア曰く、「いちいち話が止まってしまう」と親玉の入室を制限したとのことだ。


 仕方ないか。

 リルと喧嘩になっても大変だし。

 親玉には後で差し入れの形で味見をしてもらうとしよう。


「これがお酒?」王女はビールを不思議そうに眺めている。

 

「そう。苦味があって、口の中がシュワシュワするから最初は驚くかも。でも——」


 わたしとリルは目を合わせ、グラスビールを一気に飲み干した。


「ぷはあ。美味しいです!」

「うん、大丈夫そうだね。本当は乾杯してからにしようと思ったんだけど——」

「怪しい侵入者から、見たことのないお酒を渡され、更にそれを口にするのは勇気がいると思いまして」


 毒味ですよ、とリルは二杯目のビールを鞄から取り出した。


「では私から頂きましょうか」とアグナさんは、王女のグラスを手に持つと、一気にビールを飲み干した。


 王女に出されたビールを手に取ったところを見ると、まだ信頼に欠けているんだろう。

 ま、当たり前だ。

 それよりも躊躇なくビールを飲み干したアグナさんの度胸がすごいと思った。


 飲めと言った張本人が言うのもおかしな話だが、わたしだったら飲まないまでも、多少の躊躇はするだろう。


「……、なるほど」


 それにしてもアグナさんは表情を変えない人だ。

 敢えて出さないのか、生来のものなのか。

 どちらにせよ、こういった味の反応が欲しい時に、一番緊張を覚えるタイプであることには違いない。


「喉越しと、苦味。この二つが特徴的ですな」

「美味しいの? それとも」

「アルコールの強さも程よく、飲み口も軽い」

「アグナ?」

「そして口の中で弾ける感覚。口に入れた瞬間は少々驚きましたが……」


「結局、どうなの?」キリシアは味の感想をしきりに求めている。


 これには激しく同感する。

 実際どうなのだろうか。

 コメントは総じて好感触だけど……。

 だけど、いかんせん無表情なのが気になる。


「キリシア様も試してみては?」

「アグナは感想言ったりするの下手くそだもんね」


「私は好きな味ですが、キリシア様はどうでしょう」アグナさんは、静かにグラスを置いた。


 取り敢えずは一安心、か?

 残るはキリシア。

 ビールを苦手だという女性もいるにはいるが。

 思い返せば飲み会でも、同僚が飲むのはサワーにカクテル、そらにワインが多かったかも。


 わたしのように、ビールに始まり、麦焼酎のお湯割りや芋のロック、日本酒、果ては泡盛までもが守備範囲の女は珍しいだろう。


「アグナさんの言う通りかも。わたしとリルは平気だけど、どちらかと言うと男の人が好む傾向にあるのは確かなんだ」

「そう……、でも折角だから」


 キリシアはお上品に小さな手でグラスを持ち、すするように少しだけビールを口にした。


「どう?」

「口の中がシュワシュワした」

「味は?」


「美味しい、かも。だけど——」キリシアはそう言いかけると、残りのビールを飲み干した。


「うん。ぐいっといっちゃう方がいいね! 少し苦いけど、シュワシュワしてて飲みやすい!」


 なんか既視感のある感想だ。

 どこぞの髭面とわんぱく少年が脳裏をよぎった。

 アグナさんに感想が下手だと言っていたけど、明らかにキリシアの方が残念だった。


「夏場などの蒸しばむ日などはうってつけ」

「そうね」

「今までにない味。しかもそれがこの世界の娯楽の中心である酒」

「初めての味ね」

「これが貴女の交渉道具、と言ったところですかな」

「そうなのね」


 この場にアグナさんがいてくれて良かった。


(咲様、キリシア酔っ払ってませんか?)

(……、もしかしたら、そうかも)


 グラス一杯のビールで紅潮し、少しおかしな話し方になってるキリシアや疑り深い親玉が相手では、ここまでスムーズに話は進まなかったかもしれない。


「あの……、おつまみも用意したので、こちらも良かったら」

「咲様、と申されましたな。率直なご意見をお伺いしたいのだが」

「は、はい」

「貴女は交渉をしに来た。と、終始仰っています」

「はい。その通りです」

「このビールなるものが交渉道具とするのならば、こちらに、どのような要求を?」


 キリシアを差し置いて、核心を突いてきた。

 ほんとうにこの人がいてくれて良かった。

 護衛とは言え、王女の側近。

 アグナさんも相当な権力者なのかもしれない。


「先ほど話が進まないと言われてましたが、出来ればベルナルドさんにも聞いて欲しいのですが」

「……、キリシア様。宜しいですか?」


 キリシアはリルに料理の説明を受け、既に食事を始めていた。

 ミラも誘われて三人でテーブルを囲んでいる。

 キリシアは幼く見えるが、リルとミラもまた幼く見えるので、まるで親戚の子供が集まって騒いでいるみたいだった。


 キリシアはアグナの問いかけに気付く素振りも見せない。

 リル達との会話に夢中のようだ。


 今更だが、キリシアもリルもお酒を飲んでも平気な年齢なのだろうか。


「……、ふむ。私がこのままお話を続けても?」

「はい、ぜひ。むしろ助かります」

「ならば場所を変えましょう。キリシア様、ごゆっくり」

「はーい」


 都合のいい耳持っているようで何より。


 アグナさんは手招きすると、天幕から出ていった。

 わたしもすぐさま、その後を追う。


 さすがは側近だ。

 自由気ままなお姫様の扱いは、お手のものみたい。

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