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と、いうわけで。
またまた、再びコリンの森である。
ご存知の通り、ここには見慣れた野菜や植物もあれば、謎の生物に至るまで、よりどりみどりの取り放題。
ほら、見て見て!
あそこにはお馴染みのマンドラゴラが、生足出して獲物を誘っているよ!
あっちには謎の目玉が、銀杏のようにいくつも地面に転がり、悪臭を放っているね!
……、全く。
何度見ても不気味な光景だ。
こほん。
さて、気を取り直して。
もちろん森には魔獣も存在する。
わたし自身危険な目にもあっている。
しかし、森の奥深くに棲息している為、こちらから出向かない限りは安心だろ——、
「ええっ!? リル! 後ろ、後ろ!」
「はっ! この匂いは」
なんて思っていたら、草むらから全身緑色のヌメッとしている、生臭いオッサンが現れた。
少し気まずい空気が流れた後、オッサンは唐突に切り出した。
「きゅうりある?」と。
「きゅうりは……、無いですね」
「まじか」
すげえ。……、カッパだ。
皿乗っけてるし、クチバシが黄色い。
見れば見るほど目を疑いたくなるカラーリングだ。
そういやいつだか、リルがカッパの尻子玉を不思議鞄から取り出してたな。
考えてみればおかしな話だ。
本来ならば、カッパが人間の尻子玉を取るのではなかろうか。
それがカッパの尻子玉って。
尻子玉取りが尻子玉取られてるのか。
そもそも、尻子玉とはなんなのだろうか。
気づくと、わたしの脳内は、尻子玉一色になっていた。
リルは「私達の魔力に引き寄せられているかも」と言いながら、掌から衝撃波を繰り出した。
凄まじい威力で、カッパごと辺りの木を薙ぎ倒す。
一瞬で、森の奥深くまで吹き飛ばされていった。
錐揉み回転で飛んでいくカッパは、きっとどこまでも飛んで行けることだろう。
「カ、カッパさーん! リル、なんてことを……」
「でもあのままにしておくと、相撲を仕掛けられます」
「……、それは嫌だな」
「あの匂いと、ヌメヌメ。まるでモンゴル相撲のようだとコジロウは言ってました」
コジロウさん、カッパの相手したんだ。
お目にかかりたくない対決だ。
「しかも負けたら尻子玉抜かれるんですよ?」
「害しかないじゃん」
「今ので正解です」とリルは草むらに入って行った。
どうやら以前ここで野営をしている時に、草むらでホップを見かけていたらしい。
わたしはホップの形状が分からない為、リルの後をついて周っていた。
「ありました、ありました」
「ありがとう、リル。……、へえ。これがホップなんだね」
「大麦は鞄にありますよ」
「流石だね。やっぱり問題は酵母かあ」
ホップを探している間、代用出来るものを考えていたんだけどな。
結局何も思い浮かばなかった。
他の材料が、比較的すぐに手に入っただけに悔しいな。
絶対にあの体育会系軍団のバトリアの人達や、聖都の住民。
ひいてはグラモアのお偉いさん達だって気に入ると思うのに。
ここは諦めて料理に専念した方がいいのかもしれない。
「取り敢えず試してみては?」
リルは大麦を鞄から取り出しながら、私にそう提案した。
「酵母以外は揃っているのですから、そこを魔法でイメージして補えばいいのですよ」
「出来るかな」
「想像と創造です。やってやれないことはありません。幸い咲様の魔力は無限に湧いて出てくるのですから」
「そっか。挑戦はいくらでも出来るもんね」
そうだね。
やってみてダメなら諦めればいいし、諦めなければ出来るようになるかもしれない。
大麦とホップと水。
酵母の役割は発酵による炭酸ガスの発生と、アルコールの生成。
「よし、やってみよう」
「ではまず、水の中に材料全部入れちゃいましょうか」
「絵面はあまり良くないね」
「まあまあ、どうせ全部合わさるんで」
だからと言ってタライに入れなくても……。
「はい、目を瞑って。集中力が肝心要ですよ」
よーし。
集中、集中。
思い出せ、あの仕事上がりの一杯を。
何にも代え難いあの一口目の至福を。
そして気づいてしまった。
何よりビールが飲みたいのは、わたし自身ということに。
「スキルのイメージはビールを作り出す道具。魔力はその動力と考えて下さい」
リルのアドバイスを聞いて集中をしていると、段々と掌が暖かくなるのを感じた。
まるでぬるま湯に手を入れているような感覚。
果たしてこれで合っているのかは、分からない。
だけど、今までで一番自分の魔力を感じることが出来ている。
これぞ酒呑みの力。
アルコールを欲する神通力。
わたしはここで——、覚醒するのだっ!
……、本当にこれで合ってるのかな?
そんな不安に襲われるも、隣からはリルの拍手が聞こえてきた。
「お見事です」との言葉と共に、目の前からは懐かしき匂いが立ち込めてきた。
「わあ。ビールだあ」
これをわたしが?
タライにはなみなみとビールが入っている。
タライにビールという謎の光景を踏まえても、これは紛う事なきビール。
やった!
遂にビールが飲め……、じゃなくてバトリアの荒くれ者達を納得させることが出来る!
「折角なので、味見しては如何です?」
「リルは?」
「私は……、飲めないこともないのですが。好きか嫌いかでいうと、あまり好まないと言いますか」
珍しくなんとも歯切れの悪い返答。
もしや、酒癖が悪いのか?
頬を染めたリルの姿を見てみたくもあるが、暴れ出されたら手のつけようが無い。
無理に飲ませるのはやめておくとするか。
「じゃあ、わたしが味見するね! いっただきまーす」
「さてさて、どうですか?」
——っ!!
こ、これは。
すっげえぬるい。
「すっげえぬるいね」
「そうですか。……、ふふ」
こいつ気づいてただろ。
だから味見を断ったのか。
リルのこういうイタズラ好きな所は可愛くもあり、とても困ったところでもある。




