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「うんまっ! 何これ? とても美味しい。これお米なの? 美味しいね。脂の味がお米に染み込んで……、すっごい。最高だよ!」


 うん、絶対アディルはギルマスの息子だ。

 残念な語彙力が、残念なまでに遺伝してる。


 アディルは相当お腹が減っていたのか、がっつき加減が半端じゃなかった。


 美味しそうに食べて頂いて何よりです。


「ときに……、咲さん。これの隠し味は何かしら?」

「何かしらって。え、何。その喋り方」


 リルはリルで、ご飯を食べる度にキャラが崩壊するのは、もはや恒例行事になっているようだ。


 急にそんな事言われてもなあ。

 隠し味っていうほどの物は実際入れてないんだよね。


「はっ! 私、気づいてしまいました」とリルはマヨネーズを取り出し、生姜焼きの上に豪快に乗せ始めた。


 そして、これまた豪快にマヨネーズごと生姜焼きを口へと運ぶ。

 まるでリスのように口の中にご飯を頬張ると、恍惚の表情を浮かべた。


 ……、リル。貴女も気づいてしまったのね。

 その罪な組み合わせに。

 だけどそれは乙女にとっては重罪とも言える組み合わせなの。

 そう、脂肪と糖は……、太るのよ。

 カロリーという名の暴力に知らず知らずのうちに毒されているのよ。


 ん? 

 リル、もしかして少し太った?


「やはり私の目に狂いは無かった。これは世紀の大発見です! ほら、アディルもやってみてください!」

「ああっ! 師匠! なんでそんな謎の物体を、むごごご」

「黙って食うよろし!」


 リルは片言になるとアディルの頭と顎を掴むと、無理やりに咀嚼をさせ始めた。

 どこかで一度見た光景だ。

 ガチガチと響き渡るその音は、食卓に似つかない悍ましい音だった。


 しかしそんな状態になりながら、アディルもまた恍惚の表情を浮かべていた。

 歯をガチガチと鳴らし、顔は残像が残るほどヘッドバンキングさせられているのに、なんがかとても幸せそうだ。


「う、美味い。流石です、流石はお師匠様です!」


 アディルは涙を流しながら、リルに握手を求めた。

 リルは鼻の下を指で擦りながら、照れ臭そうにそれに応じた。


「へへ、だから言ったべ?」


 仲良いな、こいつら。

 キリがないので、ほっといてわたしも食べるとしよう。


「あ、そうそう。咲様、朗報がありますよ」

「朗報?」

「はい、コルンと隣国で小競り合いが始まりそうです」

「小競り合い……、ええ!? それって朗報なの?」


 そうか。

 確かコルンって、国境付近の町で広大な森が防衛線になっているって言ってたもんね。


 アディルの表情は曇っている。

 そりゃあそうだろう。

 自分の生まれ故郷が戦場に変わるかも知れないんだから。

 

 なのでそれは朗報ってより、警報に近いのでは……。

 

「コルンの領主は増援を求めましたが、国はそれを拒否しました」

「な、なんで。一大事じゃないの?」

「国は有事に備えて、既に莫大な資金をコリンに投資していましたからね」


 こっちだけででなんとかするのが筋って事か。

 どれだけ国はコルンに防衛費を出しているのだろう。

 一見すると、のどかな雰囲気のコルンに、それだけの設備があるとも思えない。


 私が知らないだけで、防衛に関して相当力を入れてるってことなのかな。


「それならばと、心配性な領主は新たに民兵を募集するようです」

「咲は腕に覚えはあるのか?」


 あるように思えるのだろうか?

 だとしたらアディスの目は相当な節穴だ。


「そこで、咲様の出番ですよ」とリルは胸を張る。

 

 だから……、なんで?

 そこで私の出番はおかしいじゃんよ。


 自慢じゃないけど、本当に運動神経の悪いとの自覚は持っている。

 そっち系でけなされたり、笑われた経験はあっても、褒められたなんて記憶は一切ございません。


 一体何を期待しているのだろうか。

 あれか? 

 わたしが異世界転生っぽく、チートな能力で敵をバッタバッタと薙ぎ倒すところでも想像しているのか。


 だとしたらリルの目も節穴すぎて、穴の向こう側にお花畑が見えちゃうよ?


「私が咲様に教えたのは魔力の制御。次に習得するのは調整です」

「師匠に聞いたぜ。咲って、すっげえスキル持ってるんだろ?」

「今回の防衛戦には、ミラと三羽烏も参戦予定です。咲様のスキルでこの四人を超絶強化して、攻め入る敵の骨も残らないほどに殲滅しましょう」


 相変わらず戦闘の事になると、リルの台詞が物騒で困る。

 最近はナリを潜めているけど、多分この子戦うの大好きでしょ。


 それにしても、ミラまでも?

 あんなに年端も行かない子までも戦地に駆り出されるなんて。


 あと、なに? 三羽烏って……。

 誰だっけ?


「ごめん、ミラはもちろん分かるんだけど」

「三羽烏はファルコン達ですよ」

「ファルコン、イーグル、ホークの三人だぜ!」


 褌召喚士達のことか。

 烏なのに、隼と鷹と鷲っておかしいだろ。

 本気でその名前つけたのかな。

 ふざけてるわけじゃ無いよね?


 とりあえず、隼と鷹と鷲に謝った方がいいと思う。

 無駄にいい名前すぎるんだよな。


「勿論、私も僭越ながら参戦する予定でございます。蟻の一匹逃さぬよう戦う所存でございますよ」

「師匠、かっけえぜ!」


 リルはテレテレしながら、再びアディスと握手をした。


「そこまでしなくても」


 こういう所がわたしの生まれた世界と違うんだなと、今更ながら異世界が少しだけ怖く感じてしまった。

 決して全部が全部そうではないとは思う。

 だけど命が軽く扱われる感じが、わたしにはとても重く感じる。


「それさ……、何とか話し合いで済まないのかな」

「咲様は争いたく無いと?」


 リルはいつものおふざけモードではなく、真剣にわたしの顔を真っ直ぐ見つめた。


 領主との繋がりを持つには、民兵として戦いに参加し、功績を上げるのが一番な近道なのかも知れない。

 だけど、誰かの命を犠牲にしたり、怪我をさせるまでのことなのだろうか。

 

 わたしのやりたい事はご飯で皆を笑顔にすること。

 これじゃあ、やってる事がまるで正反対だ。


「リル。ごめんね、あのね——」

「では、違う方法を考えますか」

「うん、そうなの。わたしね……、え?」

「ですから、やめにしましょう」


 リルは、席に座ると生姜焼きを再び食べ始めた。

 アディスもリルの予想外の返答に少し戸惑っている。


「無駄な血が流れずに済むに越した事はありませんですし。何より咲様の悲しい顔を見ていると、ご飯の味もボヤけるというものです」

「……、リル」


 この子は本当に人の心を読むのが上手で困る。

 言葉にするのが難しい事を、いとも簡単に汲み取ってくれるリルの心遣いが、わたしの涙腺を少しだけ刺激してしまうからだ。


 わたしの顔にそんな心情が、ご丁寧に一語一句書いてあるわけでは無いので、これは一種の超能力みたいなものに違いない。


「なので、ミラと三羽烏をここに呼び出して作戦を練り直しましょう。そこでアディルにはコリンに戻ってもらい、彼等をここに連れてきてもらうとしますか」

「なんで俺だけなんですか? 一緒に行きましょうよ」

「ギルマスに謝る姿を私達に見せたいなら、それでも構いませんが?」


 アディスはギクリとして、少し間を開けると「喜んで行ってきます」と答えた。


 こいつ、完全に約束忘れてたな。

 

「あと、咲様」

「ん?」

「私、太ってませんからね。現状維持ですから」


 リルはそう言うと、残りの生姜焼きを全部綺麗に平らげた。



 これは本当に困った。

 どうやらリルに隠し事をすることは難しそうだ。

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