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とりあえず、今置かれている状況を簡単に説明すると。
低い天井、小さい窓、砂壁に赤土の床。
重厚な鉄格子、申し訳程度のゴザ。
そしてコルンの自警団とはまた違う、それらしい装備を整えた衛兵。
既視感が半端じゃないのは、この世界での犯罪者や捕虜がぶち込まれる場所は大体こういった作りで共通しているからだろう。
まあ……、捕えられて(二回目)牢に入れられたのが現状だ。
「このままだと他国からの、しかも緊張感が高まるコルンからの侵入者という事で、我々は軍法会議にかけられて……」
ミラはピンクの忍び装束に似合わぬ、神妙な面持ちを浮かべながら言葉を詰まらせる。
その様子を見たリルは、ミラに近づくと肩をポンっと叩いた。
「そうですねらそれが新たな国家間の火種となってもおかしくないですよね」
おかしくないですよねって。
爽やかな笑顔でとんでもない発言すんなよ。
「はあ、この短期間で二回もお縄になるとは」
「最悪爆破して脱走でもいいんで、今は大人しくしておきますか」
「……、せめて壁に穴開けるくらいにしとこ?」
なぜわたし達が捕まってしまったのか。
理由は至って簡単だ。
城壁を登った後、わたし達は周辺の偵察から始めることにした。
バトリアはまるで戦時最中のような警戒態勢をとっており、至る所にかがり火が焚かれ、敷地内を巡視をする衛兵もチラホラと散見できた。
町全体をぐるりと囲んだ城壁には一定間隔で見張り台が設置されている。
各所に最低一人は配置されているのが視認できた。
私達は見張りに気づかれないよう、慎重に壁際に身を隠しながら歩を進めた。
そして梯子がかけられた見張り台の近くまで進む事に成功した。
するとどうだろう。
近づいた見張り台から大きなイビキが聞こえてきたのだ。
時々呼吸が止まっているのは、無呼吸症候群なのだろう。
遠目から見た衛兵は外を警戒しているように見えたが、接近して見てみると、椅子に座りながら居眠りをしていたのだ。
警戒体制をとっているとはいえ、全員が緊張感をもってそれに望んでいないのかもしれない。
リルは好機とばかりにハシゴの下を覗く。
するとそこには小さなテントがあった。
「恐らく急場で建てられてた駐屯地ですね。私が先立って様子見してきます」
テントの中からは、話し声や笑い声が聞こえてくる。
これは忍び込んだ場所にも恵まれたと、リルは軽やかに梯子を降りていった。
そして親指を立てるとそのまま下に向け、こちらにサインを送り始めた。
……、わざとじゃないよね。
ウインクしてるし。
ミラはそのハンドサインを見ると、頷きながら「お先にどうぞ」と言わんばかりに笑顔を向けてきた。
先に行こうが、後に行こうが、流石にハシゴくらいなら降りれると思うけど……。
「じゃあ、先に行くね」
「足元暗いのでお気をつけて」
いくらわたしが愚鈍な女とて、ハシゴくらいは降りれますから。
縄をつたう時とは一辺、わたしは調子良くハシゴを降り始めた。
一段、二段、三段と、どれくらい降っただろうか。
「——っ! やばっ!」
「さ、咲様!?」
わたしは見事にハシゴを踏み外した。
運動神経を前世に置いてきてしまったわたしは、掴んだハシゴごと後ろのテントに墜落してしまった。
そして異世界において記念すべき二回目の逮捕となった次第である。
その際らリルが暴れ回るかと思ったが、意外にも大人しく両手を上げて降伏していた。
口角を少し上げ、肩を震わせていたので笑いを堪えるのに必死だったのかもしれない。
ミラも城壁の上で飛び起きた見張りにお縄になっていた。
以上が牢屋に入った経緯と原因である。
はい。
ごめんなさい。
私のせいです。
「だけど怪我がなくて良かったです」
「……ふっ。咲様って運は良さそうですよね。テントがクッションに、はは。ごめんなさい。上手く喋れない、あはは!」
くっ! ここぞとばかり笑いやがって!
いや、笑い飛ばしてくれるのをありがたく思うべきか。
情けない。
「あははははははっ!」
「ゴラァ! 笑ってんじゃねぇぞ、ゴラァ!? お前ら隊長が来たら覚悟しておけっ!」
「……、こほん。ご無事で何よりです」
衛兵、怖っ。
コリンの自警団とは迫力が違うよ。
そんなに怒鳴らんでも。
巻き舌だし、声ガラガラだし。
リルは衛兵の言葉を全く気にしていないようだ。
肝の座り方が一味違う。
それもそうか。
いざとなったら壁の破壊なんてもちろんのこと、町ごと蹂躙して制圧できる実力の持ち主だ。
捕まるなんて事態は、リルにとっては取るに足らない些細な出来事なのだろう。
「幸い怪我はしてませんが、これは怪我の巧妙です」
「物理的な怪我はないけど、いろんな意味で大怪我してるけどね」
「ひとまずそれは置いといて……、その隊長なる人物は、武装集団のトップと同一人物だとは思いませんか?」
同一人物か。
可能性としてはなくはない、のかな?
テロ組織みたいな個人的な集団ならともかく、国に所属する組織であるのならば、いわゆる軍としての役割を果たしていてもおかしくないか。
「こちらからコソコソと出向く羽目が無くなっただけですよ」
「それならいいんだけど……」
「とりあえずご飯食べません?」
リルは不思議鞄からお弁当を三つ取り出した。
小さいちゃぶ台を出して、座布団まで出す始末。
これには衛兵も言葉を失っていた。
「何見てるんですか? これは私たちのお弁当です。あなたはしっかり見張りをしていればいいのです」
別にお弁当欲しくて見てるわけでは無いと思うけど……。
腹が減っては戦は出来ぬか。
ここはリルの図太さを見習うこととしよう。




