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バトリア側からは、三人が交渉の席につくと教えてもらった。
もちろんその内の一人はリルの宿敵。
衛兵達からはベルナルドと呼ばれている親玉だ。
他の二名は誰なのかは分からない。
だが、一般の衛兵はもちろん、発言権や決定権が無い人物が来るとは考えにくい。
なので、かなりの権力者。
もしくはそれに準ずる人物だとみて間違いない。
余計なお世話なのかもしれないが、わたし達はバトリアにとって有益であり、明るい未来へと繋がる話をしにきた……、つもりだ。
森を抜け、崖を降り、わざわざこんな所まで喧嘩をふっかけに来たわけではない。
ないのだが——、第一印象が最悪の最低。
バトリア側が警戒心を持って臨んでくると考えると、時間が近づくに連れ、どうしても緊張してきてしまう。
とはいえ。
不法侵入やテントへのダイビングで始まった今回の一件。
悪いのはどう考えてもこちらなので、なんとも言えないのが辛いところだ。
忍び装束にテンションを狂わされなければ、もっとマシな手があったのではとも考えたが、時すでに遅し。
考えたところで後の祭りだ。
「気楽に行きましょう」と、ミラは天使の微笑みを惜しみなく披露した。
わたしもつられて微笑んだが、きっと引き攣っていただろう。
「時間です」と、リルが言った直後。
親玉が天幕内にズカズカと入ってきた。
そしてすぐさま頭を下げ、道を開ける。
続いて入ってきたのは壮年の男性。
剣を携え歩く姿は、どこか威厳を感じさせる。
その後に、わたしと同じ歳の頃だろうか、一人の女性が続く。
しかし、同じなのは年代だけ。
女性からは育ちの違いを痛感させられる気品が漂っている。
薄いグレーのジャージにエプロンをつけたわたしとは大違い。
歩き方から仕草まで、何から何まで別世界の人間だった。
ミラはその二人の姿を見るや否や、片膝をつき頭を下げた。
グラモアお抱えの召喚士が、咄嗟に取ったその行動。
わたしは直感した。
それなりの人物が来るとは予想していたが、想像を超える大物が来てしまったのかもしれない。
「貴女達が侵入者さん?」
よく通る声。
しかし圧を感じさせない、穏やかな声だった。
そんな声で、「はい。そうです」と素直に答え難い問いかけをされたものだから、わたしは思わず言葉が詰まってしまった。
「……、侵入者か、この国の救世主となり得るか。それはそちら次第ですね」
「おい、猫耳。口を慎め」
彼女に対して、親玉までもが、まるで別人のような態度で接している。
変わらないのはリルだけだ。
「ベルナルド」
「はっ」
「失礼しました。では早速、そちらの見極めを致しましょうか」
全員が向かい合いテーブルに着くと、女性は直ぐに名乗りを上げた。
「バトリア第二王女、キリシアと申します」
……、まじか。
大物も、大物だ。
王女出てきちゃった。
急に謁見しちゃったよ。
刺身食わせて平気なのか?
腹壊されたらたまったもんじゃないぞ、これ。
しかもビールって。
高級シャンパンの方が良かったのでは?
んなもん作れないけど。
「佐々木咲です」
「リルと申します」
「ミラで御座います。……、グリモアで召喚士を生業としております」
「まあ、グリモアの」
ミラがド緊張してる。
そりゃあそうだろう。
王族に近しい場所で過ごしてきたミラにとって、この人の存在は余りにも大きいのだろう。
「本来ならば口をきくことも叶わぬ御方。言葉を慎重に選べよ、下賤者」
なんでこんな偉い人が来たのだろう。
こちらとしては好都合とも取れるけど……。
「護衛役を務めさせて頂いている、アグナで御座います」
「あ、よろしくお願いします」
「それでバトリアまでお越しくださった理由をお聞かせ頂いても?」
一時はどうなるかと思ったが……。
どうやら話が早そうだ。
ならば遠慮なく。
「わたし達がバトリアまで出向いた理由は二つです——」
一つ。コリンへの侵攻の中止。
二つ。バトリアに新たな文化を浸透させること。
わたしは事の経緯を慎重に、言葉を選びながら説明した。
親玉は明らかに警戒心を強めている。
一方、アグナさんは無表情を貫いている。
そんな二人を差し置いて、王女は興味津々だ。
これは……、いい反応なのかもしれない。
「なるほど。そしてそれを今からお見せして頂けるのですね?」
「はい。王女様は——」
「キリシアでいいわ」
親玉はその言葉を聞くや否や、直ぐに会話に割って入ってきた。
下の民が王女を馴れ馴れしく呼ぶなど、もっての外と言わんばかりの形相で。
王女への忠誠心か、それとも愛国心ゆえなのか。
親玉の態度は、わたし達を相手にしている時とは大違いだ。
「キリシア様っ!」
「ベルナルド。少し静かにしててね」
「——っ! しかし」
流石は王女様。
あの親玉を、あっという間に諌めてしまった。
「ごめんね。続けて」
「じゃあ。その、キリシア様」
「様もいらない。私も咲って呼ぶから」
親玉は顔に手を当て、大きくため息をついた。
アグナさんは少し笑っているようにも見える。
「咲は召喚されたと聞いたけど」
「はい。そうですね」
「あ、敬語も禁止」
「キリシア様!」
「アグナ」と王女が一言声をかけると、アグナさんは親玉は天幕の外に連れ出してしまった。
「ふふっ。咲様、見ました? あやつの顔」
「すっごい悲しそうな顔してたね」
「ほんと、昔からうるさくて。気を悪くしたらごめんなさい」
どうやら王女はかなり話が分かるタイプなのかもしれない。
親玉にとってキリシアは、おてんばで手が焼けるタイプってところかな?
だけど、警戒心が強い親玉がいなくなったのは、こちらにとっては好都合であり、嬉しい誤算でもある。
遠慮無しに仕切り直すとしよう。
「じゃあ、改めてよろしく。キリシア」
「うん。よろしくね」
ミラは、そんな会話をビクビクしながら聞いていた。
わたしが不敬なことをしでかすとでも思っているのだろうか?
だけど大丈夫。
そんな心配は、不法侵入した時点で既に手遅れなんだから。




