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さて、さて。
何を作ろうかなぁ。
「魔力のコントロールはもう大丈夫なのですか?」
「うん、おかげさまで。だからメラミーも安心してね」
「前回は暴走寸前でしたので助かります」
危な。
最近魔力のこと頭にもなかったけど、改めて気をつけないと。
「何を作るかお決まりなのですか?」
「生姜焼き……かなぁ?」
わたしの得意料理は茶色い系の料理。
お米に合うおかずや、おつまみが得意である。
母親から教わったレシピもそっち系統が多いので、致し方ないといえばそうなのだが。
「どうせお腹空かせて帰ってくるよね。だったらガッツリ系がいいし、ピッタリかな」
それにしても、この鞄には本当に驚かされる。
中身を視認することは出来ないのだが、思い浮かべた物が簡単に取り出せる。
余談だが、何も考えないで手を突っ込まない方がいいことが判明した。
どんぐりとか、干からびたヒトデとか、いい感じの石が出てきてしまう。
まるで子供みたいだ。
興味があるとなんでも拾ってしまうのだろう。
昆虫系が出てこなかったのは運が良かったね。
なんでもかんでも拾う癖はやめた方がいいと、注意しなきゃだめだな、こりゃ。
「……しかし派手にやってるなあ」
外からは爆発音や破裂音が鳴り響いている。
時々、アディスの叫び声やリルの笑い声も混ざっているような気がしなくも無いが、気にしたら負けだろう。
「じゃあ火起こしお願いね」
「かしこまりました」
「さてと、始めよっかな」
茶色い料理といえば生姜焼き。
わたし的ナンバーワンだ。
異論は認める。
ちなみに二位は唐揚げ。
あくまでも、わたしランキングなので、そこはご了承頂きたい。
ここで問題になるのが肉の厚さだ。
正直これは好みの問題だよなぁ。
豚バラスライスと薄切りの玉ねぎ。
それらを高温で一気に炒め上げるのも美味しいし、厚めに切った豚肉と、くし切りの玉ねぎを使うのも捨て難い。
「どっちも美味しいんだよなぁ……」
あとは生姜焼きのタレだよ。
最後にお米にかけて食べちゃうもん。
更にマヨネーズをかけるという、カロリー一切無視の悪魔的な食し方も捨て難い。
今日の気分は……薄切りかな。
豚のブロック切るのに少し苦戦しそうだど。
まず包丁自体が短いしな。
リルの包丁はわたしからするとペティナイフのようだった。
「ちょっと難しそうだな。諦めて厚切にするか?」
いざ豚肉に刃を入れようと、包丁を構えた時、指輪から聞き覚えのある声がしてきた。
呼んでもいないのに精霊が飛び出してきたのだ。
「何やってるのー?」
……勝手に出てくるのアリなんだね。
「ねえねえ。ねえってばー」
「お肉を切ろうとしてるんだけど、ちょっと難しそうだから悩んでたんだ」
すると「それなら得意だよ」と、まな板を真っ二つにしてしまった。
な、何故まな板を。
せめて他ので試してくれればいいのに……。
「あははははは」
「ちょ、ちょっと!」
精霊は風を巻き起こし、わたしの体を浮かせてみせた。
きっとこの子は風の精霊なのだろう。
アディスのことも同じ要領で浮かせたんだな。
精霊はわたしを地面に優しく降ろすと「このお肉を切ればいいの?」と、今度は豚肉き興味を移した。
気の移り変わりが早い。
メラミーと違って、無邪気で気まぐれって感じだ。
「やってもらえたりする? これくらいの薄さで揃えて欲しいんだけど」
「もちろんだよー」
指先で豚肉の厚さを指定すると、精霊はあっという間に古代豚の塊をスライスした。
しかも一度に一瞬で。
下手な機械より全然早い。
「……すご。ところでさ、まだ君の名前まだ聞いてなかったね」
「ヴェントだよー」
「ありがとう、ヴェント。君もご飯出来たら食べる?」
「ううん。ご主人様の魔力もらってるからいらないよー」
精霊は生姜焼き食べんか。
確かに想像はつかないかも。
それでも綺麗な水とか、木の実なんかは食してそうなイメージはあるけど。
「勝手に魔力取ってたけど、平気だったー?」
取られてるみたいだけど、どうせ無限に湧いてくる。
お手伝いしてくれるならお好きにどうぞって感じだ。
「ねえ、ねえ。魔力いっぱい取っていいからさ。またお手伝いお願いしてもいい?」
「もちろんだよー。フルーメにも言っとくね」
「フルーメ?」
「うん。今は寝てるけどねー」
こんな昼間から寝てるんだ。
本当に自由って感じだな。
もう一人の子と話すのも楽しみになってきた。
ヴェントはその後も、わたしの料理を興味深そうに眺めていた。
しかし飽きっぽいのか、途中からはメラミーと遊び始めてしまった。
そこは同じ精霊同士、気が合うのは当たり前なのかもしれない。
さてと。
わたしは生姜焼きに取り掛かりますか!
「先に調味料合わせちゃおうかな」
わたしは醤油、味醂、酒、砂糖、そこにすりおろした生姜を混ぜるシンプルな味付けが好きだ。
生姜は皮付きのまま擦りおろすと風味が強く出る。
だけど今日は初めて食べる人が多いので、皮を剥いてから擦りおろそっかな。
あとはキャベツの千切り。
ヴェントは……メラミーと遊んでるな。
これくらいは自分でやるか。
キャベツの千切りは水にさらす際、氷水で締めるとシャキシャキ感が増す。
だからといって、浸しすぎるとビタミンが流れ出ちゃうから要注意。
後はトマトもどきをくし切りして。
「よし。付け合わせは、こんなもんかな」
お次は玉ねぎは薄くスライスだ。
鍋をしっかり温めたら、強火でサッと火を通す。
そしたら豚肉を重ならないように一緒に炒めてっと。
火が通り切る前に調味料を加える。
少し煮詰めて、仕上げに針生姜。
よし! かんせーい!
「これはなんて料理なのですか!?」
「うわ、びっくりした。いつのまにか」
いつの間にかリルとアディスが戻って来ていたようだ。
「しかしまた随分と……」
アディスは見事にボロボロだった。
洋服が所々焼け焦げ、ビショビショに濡れていたり、泥まみれになっていた。
「何を教えたらそうなるの?」
「もちろん魔法ですよ。そんなことより、その料理はなんですか?」
アディスの姿が自分と重なるな。
同時に強く感じた。
リルは手加減して教えてくれていたのだろうと。
水を顔面にぶちまけるだけで済ませてくれていたのだから。
「これは生姜焼きだよ。……アディスは、とりあえず着替えてくれば?」
「……うん。そうする」
アディス、がんばれ。
お前の父ちゃん、もっと扱い酷かったぞ。




