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なぜなのだろうか。
なぜ完徹後の太陽光は、こうも高い殺傷能力を誇るのだろう。
あ、鳩の声がする。
鳩が朝鳴くのはこっちも同じなんだね。
やばい。
結局寝れなかった。
寝なくちゃと考えれば考えるほど眠れない。
今日の事を考えれば考えるほどプレッシャーを感じる。
失敗したらどうしよう。
くっ、胃が。
今更知った。
わたし緊張しいだったんだ。
「失礼しますよ。あ、おはようございます。身なりまで完璧に整えているなんて気合が入ってますね」
「おはよう。リルも似合ってるじゃん」
「咲様には敵いませんよ」
リルも支度を完璧に済ませていた。
だけど、いつもの、普段通りのリル。
私はノミの心臓だ。
リルの強心臓が羨ましい。
「先程お髭さんから連絡がありまして」
「ギルマスから? なんだって?」
「屋台の皆さんが調理のお手伝いをしてくれるとの事らしいです」
「ほんとうに!? それはありがたいよ!」
それは本当に助かるし、すっごく心強いよ。
提供予定の料理は全部仕込み済み。
難しい手順を踏まなくても作れるものばかり。
説明すれば簡単に完成まで持っていけるものばかり。
当たり前だが、料理は時間に追われると雑になり易い。
人数が少ないと盛り付けにも関わってくるし、何よりミスがあった時のリカバリーが遅くなる。
そうなると最悪だ。
楽しみに料理を待ってくれている気持ちが一転、不安や不信感にへと裏返る。
空腹時の心理状態は、いとも容易く波打って揺らぐ。
そしてそれがクレームへと繋がってしまうのだ。
料理担当はわたしとリル。
あとはギルマスの知り合いを三人ほど手配してもらう予定だった。
正直ギリギリのラインだったけどこれで余裕が出る。
「当初はお手並み拝見って感じだったらしいですよ。だけど」
「だけど?」
「盛り上がっている町の皆を見ていたら、居ても立っても居られなくなったそうです」
町の皆が料理を楽しみにしてるんだもんね。
料理人なら腕を奮いたくなるのは当然だよね。
「リルはもう出れるよね?」
「もちろんです。もう鞄に全部しまい……これは何ですか?」
「ふふ、これも入れてもらっていい?」
「なるほど。見てのお楽しみって事ですか。いいでしょう、受けて立ちますよ!」
「なんで受けて立つの?」
いよいよレセプションが始まる。
リルと話してたら、不安も緊張も吹っ飛んじゃった。
逆にワクワクしてるくらい!
よーし、やるぞー!
◇
…………。
(これは……予想以上でしたね)
(……うん)
せいぜい、多くても二百人位集まればいい方だと思ってた。
だけどこれ人集まり過ぎじゃない!?
「おい、挨拶」と、ギルマスが肘で突いてくる。
蝶ネクタイに燕尾服のギルマスは、どっからどう見ても怪しい三流マジシャンだった。
これがギルマス一張羅だとするのなら、きっと奥様がふざけたに違いない。
(お髭さんの口髭がクルクルしてるのが気になります)
(……うん)
「おい、挨拶!」
そうは言われましても、これは予想外過ぎですよ。
町の人全員集まってるんじゃないの?
冗談抜きに仕込みが足りないかもしれない。
レセプション開始三十分前には、広場は既に人で溢れかえっていた事は分かっていた。
それだけでも良く集まったと感心していたのに。
今となっては見渡す限りの人、人、人。
頭が大量に並び過ぎて、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。
これ本当に人の頭だよね?
半分くらいかぼちゃなんじゃないの!?
「皆少し待ってくれ。緊張してるみたいなんだ」
「咲様? 大丈夫ですか?」
やば。手が震えてきちゃった。
心臓が口から出ちゃいそう。
声が……出ない。
わたしは情けなくも完全に萎縮し、声が出なくなってしまった。
こんな大勢の人達に注目されるのは初めてだった。
もう駄目だと頭が真っ白になった次の瞬間だった。
「野郎共、準備はできてるか!」と、怒鳴り声にも似た大声が広場に轟いた。
一気に群衆がざわつき始める。
「嬢ちゃん!?」
「リル!?」
慌てるわたしなんかお構いなしに、リルは片足を舞台のヘリに乗せ、髪をかき上げた。
美しくなびく髪からは、キラキラのエフェクトが出現する。
そして間髪入れずに——。
「今日ここに居合わせた幸運は孫の代まで自慢できますよ。今日食す料理はいずれこの世に革命を起こします!」
などと、大見得を切ってみせた。
静まり返る広場からパチパチと拍手が聞こえてきた。
奥様とミラだ。
二人は笑顔で手を叩いている。
「何を隠そう、こちらにおられる方が本日のメインシェフ! さあ今から聞く名を頭に叩き込むのです!」
リルさん?
あの……なんでハードル上げちゃうの?
(さあ、会場は温めましたよ。後はお任せします)
やめろ、ウインクすんな。
それにしてもメンタルどうなってんだ?
ああ、もう。
一人でウジウジしてるのが馬鹿みたいじゃん!
どうにでもなれ!
腹くくれって喋っちゃえ!
「佐々木咲です! 革命を起こす料理をご用意しました! 絶対、皆に美味しいって言わせてみせます!」
「はい! 拍手!」
「それでは調理開始をします! みなさま最後までお楽しみ下さい!」
わたしが勢い良く頭を下げると、静寂はまばらな拍手に変わり、そしてそれは徐々に波紋を広げ大きくなっていった。
「いい挨拶でしたね。革命宣言までなさるとはお見それしました。これを足がかりに全国制覇していきましょう」
「大袈裟だよ。リルに乗せられちゃった」
「立ちはだかる敵は私が物理的に排除します。咲様は羽虫を気にせず覇道をお進み下さい」
お前は武士か。
一体何に影響受けたんだ。
「いい挨拶だったぜ? 嬢ちゃんにケツ叩かれちまったな」
「お髭さん。下品なのは髭だけにしてもらえます?」
ギルマスの言う通りだ。
またリルに助けられた。
情けないったらありゃしない。
でも、ここからは私の番だ!