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「玉子焼きはリルが作ったんだよねー?」

「ねー。ミラはよく味わって食べた方がいいですよ?」

「とてもフワフワで美味しいです」

「まあ、お上手だこと。こっちにいらっしゃい。お姉さんがいい子いい子してあげましょう」


 リルは相変わらず勉強熱心で厚焼き玉子も直ぐに巻けるようになった。

 わたしに生の砂肝を食わせたことを考えると驚きの成長だ。


 リルと一緒に作ったお弁当の内容は。

 コカトリスの照り焼きと、玉子焼き。

 それとコジロウさんが定期的に送ってくれる鮭を焼いて、お弁当に入れた。


 おむすびの具はちょっと豪華に。

 鮭から取れた筋子と、鶏のそぼろを使った。


 これでお味噌汁があったら最高なのに。

 そうだ。コジロウさんが送ってくる鮮魚であら汁が作れるな。

 今度味噌のこと聞いてみようっと!


「はあ、美味しかったですねー」

「筋子どうだった?」

「あのねー! プチプチで、ブワーって口に広がって、しょっぱくて美味しかったー!」


 なんで小学生みたいになってんだよ。

 でもこれならイクラの醤油漬けも喜んでくれそう。


 ……、ちょっと待って。

 もしかしてこれってすっごい贅沢なんじゃない?


 コジロウさんとパイプが繋がっている限り、これから海鮮系はよりどりみどり。

 訳わからない不気味な魚も混ざっていたけど、それを踏まえても十分お釣りが来る。

 鮮度に関してもリルの不思議鞄があれば問題なし。


 ふふふ。 

 イクラ丼の食べ放題かあ。

 痛風には気をつけないとね!


「……、お前らが侵入者か?」

「はっ! 何奴!」


 リルがわざとらしく仰々しく振り返ると、そこには大男が仁王立ちしていた。

 何奴ってバトリアの偉い人に決まってるだろ、全く。

 ん? 偉い人?


「捕まっているくせに随分とお気楽だな。……、出ろ」


 男は不敵な笑いを浮かべながら扉を開けた。


 そうだった。

 不覚にもバトリアの衛兵に捕まってしまっていたのだった。

 お腹いっぱいで幸せな気分になり、そんなことはすっかり頭から抜けていた。


 リルとミラに至っては、既に歯磨きを終えて、パジャマに着替えて布団の中に入る準備を終えている。


「あの威圧感に太々しい態度、間違いない。あいつが敵のお偉いさんです」

「確かに……、見かけた衛兵達とは比べ物にならない風格がある」

「大丈夫です。僕がお二人を命に変えてもお守りします」


 ミラ、あんたも男の子なんだね。

 ボーダーのナイトキャップとパジャマを着て、枕を抱えていなかったらきっとカッコよく見えたに違いないよ。


 わたし達は一際目立つ天幕が張られた場所に連行された。

 すっぴんでペラペラのグレーのスウェットを着た女と、お揃いのパジャマを着た少年少女の組み合わせは、周りの衛兵達からは注目の的だった。


「隊長! 捕えた侵入者をお連れしました!」

「おう、下がっていいぞ」


 大男はペコペコしながら「失礼します!」と去っていった。

 どうやら大男はお偉いさんでもなんでもなかったようだ。


「……、咲様。いよいよ敵の親玉との邂逅ですね」

「うん、なんか緊張するね」


 リルは先ほどの発言が無かったのような振る舞いをしていたが、ミラに「あの人関係なかったですね」と突っ込まれると、枕を顔に押し付けて黙らせていた。

 

「で、お前ら何が目的だ? 侵入経路からしてコリンの方向から来たんじゃねぇか?」


 異世界に来てから感じた、初めての敵意。

 目的次第によってはただじゃ置かないという雰囲気が伝わってくる。

 チートキャラの猫耳娘がいなかったら、わたしの異世界生活はここで終わっていたかもしれない。


「侵入者にしては緊張感の無い出立ちだな」

「見た目で判断すると痛い目に合いますよ?」

「あっ?」


 ……、こっわ。

 ヤンキーじゃん。

 わたしの地元にも、こんなの沢山いたよ。


「ここには交渉をしに来ました。正規のルートでは入国出来そうもありませんでしたので」

「交渉? お嬢ちゃんが?」

「いいえ、こちらにおられる方がです」


 よし、リルに頼ってばかりいられないぞ。

 ここからはわたしの仕事だ。


「はい。ある提案があってバトリアに来ました」

「……、下らない話なら命は無いと思えよ」


 バトリアでしか出来ない産業や名産を作り上げ、奪うだけの存在ではなく、交渉するに値する価値のある国になればいい。

 これがわたしの提案だった。


「始めに一つ言っておきます。わたしはこの世界の住人ではありません」


 天幕内がざわついた。

 親玉もさすがに驚きを隠せていない。


「異世界人か」

「そんなわたしがここで最初に感じたのは食文化の遅れです」

「食文化?」

「はい。これは恐らくこの世界に共通して言えること。なのでそれをバトリアの武器にすればいいと思ったのです」


 三羽烏に聞いた話だと、コルンでの屋台村や奥様が使った店舗の評判はグラモアにも伝わっているという。

 元々、冒険者ギルドが栄えていたコルンにはバトリアから出稼ぎに来ている冒険者も多いらしく、口コミで広がっていったわけだ。


 これはこの世界で、食の可能性の大きさを表しているのに他ならない。


 そしてわたしがコルン作った料理は、あくまで限定的なもの。

 手に入れやすい食材で、手に入れやすい調味料を使い、仕込みにも手間がかからず、調理にも苦労しない。

 そんな条件でレセプションをやり遂げた。

 そういった料理でもグラモアの民衆に受け入れられたのだ。


 それを踏まえた上で。

 バトリアでは一つ上の、バトリアでしか手に入らない食材や珍味を作ることが出来れば。

 それは交渉の大きな武器になるはずだ。


 食に興味を持ち始めても、いつかは必ず飽きが来る。

 そうなれば次に求められるのは新たな味。

 それをバトリアで作ればいい。

 グラモアにとっても無くてはならない物を。


 少なくとも血を流すことのない平和的な方法だと思う。


 問題があるとすれば——。

 わたしが聖都の民衆を魅了することの出来る料理が作れるか。

 そしてグラモアのお偉いさん達がその食材を気に入るか、だ。


「話が見えてこねえし、いいビジョンも浮かばねえ。よって話にならねえな」

「かもしれません。なのでこの提案には——」


 実際に料理を作って納得させなきゃダメだ。

 

「少し時間が必要なのです。明日の夜までお時間を頂けたら、必ず納得して頂ける物をお見せ出来ます」


 親玉はため息をついて考え込んでいる。

 心象も悪ければ、提案もイマイチか。

 ……、だめかな?

 なんか反応も悪い。


「新しい文化を取り入れるのは怖いですか? そんな小さな事にこだわっているから、いつまでも魔石なんぞに取り憑かれ、コルンに攻め入るなどの愚策しか思いつかなくなるのです」


 親玉はリルの言葉にピクリと眉を動かすと、腰の剣に手をかけ、鯉口を切った。

 リルがそれを分からないはずはない。

 たが、お構いなしに話を続ける。


「これはバトリアが不幸な歴史を辿ることのない最後のチャンス、道標と捉えた方がいいですよ」

「後悔はさせないとお約束します」


 ここまで言ってダメなら、もう諦めるしかない。

 リルとミラが警戒体制を取っているのがその証拠だろう。

 

 さあ、どうなる——。

 

「こうも啖呵を切られると、処罰してお終いじゃあ面白くないな。

それなりの覚悟もありそうだ。……、明日の晩までに俺を納得させろ、話はそれからだ」


「連れてけ」と、親玉が衛兵に指示を出した。

 私たちは再び大男に連れられて牢へと連れ戻された。


「はあ、またあのカビ臭い牢獄ですか?」

「でも最初の関門突破って事で安心しました」

「うん、そうだね。今日はゆっくり休んで明日頑張ろう」


 なんとかしてあの強情そうな親玉を納得させないと。

 今日は寝ないでメニューを考えなくちゃダメそうだ。

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