30
潮風に流され、煙は徐々に晴れていく。
リルのご主人様なる男の姿は消えて——いなかった。
「…………ゲホッ」
なんで煙玉投げたんだろう……。
く、苦しそうだし。
「コジロウ! 探しましたよっ!」
わあ、リルが怒ってる。
真面目な表情も珍しいや。
「……ごめん」
「嘘ついてまでいなくなるなんて」
「いや、違くてね。あー……うん」
あからさまに怯えている。
主従関係逆じゃん。
膝ってこんなにガタガタするの?
よくそれで立ってられるもんだな。
「咲様、この男はコジロウといいまして、私が探していたご主人様なのです」
和名、だよね?
ファルコンみたいに横文字じゃないんだ。
「初めまして、コジロウさん。佐々木咲です」
「うん。よろしくね」
「おい、挨拶済んだら面貸しな」
「佐々木さん。生きてたらまた話そう。君も召喚されたんだろう?」
「……え?」
ああ、やっぱり同郷なんだ。
そりゃあ料理にも詳しいはずだ。
「無駄口を叩くな」
「はい」
コジロウさんは観念しているのだろう。
拒否することも、抵抗することもなく、大人しく連行されていった。
わたしは祈る事しかできなかった。
リルが上手く手加減をする事を。
せっかくだから聞きたいこと沢山あるし、無事に帰ってきてくれるといいな。
「ま、大丈夫だと願おう。それよりも——」
実は正直なところ、コジロウさんの安否よりも気になる事があるのだ。
それは、この焼け焦げた家。
ではなく、その周りに干してある数々の食材に興味が惹かれるのだ。
よくもまあ、ここまでの量を乱獲したものだ。
違法漁業にならないのかな。
「そうじゃなかったら取り放題ってこと? それはそれですごいな」
あ、イカの一夜干しがある。
鯵の干物にウルメイワシまで。
でもやっぱり海苔だよね。
海苔を手作りするってかなりの手間だよ。
もう職人じゃん。
きっとコジロウさんは、かなりの料理好きなんだろう。
「……あ、あれ!? ここは」
「あ、少年。気がついたみたいだね」
少年の顔は砂だらけになっており、首にはワカメが巻きつき、頭にはクラゲが乗っていた。
「俺……鯨に飲み込まれて、それで——」
こんな有様なのに瞳がキラキラとしている。
いいなぁ。
子供の目って凄く澄んでる。
わたしの目なんて、そこで干してあるウルメイワシみたいな時あるぞ。
「師匠が助けてくれたんだっ!」
「それってもしかしてリルのことかな」
「もちろんだよ! あんなにすげえ魔法、生まれて初めてだ。俺は絶対に弟子入りするんだ」
確かにそれはそう。
あの時のリルは格好良かった。
わたしが男だったらほっとかないよ。
「ねっ! すごかったよね!」
「へえ、あんた話分かるじゃん。俺、アディスってんだ。あんたは?」
「佐々木咲だよ。よろしくね」
意外といい子じゃん。
それにしても弟子入り志願か。
随分とキャラが変わっちゃったね。
だけどリルは嫌がるだろうな。
「咲はリルの弟子なのか?」
「わたし? わたしは——」
友達……のつもりだけど。
リルからすれば少し違うのかな。
でも——。
「友達。うん、リルは友達だよ」
それが一番しっくりくる。
「なあ、ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「なあに?」
「俺って師匠と喧嘩しちゃってただろ」
「はは、そうだね。リルが怒らないか心配だったよ」
「咲から弟子入りの件、お願いしてくれないか?」
「ええ!? ……うーん」
頼む分にはいいけど……。
リルって根に持つタイプだからな。
ギルマスにもそうだったし。
現在進行形でコジロウさんも被害にあってるし。
もしかして男嫌いなのかな?
だとしたらなんて勿体無いなあ。
あんなに可愛いのに。
「お願いするぶんには構わないよ。でも苦戦するんじゃないかな?」
「本当か! ありがてえ。そこは覚悟してるから大丈夫だよ」
意外にもノリノリになるかもしれないしね。
慕われるのが嫌な人なんていないし。
人じゃなくてケット・シーだけど。
「ぐっ! ぐわあああぁぁっ!!」
「あ、この声——」
コジロウさんだよな。
いったい何をされたんだよ。
「この轟音はっ!? もしや、師匠が魔獣を?」
「相当怒ってるな、こりゃ」
「こりゃあ魔獣もひとたまりもないだろうな」
だ、大丈夫かな?
生きてる……よね?