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お米は炊き立てが一番。
これは間違い無いんだけど……でも、考えてみればリルにとっては酷な話だ。
ケット・シーって、やっぱり猫と変わらないんだね。
だとしたら炊き立てホカホカのお米を、あの可愛いお口に突っ込むのは拷問に等しいはず。
あの可愛いお口が火傷したら。
あの可愛いお口に無理やりお米を。
……やべぇ。
犯罪起こしそう。
「——様」
異世界に来てからなんだかおかしい。
おっといけねえ、よだれが。
「——咲様」
異世界くんだりまで来てお縄になったら笑えない。
少し自重しなくては。
「佐々木咲様!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「ごめんなさい?」
「……いや。なんでも」
「佐々木咲様。不躾なお願いとは百も承知でございます」
「ん? どうしたの」
「そちらの米を私達にも分けては頂けないでしょうか」
「もちろん。構わない……んだけど。ちょっと待ってね」
折角ならおかずもあった方がいいよね。
お米を食べ慣れた人達ならば、普通のお米と異世界米の味の違いを楽しめる。
味はもちろん、風味とか匂いとかも。
だけどこの人達はお米自体が初めて。
うん……絶対おかずもあったほうがいい。
「もちろん。むしろ食べてもらいたいんだけど……その代わりに食材を少しだけ分けてくれないかな?」
「食材をですか?」
「そ、食材。お米はおかずと食べるのが一番だからね」
「あの……咲様。ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの?」
「そういう事でしたら」と、リルはカバンを探り始めた。
そして鞄から次々と食材を取り出した。
あっという間に食材が台所に所狭しと並んでいく。
明らかにカバンの大きさと、量が釣り合っていない。
異世界特有の不思議道具、それとも『スキル』?
随分と便利なものがあるものだ。
「はえー。どうなってるの、それ」
落ち着いたら、ゆっくり説明してもらおう。
鞄に限らず、色々なことを。
この世界は理解が出来ないことが多すぎるよ。
分かっているのは美少年がいる事。
猫耳の美少女料理人がいる事。
モンゴリアンワームの砂肝の味。
たったこれだけなんだから。(正確に言えば激臭な気付け薬もか)
偏った情報ということは、ひとまず置いておこう。
「今現在、ご用意できるのはこれくらいです」
「これだけあれば十分だよ」
十分なのだが……見たことないのが大半を占めている。
一体、これで何を作れというのか。
「説明しますね。これは——」
わたしが呆気に取られていると、リルは取り出した食材を丁寧懇切に説明してくれた。
河童の尻子玉。
喘ぎ声を発する足の生えた人参。
まだ少し動いている巨大な内臓。
青い玉子に、宙を漂う魚。
こちらを見つめてやまない何かの目玉。
まだまだ沢山あったが、説明を受けた所でよく分からないものばかりだった。
食欲出るのか、これ?
随分と癖のあるラインナップだ。
しかし……臓物は動いてるのがデフォなの?
ニンジンは網タイツ履いてるし。
あとその声やめろ、誰か猿ぐつわもってこい。
一番マシなのは……玉子なのかな。
「えーと、玉子を使わせてもらおうかな」
「私は!? 私を食べてよ!」
「だ、黙れ! 人参が色っぽい声出すんじゃねえ!」
派手なタイツを身に纏いおって。
それに、なんで目玉は視線をそらさないの?
や、やめっ、やめろ!
魚が襟足に絡まってくる!
わたしの頭髪は巣じゃねぇぞ!
「食材に愛されるのは料理人の才能。流石です」
愛されてこれなら、嫌われたらどうなるんだ。
「ねえ、調味料はあるかな?」
「もちろん。こちらにありますよ」
リルが指差す棚には、様々な調味料が所狭しと置いてあった。
「塩に、胡椒。お酒もある。あ、これってもしかして」
「お醤油です」
「なんで調味料はちゃんとあるの!?」
「醤油は絞るんですよ」
醤油を絞る。
聞いた事ない文言出てきたな。
何から醤油を絞るのだろうか。
怖いから聞かないでおくとしよう。
「じゃあ今から『目玉焼き』を作るよ!」
「どうぞ目玉です」
「……ごめん。その目玉じゃない」
「では何を?」
「これだよ。この玉子を使うんだ」
「玉子ですか」と、リルは玉子を見つめている。
この感じだと玉子料理が無い感じ?
まじで?
そんな事ある?
「殻を割って熱したフライパンに落とすだけだよ」
「玉子を割るなんて恐ろしいですね」
「そんなことないでしょ」
「温めれば雛が生まれるのに……その前に割って食べるなんて残酷です」
「……」
「しかも、更にそれを焼くなんて……」
目玉焼きと聞いて、迷わず動いている目玉を渡して来たのに……。
「雛が孵る玉子と、そうじゃない玉子があるからさ」
「そうですが……勉強になります」
気にしてたらキリがない。
もう作っちゃおう。
味付けは……やっぱり醤油かな。
異世界でも馴染みがある味っぽいし、これなら大丈夫でしょ。
「よし焼けた。半熟玉子の目玉焼き! これをご飯に乗せて、醤油をひと回しっと」
「おおー! これはうまそうですな」
給料日前に幾度となく救ってくれた目玉焼きご飯。
異世界で披露する事になるとは思いもしなかった。
最近玉子も値上がりしたし、中々手を出しづらくなってしまった。
物価高に消費税。
くそっ、何でもかんでも税金、増税、値上がり!
なんなの!?
独り身のわたしからどれだけ搾り取ればいいのよ!
「……召し上がれ」
(咲様、急に元気なくなっちゃった)
「リルも食べて、食べ——」
「あ、ごめんなさい。わたし猫舌なんで」
リルは髪を揺らしながら踵を返した。
美しくなびく髪からキラキラとしたエフェクトが出現している。
きっとこれも異世界効果なのだろう。
そしてそのまま足早に台所の隅に走り込むと、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
「ギリッ。ギリギリ」
(リル……、ハンカチ噛んでる)
その姿を見て「この世界にチュー○があればいいのに」と願わずにいられないのは、きっとわたしだけではない筈だ。