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 あっという間に五日が過ぎた。

 今日でサバイバル生活が終わりを迎える予定だ。

 食材の準備は、リルのお手伝いのおかげで無事に完了することが出来た。


 屋台向きで入手しやすく、尚且つ扱いやすい。

 そんな食材を厳選して集めたつもりだ。

 あとは町に戻って試作の最終確認をするだけ。


 本来ならば、これに加え地獄の特訓があったかもしれないと思うと背筋がゾッとする。

 かもれしない、というのも意外や意外。

 わたしは最大の鬼門であった魔力の制御を、なんとか形にする事が出来たのだ。


 出来ていた、というのが正解かな?

 

 野生動物や小型の魔物は魔力にとても敏感で、魔力だだ漏れのわたしは獲物に逃げられる日々が続いていた。

 結果、気づかれないように必死に身を隠してたら、いつの間にか魔力を制御出来るようになっていたのだ。

 

 リルは「冷水をぶっかける方法は全く意味がありませんでしたね」と笑っていた。

 自然の中に身を置く事で魔力の操作ができるようになるなんて。

 これは思いがけぬ幸運だった。


 同時に、異世界の厳しい現実も思わぬ形で味わった。


 三メートルはあろうかと思われる『双頭蛇(そうとうじゃ)』なる魔物が突然出現したのだ。


 これには身体が固まった。

 異世界で初めて遭遇した殺意を持つ魔物は、とても恐ろしく、いとも簡単に死を連想させるものだった。


 しかしリルは即座に双頭蛇に対峙すると、動けないわたしを尻目に速攻を仕掛ける。

 そして戦いは一瞬で終わりを迎えた。


 リルは掌から稲光を放つ黒弾を射出した。

 それは周りの木を薙ぎ倒しながら双頭蛇に着弾すると、金切音を発し、地面を抉るように高速回転を始める。

 そしてあっという間に蛇の姿を消滅させたのだ。


 呆気に取られていると、リルは「蛇、大っ嫌いなのでちょっと本気出しました」と眉をひそめた。


 蛇嫌い。

 やはり猫成分が多いのだろう。

 しかしすごすぎんか?

 さすがは特異点だ。


 リルが味方で良かったと強く思った。

 間違っても闇堕ちだけは勘弁してもらいたい。

 こんな凶悪な美少女に襲われたらひとたまりもないだろう。

 思春期の拗らせで世界を蹂躙しない事を切に願う。


 そんなこんなで、つくづくリルの存在のありがたさを感じるサバイバル生活は無事に終わりを告げたのだった。


◇◇◇


「見てください! とても賑わってますよ」

「本当だ!」


 大通りにある広場には会場が設置されており、その中心には一際目立つ大きな舞台が設けられていた。

 ギルマスの報告から想像はしていたのだが、やはり聞くのと見るのじゃ大違いだ。


 ミラの宣伝活動、奥様が諸々の手続き、そしてギルマスの気合の入った総指揮。

 ここまでの準備は完璧に進んでいる。

 ギルマスの報告通り、いや報告以上に間違いないものだった。


「ちょっと緊張してきたね」

「ふふ、私は楽しみですよ」


 会場を眺めていると、舞台袖に一瞬ミラの姿が見えた。

 しかしミラはこちらに気づくとすぐに姿を隠してしまった。


「今の……ミラだったよね?」

「咲様つかぬ事をお伺いしますが、ミラは男性といった認識で間違いはないですか? もし違っていたなら、私は謝らなければいけません」

「間違えてないと思うよ。とても可愛い男の子の認識で間違いない。だけど——」


 リルがそう思うのも無理はない。

 なんでミラはメイド服着ていたのだろうか。


 まあ、細かいことは言うまい。

 趣味嗜好や価値観は人それぞれ。

 百人いたら百人違う思考があるものだ。

 そこになんの文句もへったくれもないのだけど。

 だけれども、それにしても。


「似合いすぎだろ」

「可愛かったですね」


 頬を染めて恥ずかしがる姿も、スカートを翻す姿も、その振る舞い全てが可愛いすぎる。


 ふと思い出す。

 あんなに可愛い男の子に「口臭い」と言われた事を。

 この事実は一生わたしの心を蝕むだろう。


「これは真相を確かめる必要がありますね」リルはそう言い残し、舞台袖へと走って行った。


「あ、ちょっと。リル!」


 行っちゃったよ。

 食材の下拵えをしたかったのにな。


 でも休み無しで頑張ってくれてたんだ。

 仕込みも十分間に合うし、今日は休憩ってことでいいかも。

 正直な所、わたしも少し疲れが溜まってたし。


 客席に腰掛けてリルを待っている間、ますます緊張感が高まるのを感じた。

 ここまで皆にやってもらって、もし失敗したらどうしようと、ひよってきたのだ。

 もしかしたらこれは緊張なんかではなく、期待を裏切れないという恐怖なのかもしれない。


「はあ、上手くいくかなあ」

「本番はこれからだぜ?」

「ギルマス!? びっくりした」

「会場にも驚いたろ? 思った以上に規模がデカくなっちまった。でも、お前さんの料理をお披露目するには、これくらいがちょうどいいかもな」


「メニューは決まったのか?」と、ギルマスは隣に腰掛けた。

 脇には何やら大きな紙袋を抱えていた。


「はい。そこは完璧です」 

「後で品名と、お前さんの店の名前教えてくれ。看板出さなきゃいけねえからな」

「……店の名前?」

「何ポカンとしてんだ。当たり前だろ」


 考えてもいなかった!

 店の名前!?


「せめて明日までには頼むぜ?」ギルマスは勢いよく紙袋押し付けてきた。

 

「うわっと。なんですかこれ?」

「お前さんと嬢ちゃんの勝負服だ」

 

 袋の中を覗くと、そこには真新しい黒の襟付きシャツとエプロンが入っていた。


「これって、マスターが?」

「ほとんど母ちゃんとミラが決めたんだけどな」

「嬉しいです! ありがとうございます!」

「頑張れよ。おっと、もうこんな時間か。ギルドに顔出してくるわ」


 ギルマスは照れくさそうに笑いながらギルドへと歩いて行った。

 良い人だな。

 リルにはもう少し優しくするように促そう。


「柄にもなく照れてましたね」

「リル!? ちょっとびっくりさせな——」


 リルの姿を見てまたもや驚いた。

 振り向くと、リルがメイド服を身に纏い真顔で佇んでいたのだ。

 まつ毛まで真っ白なミラには、真っ黒なメイド服が目を奪われるほどに似合っていた。

 黙ってれば本当に綺麗だな、この子。

 

「すっごく可愛いけど、その表情はどうしたの」

「奥様からの勧めでやむを得ずに、この有様です」

「はるほどね、合点がいったよ。じゃあミラもだね」

「酷いです。半ば強引に身ぐるみを剥がされ、あれよあれよと淫らな姿を晒してしまいました」

 

 リルは目を細め遠くを眺めている。


「はは、それは災難だったね」

「災難というより災害です。あの人は」


 まあ、でも。うん。

 奥様の気持ちは分からんでもない。


 可愛い子には可愛い服を着せたくなるのは、世のならわしなのだから。

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