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あの手のタイプが気に入りそうな料理か……。
それこそ目の色変えるくらいの、大喜びするものじゃないとダメだろうな。
インパクト重視で、尚且つそれに負けない味か。
大味のものでもいいから、とにかく良い印象を与えることができれば。
最初にそれを植え付けられれば、その後に出す料理も受け入れ易くなるはずだけど。
ああ、緊張してきた。
悪い癖出てるなあ。
でも失敗なんてしたくないし、絶対に失敗できない。
見た感じ、バトリアの人達は筋骨隆々のパワータイプ。
血の気が多くて、一々声がでかい人が多い印象だった。
わたしの苦手な体育会系の人ばかり。
もちろん、あの親玉もその例に漏れなかった。
もろに体育会系の厳しい部長って感じだ。
魔石の取り扱いを主にしていた町だから、そういう人が多いとかもしれない。
魔石を取る為には魔獣と戦わなければいけないもんな。
そうなってしまうのは自然の成り行きか。
それにしても牛丼とかラーメンが似合いそうな人が多かった。
安直にそっち系で行くのが正解か?
そんな風に頭を悩ませていると、リルが寝返りをうって話しかけてきた。
どうやらリルも眠れないようだ。
ちなみにミラは爆睡している。
可愛い顔して意外にも神経は図太いみたいだ。
「まだ寝てないのですか? 余り考えすぎるのも体に毒ですよ」
「……、うん」
もしもこの提案が上手くいったら人死がなくなると思うと、ジワジワとプレッシャーがかかってくる。
いくらバトリアにとって不利な争いだとしても、最前線のコルンはそれなりの被害が出るかもしれない。
わたしにとってコルンは、この世界の故郷みたいなもんだし。
皆に良くしてもらったしなあ。
なんとしても成功させたいな。
「咲様が後悔しない料理を作ればいいのですよ」
「うーん」
「皆を笑顔にする料理を作りたいんですよね?」
「うん」
確かにそれはそうなんだけど、状況が状況だ。
試される形での料理と、普段自分の為に作る酒のつまみではこんなにも違うのか。
……、ん?
酒のつまみ、か。
あれ? そう言えば。
「ねえ。リル眠くない?」
「眠くないですよ。寝ようと思えば寝れますが」
「明日もあるし辛いならいいんだけどさ」
「一週間位なら寝なくても平気なんで」
眠れないわけじゃないんかい。
どんな体力と精神力があればそんなに起きてられるんだよ。
しかも寝ようと思えば寝れるとかすげえ便利だな。
「コジロウさんからもらったお酒のレシピってある?」
「はい。鞄に入ってますけど」
わたしはバトリアの特産品や名物になる目玉の物を、料理や食材にするとこだわっていた。
それももちろん大事ではあるんだけど。
お酒のつまみが得意なら、お酒そのものを出したっていいよね。
……、うん。そうだよ。
お酒の生産で有名な場所もあるんだし、バトリアもそこを目指す事ができればいいのでは?
だけどあのレシピって、確かビールだったよね。
んん? ビールってどうやって作るんだ?
レシピがあっても、材料が一日で用意できるかも分からないし、そもそも手作りで出来るものなんだろうか。
でもビールがあれば、この計画は成功間違いないよなあ。
「なるほど。お酒に目をつけましたか。ふむふむ」
「リル、この世界で飲まれているお酒ってどんなのがあるの?」
「お酒を……、作る?」
「まさか絞る訳ないでしょ?」
「……、? 絞りますけど?」
絞るんかい。
レセプションで出してたお酒も?
まさか牛か? また牛から絞るんか?
じゃあレシピ関係ないじゃんよ。
「レシピには材料が書いてあります。それを全部一緒くたにして絞るんです」
「それだけで出来るの?」
「そこで登場するのが魔法とスキルですよ。魔法に大切なのは想像力と創造力。スキルに大切なのは経験と積み重ねです」
なんかそれらしいこと言いだしたな。
でも確かに『創造』のスキルの使い方をリルに習った時は、簡単なものしか作れなかった。
少し複雑なものはことごとく失敗した。
唯一創り出すことが出来たのはお箸だけだった。
「咲様にはビールを飲んだ経験と積み重ねがあります。想像しやすく、創造しやすいのでは」
随分と格好良く表現してくれたが、それは只のビールが好きな人というだけなんじゃ……。
だけどそれが有利に働くのであれば、わたしの飲んだくれ生活も報われるというものである。
「魔法やスキルに、こうじゃなきゃいけないという考えはタブーです。いたずらに可能性を狭めるだけなのです。料理と一緒。もっと自由で楽しいのが魔法です」
リルはそう言うと、牢の天井を星空に早変わりさせた。
よく見ると流れ星が流れていたり、星の位置がゆっくりと動いていたり、まるで本物のプラネタリウムのようだった。
「ね? なんでも出来ます。だから魔法です」
「……、すご」
「ま、才能も多少は必要ということも忘れてはいけませんけどね」
いつもふざけてばかりのリルだけど……。
これは神獣としての面目躍如といったところか。
『神鯨』の動きを停止させる威力の雷を放ったり、かと思えばこんなに素敵な魔法も操れる。
簡単に、そして自由とは言っているが、これはリルの才能。
そして努力の賜物なのだろう。
「咲様の料理の情熱と知識、そこに魔法とスキルが加わる。そうすると、どうなると思いますか?」
「えっと。……、どうなるんだろうね?」
「分からないですか? 答えはとても簡単です。皆が笑顔になるんですよ」
リルが可愛く笑いながら、そんなことを可愛く言うものだから、わたしは不覚にも少しだけドキッとしてしまった。
わたしが男ならば、今すぐこの目の前の天使に迷う事なく抱きついていただろう。
しかし、この世界の恋愛事情は一体どうなっているというのだ。
こんなに可愛い子をほっとくことが出来る野郎供の脳内構造を、にわかに信じることが出来ない。
まあ、実際にそんなことした不届き者には、リルの雷が容赦なく脳天からつま先まで流れる憂き目にあうだろう。
わたしも追い討ちでビンタしてやる。
それにらよくよく考えてみたら、女のわたしが抱きつく分には問題は少なそうなので、とりあえず思い切り抱きついときました。




