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どうやらここは間違いなく異世界らしい。
決して夢や幻ではない。
そう確信させたのは、目の前に座ってこちらを心配そうに見ている男の子の姿だった。
薄い青色をした綺麗な瞳、尖った耳に端正な顔立ち。
こんな美少年は現実世界ではお目にかかる事はない。
ああ、これがショタの気持ちなの?
少年を愛でる気持ちとはこういうものなのね。
なんか目覚めちゃいそう。
目が覚めてすぐに目覚めるなんて。
「だ、大丈夫ですか?」
「目が虚ですな。これはいかん」
「急いでこの薬を飲ませるんだ」
な、何? 初対面の女子の顎を掴むだと!?
く、くさ! やめて! 臭い!
うご。うごごごご。あばばば。
「な、何すんだ! このやろう!」
「いかん錯乱している。暴れ出したら敵わん。取り押さえろ!」
「暴れさせたくないんだったら、そのクソ不味い液体飲ますのやめやがれ!」
なんなんだよ。
とんだ目にあったわ。
え? ……まず。
わたし何飲まされたの?
怖いんですけど。
「錯乱してないから一旦落ち着いてほしいかな」
「む。どうやら効き目が出てきたようだな」
「……、その臭いのを顔の前からどけてもらえると助かるんだけど」
男達は顔を見合わさると、異臭放つ劇物を遠ざけた。
すると、心配そうに美少年がこちらを覗き込んできた。
「頭は痛みませんか? ごめんなさい。僕が貴女の蹴りを顔面で受けていれば」
「君の顔面に蹴りが入っていたら、わたしは後悔の念に押し潰される所だったよ。気にしないで」
「申し遅れました。僕の名前はミラと申します」
「佐々木咲だよ。よろしくね、ミラ」
はにかむ美少年はとても儚げで、わたしの心を鷲掴みした。
それにしても可愛い顔してる。
しっかり顔を見せてくれないかな。
「ねえ。そのフード取ってみてくれない?」
「いいですよ。あ、だめだ。口臭い」
ミラは鼻をつまみながら部屋の扉まで一足飛びした。
マントを翻し、音もなく着地するミラはどこか高貴ささえ漂わせていた。
くそが。蹴り入れとけば良かったわ。
「あんた達が無理やり飲ませた物体が臭いんだよ! わたしの口は臭くないんだよ!」
「分かってます、分かってます。気付け薬は臭いですよね」
「扉開けて換気してんじゃねえ! おいジジイ何窓開けてんだ!」
猫に味醂干し取られるし、間違えて異世界に呼ばれるし、挙げ句の果てには得体の知れないもん口に流し込まれるなんて。
全く、とんだ災難続きだわ。
「あ、あの」
「……、なに?」
「良かったらお食事をご用意致しましたので」
む。食事、か。
猫の一件があったから、お腹は減っている。
イライラしてても仕方ないし、折角だからお言葉に甘えてみるのもいいかもしれない。
「えっと……、いいの?」
「もちろんですっ! もうすぐこちらに届くと思います」
でも異世界の料理か。
どんなのが出てくるんだろう。
わたし骨付き肉食べたいな。
あと木で出来たビア樽に、なみなみとビールを注いでほしい。
もう発泡酒は嫌なのよ。
そのまま口の臭いと戦いながら待っていると、コンコンとドアを叩く音がした。
「きましたね。どうぞ」
「お待たせ致しました」入ってきたのはコック棒を被った猫耳の少女だった。
わたしの味醂干しを奪った憎きドラ猫と全然違う。
真っ白な猫耳のとても可愛らしい女の子。
緑の差し色が入ったエプロンをつけて、トコトコとこちらに近づいてくる。
こんなに可愛い子が私の為に手料理を?
手料理なんていつぶりだろう。
食べる人を思って料理を作る気持ちというのは、きっと異世界といえど共通だよね。
食べてくれた人が笑顔で「美味しい」と言ってくれると、こっちも思わず笑顔が溢れる。
ニコニコしながら食べるご飯はとても美味しいし、とても幸せな気分になるものだ。
とりあえず、劇物を無理やり飲まされた事は一旦忘れよう。
今はこの子の手料理をありがたく頂くことにしよ——。
「……、動いてるね」
「こちらモンゴリアンワームの砂肝です」
「え? なんて?」
「ですから、モンゴリアンワームの砂肝です」
「ああ、そう」
モンゴリアンワーム?
ゴビ砂漠周辺に生息されると言われる未確認生物?
別名・オルゴイホルホイの事?
モンゴリアン・デス・ワームって食べれるの?
そもそもミミズに砂肝ってあるの?
子猫ちゃん?
もしかしてその緑の差し色ってコイツの返り血なの?
「畳裂き様。遠慮せずお召し上がりください」
「佐々木咲ね。畳は裂かないから」
「は、失礼致しました」
それにしてもコレを食べろと?
激臭の液体の次は、ミミズの砂肝かあ。
さすが異世界、斜めに想像を超えてくるな。
だがっ!
舐めるなよ! わたしをっ!!
わたしは人が(人じゃないけど)作った料理は(料理に見えないけど)絶対に残さないという絶対の信念があるんだ。
動いているのは活がいい証拠。
それに肉の生食なんて、こんな機会がなければ、まず経験することができない貴重な体験。
ここは、一思いに喰らってやろうではないか!!
「いただきます!」
そしてわたしは生まれて初めて人前で豪快に嘔吐したのだった。