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照れくさそうにするリルを揶揄い終えると、わたし達は翌日のメニューを考え始めた。
ビールの用意が出来るのなら、お刺身があってもいいだろう。
なんせこっちには、幻獣界直送の海鮮が山ほどあるのだから。
そのことをリルに伝えると嬉しそうに喜んでいた。
やはり魚は大好物のようだ。
リルが食べるために用意するわけではないのだが、そこはまあ良しとしよう。
どっちみち味見と称して食べることには間違い無いんだし。
こんな時に不謹慎かもしれないが、やっぱり料理のことを考えていると楽しい気分になる。
きっとそれはリルも同じだと思う。
「静かにしろっ!」と怒る衛兵のことなんか気にもせず、わたしは眠りにつくまでリルと話を続けた。
◇◇◇
それからいくらも経っていない、まだ薄暗い朝方。
気持ち程度に設置されている小さな窓から、申し訳程度に微かな光が差し込んでくる時分。
鉄格子の外から衛兵の話し声が聞こえてきた。
リルは目を瞑りながらも、耳をピクっと動かしている。
ミラは相変わらず爆睡しているようだ。
「おい、起きろ!」
「ううっ」
朝っぱらからこのテンションかあ。
きっついなあ。
無理やり起こされると気分が悪くなっちゃうよ。
これだから体育会系は……。
こっちは低血圧の貧血気味なんだよ!
朝一は自分のペースで起きたいんだよっ!
なんて言えるはずも無く。
わたしはノソノソと体を起こした。
あ、やっぱクラクラする。
「おは——、咲様っ!? 目が数字の三みたいになってますよ」
「……、うう。昨日の筋子のせいだ」
「えらいこっちゃ! 足したら六になっちゃいます!」
塩分過多の代償は高かったか。
まぶたが重すぎる。
「美味しい食べ物には裏があるとはこの事ですね。うーん。筋子の呪縛、恐るべしです」
朝っぱらからいつもの調子で何よりです。
寝起きも良さそうで羨ましいよ。
しかし、なんでリルはこんなにサッパリした顔なんだ。
くそ。これだからチートキャラは!
寝癖一つ、ついてないじゃんよ。
猫だって塩分の取り過ぎはダメなんじゃないの?
「今日の夜まで仮釈放だ」と、親玉は扉を開けた。
続けて、出ろと言わんばかりに顔振って合図をした。
「ミラ、起きて」
「すっげえ爆睡してますね」
ここまで熟睡できるのはお見事の一言だ。
どこでも寝れる人はよくいるけど、こんな所でさえ爆睡出来るとは見上げたものだ。
「そいつはそのままでいい」
そのまま? ……、人質ってこと?
さすがに三人で仲良く一緒に出してはくれないか。
やっぱり、わたし達は信用が全く無いようだ。
……、夜中にいきなりテントに突っ込んできた怪しい一味を信用しろ、という方が無理があるか。
まあ、それもわたしのせいなんだが。
「時間まで戻ってこなければ——、分かってるな」
「そっちこそ分かってますよね。人質の扱い方を」
「あん?」
「ああん?」
相変わらず、この二人は相性悪そうだ。
バチバチだよ。
ガンの飛ばし合いしてる。
「ここから出たら、時間までバトリアに入国することは許さん。何を嗅ぎ回られるか分からんからな」
「へんっ! 戻りたくもありませんね!」
こうして、何も知らずに爆睡をしているミラは人質となり、わたし達は一時釈放の運びとなった。
◇◇◇
「ミラ、大丈夫かな。心配だね」
「人質に危害を加えるほど馬鹿ではないでしょうし、馬鹿ではないことを祈るしかないですね」
リルはそう言うと、カバンからビールのレシピを取り出した。
「一応、ミラミーを警護の為に置いてきました。何かあったら、バトリアは火の海でしょうね。はい、どうぞ」
「色んな意味で何もないことを祈るよ。……、えーっと」
『材料。大麦、綺麗な水、ホップ、酵母』
本当に最低限の材料だけって感じだな。
後は魔法でどうにかしろ、という意図を感じる。
「大麦、ホップ、水。それに酵母か」
「大麦と水はどうにかなりそうですが……」
確かホップで苦味と香りを、そして酵母で発酵させて炭酸を作り出すんだっけ?
ビール工場に見学に行った経験が、まさか異世界で役に立つとは思わなかったな。
だけど、そのおかげでイメージは出来そうだ。
問題はそれらをどこで手に入れるか、そしてわたしがそれを創り出せるかだ。
そう考えると、時間はあるようで無いのかもしれない。
「ホップはコジロウに教えてもらったことがあります。恐らく、コルンの森に自生しています」
「問題は酵母かあ。うーん」
ビール酵母の存在は聞いたことあるけど、この際そこまでこだわっていられない。
何か代わりになる物があればいいんだけど。
……、やばいな。
全然思いつかない。
「コジロウが持っているかもしれませんね」
「そうか。メラミーに!」
「メラミー、出ておいで」
良かった。
これで材料は集まりそうだ。
「んん? メラ——、ああっ!」
「な、何!?」
リルは今までに見せたことの無い驚愕の表情を浮かべた。
ビー玉の様な目を更に丸くし、耳はイカ耳になり、尻尾は逆立ち太くなっている。
なんか懐かしな。
近所にいたなあ。
こんな風になってる野良猫が。
「どうしたの?」
「牢に、置いてきちゃったんだ」
牢に? ……、あ。まずいかも。
しかも親玉、時間まで戻れないって言ってた。
リルも啖呵切ってたし、バトリアに戻るのは実質不可能だ。
「やっちまいました」
「ううん。リルは悪く無いよ」
やっちまったもは仕方が無いし、ミラを一人であそこに置いておくのも不安があったのも確かだ。
これでリルを責めるのはお門違い。
むしろミラの安全を確保するファインプレーとして褒めてあげたい。
こういう時にわたしが活躍しなくては。
そうでなければ一体どこで活躍するというのだ。
今の所、活躍どころかハシゴを踏み外し、テントに落下しただけなんだから。
今はやれる事をやるんだ。
最悪、料理だけで乗り切ればいいんだから!
「とりあえず、集められる材料を集めましょう」
「そうだね。行こう!」
まずは大麦とホップの確保。
わたし達は足早にコリンの森へと向かった。




