12
「焼豚なるものを眺めていたら、どうにもお腹が空いてきました。どうしたものですかね? 咲様、私はどうしたものなのでしょうか?」
リルは我慢の限界がきたようだ。
本当に食べること好きだなぁ。
……そうだ。
リルにおむすび作ってあげよう。
目玉焼きご飯食べれてないしね。
まあ、結果食べれなくて良かったんだけど。
「じゃあおむすび作ってあげる。お米を食べやすい大きさにして食べるんだ」
「わあ、食べたいです!」
残念ながら具が無いんだけど。
塩むすびしか作れないや。
「あれ? そういえば残りのお米ってどこにいったの?」
「鞄に入ってますよ。私の鞄は特別製なので、中に入れた物は鮮度そのままに保てます」
すご。
いいなそれ。
わたしも欲しいんだけど。
「鞄に入れた時には、既に冷めていましたので、私も食べれます」
「おむすび作らなかったらどうしてたの?」
「夜中にこっそり食べようと思っていました。はい」
うん。
素直でよろしい。
思った以上に食いしん坊だ。
「でもいいんです。今食べます」
「塩味のシンプルなおにぎりしかできないけどね」
「なんでもいいです。きっと美味しいことには違いないですから」
わたしの料理に対する信頼度バカ高いな。
よし、まずは塩水を用意してっと。
塩分濃度はこんなもんかな。
「じゃあ作るよ。ほい、ほい、ほい。はい出来た」
「お言葉ですが塩水をかけて食べれば良かったのでは?」
「いや、何かそれは嫌だな。まあ、おにぎりはこういうもんだから。手で持って食べてね」
「そういうものですか。では、いただきます」
……。
…………。
なんか無言で食べ進められると緊張する。
なんで真顔なんだろう。
ねえ!
なんで真顔なの!?
「……お米がここまで変貌を遂げる事もさることながら、口に運んだ瞬間、お米様がホロリと崩れる握り具合は正に熟練の職人がなせる業。そして絶妙なる塩加減。これが中々難しい。何より手で握ることにより、作り手の愛が感じられます」
誰だお前は。
逆に恥ずかしくなるわ。
「なる程。これが『お結び』。まさに作り手と食べ手の心を結ぶ素晴らしき御料理。わたくし感服いたしましたわ」
「……なんで泣いてんの?」
おむすびってそんな意味なの?
初めて知ったわ。
リル相当お腹空いてたんだな。
おかしくなってるもん。
むしろ変になってるよ。
「はっ! 私は何を!?」
「こっちが聞きたいわ」
「これが『魔力付与』のひょうは。はんへおほろひい」
「食べながら話すのやめな?」
「ごくん。これが『魔力付与』の効果。なんて恐ろしい。あ、ご馳走でした。びっくりするくらい美味しかったです」
「お粗末様でした。『魔力付与』ってコントロール出来ないのかな」
「出来ますよ。しかし咲様は常に魔力放出状態なので、作るもの全部に垂れ流して——あっ」
……あ?
……あ。
「焼豚、食べても大丈夫かな?」
「ど、どうなんでしょうか」
どうしよう、これ。
「まあ、私の手も加わっていますし。私も胡散臭い料理評論家に変貌するくらいで済んでるので、大丈夫じゃないですか」
「そうかなぁ。ならいいんだけど」
「なるようになります。最悪、パンクして気絶するだけなんで」
「それが心配の種なんだけどね」
最初にミラに食べさせるのはやめとこう。
毒味はおっさん達に任せるか。
悩んでても仕方がない、後は天に任せるのみ。
夕飯を待つこととしよう。
「そういえばリル。あんた雇われ料理人でしょ」
「はい。それがどうしました」
「なんで今日の晩御飯使ってないの?」
「私の料理レベルがバレたからじゃないですか?」
「一体何を作ったんだよ」
「私が雇われたのは今日です。初出勤です。咲様が召喚されるほんの少し前に雇われたのですよ」
「じゃあ作ってないじゃん」
「作りましたよ? 作った(というか皿に乗せた)のは新鮮な、ふふ。モンゴリアンワームの砂肝だけです。あれを見て、ははは。既にクビになっているのかも知れませんね、あはははは」
なんでこいつはそこにツボってんだ。
それこそ違約金取られるだろ。
「この世界の料理人なんて、咲様に比べたらたかが知れてますしね。恐らく目をつけたのは、私がケット・シーだから。後はこの鞄だと思います」
「ケット・シーだから?」
「ケット・シーは幻獣界でもトップクラスの魔力を保持しています。そして私は忌み子の異端児なのです」
そういえばそんな事言ってたな。
爪弾き者とも。
「戦力として目をつけられたのでしょうね。魔王討伐の戦力として」
「なんでバレたの? 耳隠せば分からないじゃん」
リルは耳を隠せば、可愛らしい綺麗な白髪の女の子だ。
忌み子の異端児なんて言われても、到底想像できない。
「世にも珍しいケット・シーの料理人として、自らを売り込んでたからですよ」
むしろ全面に出してたのか。
てことは料理人を雇う自体、この世界では珍しい事なのかも知れない。
それこそ富豪の家の料理人くらいか?
その富豪ですら、何を食べているか怪しいものだ。
「私が契約時に損をさせないいった理由は正にこれです。私はこの世界のイレギュラー。世界を破滅に導く特異点なのです」
な、なんだ急に……。
そんなの魔王の存在価値無くなっちゃうじゃんか。
時折見せるリルの刺々しい言動の方が、どちらかというと魔王っぽいし。
「咲様に対するあらゆる外敵や禍い。仇なす者全て薙ぎ払ってご覧入れましょう。……ん、はて? なんでこんな話してたんでしたっけ」
「な、なんでだっけ?」
「おや。暗くなってきましたね。さ、テーブルセットをしましょうか」
リルはまるで何事もなかったかのように、テキパキと準備を始めた。
何も気にしていない様子で。
わたし言ったよね。
文鳥と亀しか飼った事ないって。
世界を破滅に導く召喚獣。
それの一体どこがペットなのだろうか。