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調理人数の確保。
これの目処立たない内は、作り置きでの対応を考えていた。
少人数で出来立てを提供するのは不可能に近いし、何より食べてくれる人達に迷惑もかけからだ。
しかし頭数が揃った今、会場の皆さんに調理のライブ感を楽しんでもらう為にわたしは茨の道を選択した。
それは作りたてを提供することだ。
はっきり言ってかなりきつい。
トラブルも増えるだろうし、料理自体雑になる可能性もある。
そうなっては元も子もないけど、だけど屋台という特性を活かさない手はない。
お祭やイベント等で、目の前の屋台で調理される光景を眺めると、それだけでワクワクしてくる。
少なくとも私はそうだった。
料理の匂いや飾り付け。
人の食欲を掻き立てるのはそれだけじゃない。
目の前で、自分の為に作ってくれた。
そういう感覚だってとても大切なんだ。
「任せとけ」
「俺達だって伊達に料理を作っちゃいねぇよ」
手伝いを申し出てくれた人達も料理人の端くれ。
かなりの仕事になる旨を伝えると、逆に気合が入ったみたい。
皆快く了承してくれた。
「咲様……嬉しそうですね」
「うん、ありがたいね」
そしてこれは思った以上の効果をもたらせた。
普段口にしない食材を、常識外の方法で、目の前で調理するのは新鮮だったのだろう。
最初は皆様子見をしていたが、次第に立ち込める料理の匂いに誘われて列をなし始めた。
皆が期待しているのが表情で直ぐに分かる。
手伝いを申し出てくれた皆には本当に感謝だね。
注文が入ると威勢のいい返事が返ってくる。
そして直ぐに調理に取り掛かる。
こういうお祭りのライブ感が嫌いな人はいないと思うんだ。
「これがとうもろこし!? こんなにも甘味が強いのか」
「このタレはなんだ? なんて香ばしい」
蒸したとうもろこしは、旨みと甘みをギュッと中に閉じ込める。
茹でてしまうと、水分と共に味が抜けて少しボヤけた味になる。蒸す方が一手間かかる分美味しさを増すのだ。
タレはもちろん出汁醤油。
海鮮系が手に入らなかったので、キノコの石突で出汁を引いたが、これが思った以上に上手くいった。
「これは酒に合うぞ! 飲み過ぎちまう」
「味が濃厚だ。中の余韻が残ったまま酒を流し込む。かぁ、たまらねえ」
世のお父様方を興奮させたのが串焼きだった。
一口サイズでの試食という事で、わたしも大好きな焼き鳥のように手軽に食べられるサイズに仕上げたのが功を奏した。
使用した鳥はもちろん『黒化鳥』。
量が取れるもも肉と胸肉を、タレと塩で提供。
タレの配分は伝えてあるので、継ぎ足しを続けていく事で唯一無二の味になっていくだろう。
手羽は骨と肉を外し、食べやすく下処理したものを素揚げ。
最後に甘辛のタレで仕上げる。
カリッとした食感に鳥の旨み。
美味しくないわけがない。
残念ながら量が限られていたので、こちらはすぐに売り切れた。
隣には酒場の主人も屋台を出店した。
串焼きとの相乗効果により、そちらにもかなり行列が出来ていた。
「おーい! こっちに人手回してくれ!」
「リル! ギルマスの所を手伝ってきてあげて」
「了解です!」
発見したもので一番嬉しかったのが小麦だ。
生い茂る木々を抜けた先に黄金色に輝く小麦畑が広がっていたのだ。
しかも異世界米の様に不思議な小麦。
たわわに実る小麦粒を指先で潰すと中から小麦粉が現れた。
だったら作るしかないだろう。
鉄板で作る屋台の料理。
そう、定番のお好み焼きだ。
一番大きい木の樽に、小麦と玉子を水で溶いたタネを流し込む。
出汁が圧倒的に足りない為仕方がなく諦めたが、それでも良いかもしれないと思った。
様々なアレンジが効きやすいお好み焼き。
これを機に料理に興味を持ってもらえば、皆オリジナルのお好み焼きを作ってくれるはず。
わたしはこれに期待したのだ。
選んだ具材はキャベツ、ネギ、他にも人参などの根菜を薄切りにしたもの等、敢えての野菜のみで。
味気ない出来栄えになりそうだが、その代わりに中濃ソースの自作に時間をかけた。
材料は玉ねぎやニンニク、トマトやリンゴその他諸々。
セロリやローリエ等は発見できなかったので、それに近い味、香りの物を厳選して調合した。
加えて醤油、砂糖、お酢。
リルのご主人が愛飲していたという赤ワインも少し拝借した。
そんなこんなで何度か試作を重ね完成したソース。
今回一番苦労したのは意外にもこのソースだったかも。
その分、恩恵は大きい。
お好み焼きにはソースがないと始まらないからね。
マヨネーズは至って簡単。
玉元を作り、塩とお酢で味を整えていく。
これで完成だ。
「これ、美味しいねえ」
「ふわふわの生地に歯応えのある野菜。何より二種類のタレが堪らなく美味しい」
「火傷しない様に気をつけてね!」
ソースとマヨネーズの組み合わせは、もちろん子供に大人気。
これも狙い通り。
野菜嫌いという子供も嬉しそうに食べていたので、お母さん達も嬉しそうだった。
他にもじゃがバターや、胡瓜の一本漬け、厚切りポテト、そのどれもが満遍なく好評だった。
「嬢ちゃん、咲のやつ一体何者だ? 料理の知識や腕前もだが、仕事の早さが半端じゃねえ」
「革命軍の隊長ですよ?」
「茶化すなよ。だけどこのレセプションはマジで革命だ」
「だから言ってるじゃないですか。これは食の革命です。どうでもいいけど、手動かしてくれません?」
時間など気にする暇もない。
まさに鉄火場状態が続いた。
そして気づいた頃には仕込みのほぼ全てが無くなっていた。
「あれ? ここも売り切れか」
「残念だな」
「もっと食べたかったよ」
そんな声がチラホラと聞こえてくる。
試食用に量をかなり少なくしてたから、食べれる人はまだ食べれるのだろう。
ここが唯一の失敗だ。
もしかしたら試食できない人も、中にはいたかもしれない。
それを考えると申し訳ない気持ちになる。
「咲ちゃん、大成功ですね。料理もすごく美味しかった」
「びっくりしました。どれもが素晴らしいです」
「ありがとうございます。二人がこのレセプションの土台を築いてくれたおかげです」
奥様とミラはは顔を見合わせ、笑顔でハイタッチをした。
ミラがメイド服なのはそっとしておいてあげよう。
周りの青年がミラをジロジロと見ているのは……そういうことなんだろう。
「後は閉会のご挨拶ですね。もう緊張しないで出来そうですか?」
「お恥ずかしいところを。だけど、もう吹っ切れましたので安心してください」
「閉会の鐘を鳴らしてきます」と、ミラが駆け出す。
その後ろ姿は紛うことなき麗しき少女の姿であった。
もしかして本人気に入ってある説まであるか?
「ミラ! 待って!」
「は、はい! 如何致しましたか?」
「最後に一品用意してるんだ」
この料理を食べてもらうのは、このレセプションを支えてくれたリル、ミラ、奥様とギルマス。
そして屋台を手伝ってくれた料理人の皆だ。
「奥様。少しだけいいですか?」
「もちろん。どうしましたか?」
「奥様は礎と仰ってました。なので、わたしなりに考えてきたものがあるんです」
「嬉しい……覚えててくれたのですね」
「終了の鐘を鳴らしてもらって構わないです。だけど、このレセプションに関わった皆を、最後に壇上へと上げてもらいたいのです」
そこで皆に認めてもらうんだ。
『佐々木流ブルスケッタ』をッ!!
……料理名だけは後で変更してもらおっかな。
薄々気づいてはいたのだが。
どうもネーミングセンスは壊滅しているみたいだ。




