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「これで完成だ!」
作ったのは超豪華な刺身の盛り合わせ。
あとは居酒屋でお馴染みの先出しメニューを何品か用意した。
これで鍋でも出したら居酒屋の宴会コース料理みたいなラインナップ。
あとは秘密兵器のビールが親玉達の好みに合えば完璧。
その後の交渉が上手くいく算段も高くなるだろう。
「よし。あとは——」
「そうです。頭の中まで筋繊維がびっしりと敷き詰められているあの男を地にひれ伏せさせれば任務完了です」
「例えにたっぷりと悪意が込められてるけど。ま、そんな感じだね」
リルは不敵な笑いを浮かべている。
相変わらずの執念深さ。
ケット・シーというか蛇って感じだ。
猫って蛇嫌いじゃなかったっけ?
わたし達は作った料理を不思議鞄に入れ、足早にバトリアへと向かった。
途中、吹き飛ばしたカッパが何やら因縁をつけてきたが、面倒臭いのでシカトを決め込んでいると、案の定相撲の勝負を願い出てきた。
あそこまでの実力差を見せられて尚、リルに挑むカッパ。
その根性たるや否や見上げたものである。
しかし、わたしが本当に驚いたのは、カッパが傷一つついておらず万全な状態を保っていたという事実。
そして、すっげえしつこかったことだ。
リルはやれやれといった具合に歩みを止めると、振り返りざまにカッパの皿目掛け、思い切りハンマーを振り降ろした。
目にも止まらぬ速さ、躊躇を一切持たぬ攻撃。
これぞ異世界の特異点。
カッパは真剣白刃取りに失敗し、頭のお皿にハンマーが直撃した。
「ぐあああぁぁっ!」
飛び散る破片がスローションに見えた。
まさに衝撃的映像だ。
「それ大丈夫なの!?」
「カッパのお皿は、私達が普段使ってる物と同じです。命に別状はありません」
リルは踵を返して再び歩き始めた。
カッパは割れた破片を拾い集めながら「お、覚えてろー!」と、恨めしい目つきでこちらを睨みつけている。
「奴らは狂ったようにお皿に対して情熱を燃やします。なので皿が割れると、心が折れて行動不能になるのです。さ、今の内にずらかりましょう」
そう言われてカッパを確認すると、すごいワナワナしていた。
あんなに割れやすい物を頭に乗せて相撲を取ったのなら、どっちみち皿は同じ運命を辿ったと思うのだが……。
その後はカッパの追撃もなく、無事にバトリアに辿り着いた。
門番に準備が完了したことを伝えると、ミラが待つ牢屋へとそのまま案内された。
「ミラ! 大丈夫? 何もされてない?」
「もし何かされてたら包み隠さず言って下さい。もしも、そうであるのならば、バトリアを滅亡させないと気が済みませんので」
その言葉に門番は少したじろいでいた。
恐らくこの人は魔法の心得があるのかもしれない。
必死に何もしていないことをリルに伝えると、すぐに持ち場を離れてしまった。
「だ、大丈夫ですよ。さっき起きたばかりなので」
「……、確かに目がパンパンに腫れてますね。咲様と同じで寝過ぎて目が真っ赤になってます」
「私は塩分過多によるものだけどね」
なんでミラは長時間こんな所で眠ることが出来るんだ?
ある種の才能でしょ、これ。
特殊な訓練でも積まされているのだろうか。
ミラの無事を確認し、安心したのも束の間。
リルの天敵、バトリアの親玉が姿を現した。
逃げ出した門番が呼んできたのだろう。
扉の外から、こちらの様子を伺っている。
その膨大な魔力故、見る者からしたらリルという存在は恐ろしいものなのかもしれない。
「てっきりそのまま逃げ出すと思ったがな」
「……、はあ。短絡的な思考にため息が出ますよ。それがいつか己の身を滅ぼすと脳みそに刻んだ方がいいですよ?」
「あん?」
「ああんっ!?」
もう仲良しだろお前ら。
息が合いすぎてて、もはや漫才みたいに見えるぞ。
親玉はリルを押し除けると、牢の鍵を開けミラを解放した。
そして。
「出ろ。……、約束の時間まであと一時間だ。結局、お前らは何を用意したんだ?」
「それは見てからのお楽しみということで。出来れば一時間後、テーブルを囲える環境で交渉をしたいのですが」
親玉は少し考えこむと、一際目立つ天幕にテーブルを用意すると約束してくれた。
「時間までそこで待っていろ。それと、その場には俺の他にも参加させてもらうぞ」
「目にもの見せてあげますよ。首を洗って消毒したら、そのまま清潔に保ちつつ待ってればいいです」
親玉はリルの売り言葉には乗らず、何も言わずに去っていった。
「咲様は結局何を用意したのですか?」
「知っての通り、私に出来ることは限られているからね」
「そうですか。あのレセプションを知っている僕からしてみれば頼もしい限りです」
ミラはそう言ってくれるが、実際どうなるかはまだ分からない。
残り時間は一時間。
やるだけのことはやっておかないと。
リルはメラミーを経由してコジロウさんと連絡をとっていた。
どうやらビールの件は問題なく快諾してくれたようだ。
「この件が終わったら一度こちらに来てくれ」と、むしろコジロウさんは喜んでいた。
あちらではビールが普及しているとの話だったが、気軽に飲める環境ではないのかもしれない。
なんだかコジロウさんのご相伴に預かりたい、という本音もひしひしと伝わって来たが。
「おい、行くぞ」
門番は怯えながらも、精一杯取り繕っていた。
が、声が少し震えているのでバレバレである。
「大人はちっぽけなプライドを保つために必死ですね」
「こら。リル」
「弱肉強食の野生の世界では、そんな弱みを見せたら一気につけ込まれますよ」
「ここ、野生の世界じゃないからね?」
……、幻獣界みたいな過酷な場所と比べられても。
この人に限らずとも、誰だって困るでしょ。
そんな会話をしながら。
わたし達は門番の後を追い、天幕へと移動した。




