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 どうも、佐々木咲です。

 質素な暮らしには慣れています。

 なんせ長年東京の狭い畳の部屋で、細々と生活をしておりましたのでね。

 そんな冴えない女ではありますが、実は一つだけささやかな楽しみがあります。


 それは——自炊。


 外食をする事よりも格段に安い費用で食欲を満たす。

 最高です。

 そして人生に飽き飽きしたサハラ砂漠のように乾いた心に、一時の潤いを与えてくれる発泡酒。

 最高です。


 母はわたしに『料理』というかけがえのないものを残してくれました。

 今となってはお礼を言う事も叶わないけど、いつか天国で会う事が出来たら「ありがとう!」と声を大にして伝えようと思っています。


 そんなわたしですが、現在とある町の自警団に絶賛囚われ中でございます。

「冤罪だ!」とみっともなく喚き散らかしたい所ではありますが、一概にも無関係とは言えない事は重々自覚しており、歯痒い思いをしている最中でございます。


 今置かれているこの環境。

 いくら質素な暮らしに慣れているとは言え、耐え難いものがあります。


 赤土の床に轢かれたゴザ。

 高い位置にある小さな小窓。

 目の前に立ち塞がる鉄格子。

 充満するカビの臭い。

 低い天井。

 ヘラヘラしてる部屋の隅のおっさん。


 誰だお前は。

 おい、こっち見るな。


 有志で結成された自警団と耳にしておりましたが、思った以上に本格的な堅牢ぶりに驚いております。

 こういったところを、少しでも食の興味へとベクトルを向けてくれればいいのになと、考えられずにはいられません。

 

 そして今、持てる力を全て解放して牢をぶち壊そうとしている猫耳の美少女をなだめています。

 彼女曰く「もう町ごと全て灰燼にしてしまいましょう」と活気盛んに意気込んでおり、手のつけようがありません。

 

 おやおや。

 まだ酔っ払っているのでしょうか?

 とっても獰猛ですね(ニッコリ)。


 密かに憧れていた異世界での暮らし。

 世界を救ったり、美少女(美男子)とイチャイチャしたりと様々な恩恵が受けられるといった認識でした。


 どうもわたしは運が無いのかも知れませんね。


 モンゴリアンワームの砂肝を食べさせられ、褌のおっさんのみっともない姿を見せつけられ、挙げ句の果てには投獄です。


 でもこんな『主人公』がいてもいいのかも知れません。

 十人十色の人生。

 こんな人生でもわたしの大切な人生。


 笑ってやり過ごすぐらいが丁度いいのかも知れません。

 


 ……笑えねぇわ。





「ふー、ふー。……そこまで咲様が仰るなら」と、リルはようやく落ち着きはらった。

 その細身のどこにこんな力強さがあるのだろう。

 体幹強すぎて引きずられたわ。

 ブルドーザーか、お前は。


「やめとけ、やめとけ。拘留期間が長くなるだけだぞ」

「申し訳ございませんでした。不覚にも魔力酔いなど赤子の様な失態を」

「仕方ないよ。でもミラには謝ろうね」

「申し訳ない事をしました」

「おい。聞いてんのか?」


 しかし参ったな。

 良かれと思いやった事がこうも裏目に出るなんて。

 ガッカリもわたしを通り越して成層圏に突入だ。

 ゆくゆくは衛星の一つでも撃墜してしまうだろう。

 そしてわたしはNASUに国際指名手配をされるに違いない。

 そうなると——。


「咲様! 帰ってきて下さい!」

「はっ!」


 い、いかん。一旦落ち着こう。

 人生初めての拘留に気が滅入ってる。

 まずは誤解を解かないと。


「お前ら一体何したんだ? あんなに慌てた自警団は初めてだ」

「こうなってくると商業ギルドのマスターと話が出来るのも当分先になっちゃうね」

「マスター? 俺になんの用だ」

「本当にごめんなさい」

「いや、元はと言えばわたしも悪いし。ごめんね」

「ねえ! 聞いてる!?」


 ちっ。なんだよ。さっきからうるさいなあ。

 おっさんが女子二人に囲まれて、かまってちゃんになってるよ。

 

(口塞ぎましょうか?)

(余りにも酷かったらね。でも拘留が伸びちゃいそう)


「聞こえてんだよ」

「あの、何か用件でも?」

「俺が商業ギルドマスターだって言ってんだよ」

「あっ! そう言えば自警団に捕まってるって!」

「言ってましたね。これは怪我の巧妙です」

「怪我したのはミラだけどね」

「てへ。そうでした」

「あははははははははははは」


 でもこれはついてたかも。

 ついてないけど、ついてる。

 なんかナゾナゾみたいになったけど。


「まあいいや。結局お前ら何したんだよ」


 わたしとリルは、マスターに一部始終を説明した。

 最初は訝しげに聞いていたマスターも次第に興味を持ち始め、最後の方には食い入る様に話を聞いていた。

 流石は商業ギルドをまとめる長だ。

 美味しい話に食いつくアンテナは人一倍高いに違いない。


「なるほど、面白い。となると」

「人手が必要なのです。咲様はこの世界に革命を起こし得るお方。是非とも許可と協力を」

「しかし、にわかに信じられん。本当にその娘がそれ程の料理を?」


 当然の反応かもな。

 見た感じマスターはわたしと同じ種族には見えない。

 しかも出会った場所も牢屋の中。

 話は聞いてくれたけど、投獄の理由は半信半疑かも知れない。

 あちらからすれば『胡散臭い異世界からきた異人が、そんな事出来るのか?』というのが当然の疑問になるよね。


 そしてこの反応はこのようにも取る事が出来る。

 要は実物を見せてみろって事だ。

 くそー。

 焼豚を持って来れていれば。

 それが一番手っ取り早かったのに。


「咲様。一切れですが」リルが耳打ちをし差し出したのは、焼豚の切れ端だった。


 また夜食分を隠し持っていたのか。

 悪い奴め。

 でも——。


「リルでかした!」

「またしても夜食が奪われますが、この際仕方がないですね」

「でもこれって魔力が」

「ご安心を。今『反魔術法』を使いました」

「……あの儀式は?」

「あははははは」


 リルは急に笑い出した。

 そして真顔になると「ノリですよ」と、呟いた。

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