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「ふーん。焼豚ねえ……」
マスターは焼豚を掴むと、まずは匂いを嗅ぎ始めた。
考えてみれば『スキル』や『祝福』の影響を受けていない料理をこの世界の人に食べてもらうのはこれが初めてだ。
否が応にも緊張が走る。
「これは。確かに食欲をそそる匂いだ。このまま口に放り込みたいところだが。なんの肉だ? これ」
う、痛い所を。
豚肉っぽいし、味も実際それとほぼ同様なのだが、何と聞かれると答えられない。
渡してきたリルですら謎の肉と言っていたのだから。
「さあ。何のお肉でしょうか」
「おい、おい。大丈夫かよ。いくら食に対して興味がない奴でも、正体不明の食いもんは敬遠するぜ?」
確かに仰る通り。
わたしだってそうだ。
いや砂肝食ったわ。
黙って食えばいいのに。
「ときにマスター。お口は固い方ですか?」
「あん? これでも商業ギルドを仕切ってるんだぞ。そこら辺は弁えてるつもりだぜ」
「ふむ」とリルは少し考え始めた。
そしてゆっくりと話しだした。
「それは古代豚です。私の迷子のご主人が好んでいた肉に似ていたので、何かに使えるかと保存していたものです」
「……は? お嬢ちゃん。今なんて?」
「ですから古代豚です」
何だ? マスター固まっちゃった。
グ、グルニー?
「嘘はもっと上手についた方がいいぜ。これはある意味商談みたいなもんだ。冗談なら話は終わらせるぞ」
「なぜ嘘と?」
「古代豚は超希少の豚だからだ。こっちの世界ではな」
するとリルは被っていたフードを取り、耳をパタパタと動かした。
「あ。私、あっちの世界出身なので」
幻獣の里の事かな。
でもあっちの世界?
「お嬢ちゃん、まさか。いや……まさかな」
「神獣ですよ。こっちでは召喚獣の方が聞き馴染みありますか?」
「じゃあ、あいつらが話半分で雇ったっていう白いケット・シーってのは」
「見ての通りです。証拠にこの町吹き飛ばしましょうか?」
「……本物かよ。参ったな」
もしかして幻獣の里って同じ世界線じゃない?
ここの世界にとっての異世界って感じかな。
「まあ、完全に信じてたのは一人だけでしたけどね」
「それって」
「ミラです。おっさん達は完全には信じてませんでした」
「俺は信じるよ。町を吹き飛ばされたくないしな。で、いくらなんだコレ?」
「味見ですよ? お金は要りません」
「咲って言ったな。お前さんの価値観がどうなのかは知らねえが、この一欠片で王族に褒美が貰える代物だぞ」
このグル、グルーニが?
わたし、大口開けてモグモグいってるんですけど。
王族からの褒美って。そこまでの価値が?
「リル?」
「らしいですね」
「お嬢ちゃん。これは頂けねえ」
「うるせえ。黙って食え、髭面」
「ぐ、ぐあー!」
リルはマスターの腕を掴むと、無理やり焼豚を口に詰め込んだ。
必死に抵抗するも、リルはそんなのお構いなしに力尽くで咀嚼を開始させた。
「おらー。食えー」
「リル!? マスター咀嚼し過ぎて歯がガチガチ言ってるから!」
「私は細かい事を言う髭面が嫌いなのです。おらー」
そんなピンポイントなお好みが!?
あと何で棒読みなの?
「わ、わかったたたたた、かたかた」
「ふむ。心地よいリズムを刻みながら分かったと言うのであれば勘弁してあげましょう」
大丈夫かな。
両手両膝ついたまま動かないんだけど。
しかしそんな心配とは裏腹に、マスターは大声で笑い出した。
可哀想に。
リルのせいで脳みそがシェイクされたみたいだ。
「咲様。申し訳ございません。髭面は……もう」
「いやいや。何、目瞑って首振ってんの」
「もう私達の知ってる髭面は……くっ」
自分でやっといて、なんで悔しそうにしてんの。
「美味いっ! こんなに美味い肉は初めてだ! 何よりこの味付けが素晴らしい! 常識を覆すぞ!」
「だから黙って食えば良かったんだ。髭面」
何でそんなに辛辣なの?
でも——受け入れてもらえた!
「いやあ、参ったな。こんな所で人生で一番の食事に出会えるとは。何が起こるか分からんな」
「喜んで頂けて良かったです。それで相談の件は」
「協力するに決まってんだろ。全面協力だ」
——やった!
まじで嬉しい!
元の世界でも味わったことないよ、こんな嬉しさ。
自分の大好きなものが認められるのがこんなに嬉しいなんて。
「咲様!」
「リルー!」
「よしよし。良かったですね」
「ねえ。何で肉の事黙ってたの?」
「価値がバレると咲様が遠慮しそうだったので」
この子ったらそんな気遣いを?
もう、可愛いんだから!
「熱烈なハグはありがたいのですが。……ちょっとお耳を拝借」
「ん?」
「実はあれ。幻獣の里でアホみたいに棲息してます。あっちでは人気ないので取り放題です」
こ、この子はまた悪い顔を。
料理人よりも商売人に向いてるのでは?
「ふふふ。こちらにはまだまだ実弾のストックがあります。髭面をいい気にさせて、こちらに有利な取引を実現させて見せましょう」
「そ、そうだね。手加減してあげてね」
しかし何でリルはマスターに当たり強いんだ?
いつもは飄々として、どこ吹く風って感じなのに。
「今、咲様はこう考えてますね? なぜ私が髭面に当たりが強いのかを」
「どうしたの急に」
「俺、やっぱり無下に扱われてるよね!?」
「私の夜食を奪った罪は重い。と言う事で只の八つ当たりです」
「俺、八つ当たりされてたの!?」
食の恨みは怖い。
ここから出たらリルに何か作ってあげなきゃ。
『損はさせませんよ』か。
リルがいなかったら、今頃わたしはどうなってたんだろう。
これからリルには、たくさん美味しい料理を食べさせてあげよう。
わたしの内緒の目的が出来ちゃったな。




