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破戒神官ヴァレン ~遺跡の街の復讐者~  作者: 火輪
一章 岩の腕のティラニウス
6/17

岩の腕のティラニウス 五




 ▼ ▼ ▼




『で、ティラニウスの旦那は何やってくれるんだ?』


『ヴァレンの抑えだ。下っ端どもに尾行ツケさせてる』


『野郎のねぐらは北東の街外れだっけか?』


『無駄口叩いてねェで探せ!!』




 走る。走る。

 街の北東へ、シェリーは走っている。

 盗み聞きした連中の会話を思い出しながら。


(好機だ……!)


 母譲りの金の長髪と【影潜みの黒外套】を靡かせて。

 夜闇を切り裂いて、石と砂と煉瓦の街を駆ける。


(この好機、逃せない……!)


 物陰から物陰へ、かそけき星明りすら厭うように。

 人目を忍んで裏路地を駆ける、寄る辺無き野良猫のように。


(父様、兄様、リュシアン……!)


 胸中を決意で満たす。

 命を奪われ骸を弄ばれた、父と兄と弟の無念は如何ばかりか。

 日がな一日虚ろに過ごし、頬のこけた母の顔を脳裏に浮かべる。


(母様……あと少しだけ、ご辛抱を)


 北東。ヴァレンは街の北東にねぐらがあると言った。

 さっきの四人が言っていた。そのヴァレンと自分の合流を抑えると。

 かの仇が出張っていると言った。その名前を確かに盗み聞いた。


(岩の腕の……ティラニウス……!)


 見通しの甘さから思わぬ失態を招いたシェリーは、悔やみ、苛立ち、焦り、疲れ、しかし降って湧いたような幸運を得て、萎え始めた手足に鞭を打った。


(先に見つければ、仕掛けられる!!)


 当初シェリーは、首尾よく仇を見つけられれば、高らかに名乗りを上げ、舌鋒にて犯した罪を突き付け、しかる後に刃にて挑まんとするつもりだった。


 しかし今、そんな格式ばった考えに拘泥する気は失せていた。

 この悪辣にして卑しき街の住人たちの前でそんな真似をすれば、小鹿に群がる山犬の如く、己を食い殺さんと襲いかかられるだろうと理解したからだ。


 幸いこの【影潜みの黒外套】は今のところ非常に頼りになっている。

 優れた隠密の魔術効果は、逃げるにも隠れるにも役に立つ。

 だけでなく、反撃を、致命の一撃に成さしめることにも。


(なら、奇襲一択。暗殺しかない。そして今こそが……!)


 好機だ、と、胸奥で繰り返しながら駆ける。

 怒り、焦り、不安、怯え、意地……そして使命感。

 足元から這い上がってくるような諸々の感情。


 ……この辺り、まだまだ青い十六の小娘である。


 シェリーは気づかない。蛮勇でしかないことに。

 焦燥感に駆り立てられ、冷静さを失っていることに気づかない。


 単独で、ヴァレンも待たず、狡賢ずるがしこい悪漢が其処彼処そこかしこにひしめく中、この広い、しかも土地勘が皆無の場所で、奇襲を行うことがどれほど無謀なことであるかという事実に、まるで気づいていなかった。


(……!)


 少し先に十字路が見えた。

 そこに三人の人影がある。


 道幅も脇道に比べてかなり広い。中央通りからは距離もある。

 交差路の四隅は、二件が空き地、二件が廃屋。しかも廃屋は、完全に崩れ切った瓦礫の山になっており、人の背丈で充分に見渡せる。


(あれは……?)




 ───それは幸運だったのか、それとも不運だったのか。

 如何なる偶機を手繰り寄せたか、シェリーはその人影を目に止めた。




 一際大きな人影があった。


 瓦礫に腰を下ろし、両足を投げ出している。

 加えて、手下らしき男を両脇に立たせている。

 咄嗟に近くの壁に身を寄せ、煉瓦の角から様子を窺う。


(……なんて巨漢なの。ヴァレンより大きい)


 目は暗闇に慣れ始めていたし、魔灯ランタンらしき明かりもあった。

 少し遠目ゆえに顔は見辛いが、その巨躯は見て取れた。


 肩幅が大の男二人分はある。手足など丸太の如き太さだ。

 声こそ上げなかったが、驚かぬわけにはいかなかった。


 見たところ丸腰であった。武器の類を持っていない。

 もっともあの豪腕は、充分に凶器の役目を果たすだろうが。


 かの威容は何者か。

 もう少し接近して確かめんとした、その時。


「……!!?!!?」


 突如飛来した、投げ短剣の群れ。

 上、中、下段に的を散らした三連射。

 まず中段、次に上段、最後に下段。

 時間差をつけて、意識を上下に振り回す巧みな手妻。


 完全に不意をつかれた。肉を抉られた激痛。


「っく……!」


 結果、短剣の一つが右大腿部に突き刺さった。

 そこまで深くはない。一瞬の判断で短剣を抜き捨てる。

 中段と上段を避けただけでもシェリーの反応は称賛されてしかるべきであっただろう。


「───隠密系の魔道具だ!!」


「!? 光!!」


「応!!」


 その声に気づいた時にはもう遅かった。

 一瞬のことだった。十字路が眩く照らされる。

 魔灯ランタンの光だろう。魔力光量を調節し、相当明るく出来る魔道具だ。


【影潜みの黒外套】の力が弱まり、闇に姿が浮かび上がる。

 捕まり、引き倒され、抑えられ、身動きを封じられる。


「あ、ぐっ?!」


「動くんじゃねえよ」


「おい、腕」


「あいよ」


 ……三人ではなかった。付近にもう一人、潜んでいたのだ。


「く……っ、どうして」


「見つかったのか、ってか? まぁ、運が無かったな。

 離れて見張ってた俺とランタンの間にお前さんが割り込んだ時、はっきりと揺らめきが見えたってだけさ」


 ランタンで顔を照らされる。

 悔恨に愁眉を歪めたシェリーの秀貌が四人の悪漢に晒された。


「あん……? おい、この女」


「ああ、狙ってた女だ。ケニーの野郎、言い出しっぺのくせに下手こきやがったな」


「あの野郎何やってんだ。旦那、どうします?」


 そして遂に、その男の風貌が、シェリーの目に入った。


「んん、まあいいぞ。一応目的は果たせたんだから」


 確かに人並み外れた巨漢ではある。

 その威圧感たるや相当なものがあり、ただそこにいるだけで生き物を警戒させずにはいられない、巨大熊か何かと同類なのではとすら思わせる。


 だが───


(この……男が?)


 ───あまりにも予想外の、童顔。


 ふっくらした健康的な頬。

 大きくて丸い、無邪気な眼差し。

 血色が良く、艶のある厚い唇。


 下穿きの裾は長いが、上半身は裸体であった。

 発達した大胸筋と腹筋は、安物の鎧よりも頑強なのではないかと錯覚させる。


 肉体年齢で言えば二十代後半の絶頂期は明らかであるというのに、どうしても幼さを感じさせるその風貌が、途轍もない違和感を感じさせていた。


「たしかに綺麗な子だぞ。こんな子が手に入ったんだから許してやってもいい」


「いいんですかい? あの野郎また調子に乗りますぜ?」


「しかしマジでいい女だな。旦那、味見しましょうよ」


「だめだぞ。コーディックが手ぇ付けずに寄越せって言ってた。

 そのかわり、花宿で一晩好きな花と遊ばせてやるとも言ってたぞ」


「っほォ! そりゃいいや!」


 確認しなければ。シェリーは密かに決意した。

 もはや進退窮まった故に覚悟は容易かった。


「岩の腕の……ティラニウス」


「んん? 新顔なのにおれのこと知ってるのか?」


「やはりそうなのか……聞きたいことがある」


「威勢のいい女は嫌いじゃないぞ。なんだ?」


「連合王国ロムニオス南東、辺境ディノラント、ベルナール子爵領」


「んん?」


「一月ほど前、そこに行かなかったか」


「んん? ん……あ、思い出した。うん、行ってたぞ」


 ごくりと喉が鳴る。額から脂汗が滲む。

 耳を澄ます。決して聞き逃さないように。


「たしか、その辺を狩場にしてた野盗団の生き残りとかいう奴らが来た時に、仕返しがしたいって頼まれて、辺境騎士団を一つ潰しに行ったんだったぞ」




 ───決まりだ。




「あれはいい稼ぎになったぞ。仲間の中じゃおれの稼ぎは一番少ないからな。

 おれだけでもやれそうな仕事はトライドラじゃ少ないから苦労するぞ」


「騎士団一つ潰すのが『自分だけでやれそうな仕事』って……」


「潰すって言っても、面倒だから全部は相手にしてないぞ。

 だから頭だけ潰して、見せしめにして帰ってきたぞ」


「……ヒドラの旦那方は相変わらずデタラメ過ぎらぁ」


 父と兄と弟が絡まった、ひと塊の肉団子。

 人外の怪力で力任せに捏ねくり回された、あまりに凄惨なあの球体。


「……そう。見せしめ、だったの」


 脱力する。調息する。

 右足の痛みを無理矢理忘れる。

 生命魔力を血流に乗せて全身に巡らせる。


 どくん、と、一つ大きく心臓がいた。


「ええ、効果的な見せしめだったわよ。

『あんなもの』を見せられて、新米は怯え切った。

 一部の腰抜けたちは、団を抜けて他所の領に移った」


 ジグライテ貫甲流兵法、身体強化術【戦の息吹】。

 筋力、体力で男に劣る女の身であっても、その差を埋めるのみならず、凌駕するほどの身体能力を付加する秘伝の呼吸法である。


「下手人が名乗った『岩の腕のティラニウス』という名を聞いて、お偉方は不自然に腰が重かった……騎士団員たちが急かしても! いつまで経っても! なぜか討伐の命を出して下さらない!!」


 この呼吸法、本来は、喋りながらするようなものではない。

 魔力充溢の難度も上がるし、時間もかかるし、調息に集中すべきなのだ。


 しかしシェリーは喋り続ける。

 一々調息を挟みながら、血を吐くように。

 喋らずにはいられない、という心理のせいでもあるが。


「そして血気に逸った団員が何名か出奔して……でも、誰も帰ってこなかった」


 なによりも、気を引くために。企みを気取られぬために。

 無力と無念に嘆き咽ぶ、力無き小娘を演じるために。

 事ここに至って漸く焦慮を封じて、一呼吸ずつ、慎重に。


「んん? じゃあおまえ、仕返しのために、おれに会いに来たのか?」


「ッハ! 健気なお嬢さんじゃねえか」


「そういやここ一月、新顔の何人かは騎士崩れだったな」


「居たなそんな奴。もう生きちゃいねえけど」


「───」


 ───閉息ヘイソク全身全血ゼンシンゼンケツ魔息充溢マソクジュウイツ

 最後の脱力。地に身を預け……【機】を待つ。


「もういいわ……縛って担ぐなり引き摺るなり好きにしなさいよ」


「……わかってんだぜ? お嬢さん。何か企んでんだろ?」


「立て。てめえの足で俺らの前を歩いてもらうぜ」


「おい、先に腕縛れ」


 男たちは背後に回った。シェリーの腕に戒めの縄が伸びる。

 場の意識が切り替わる。力による拘束から、縄での拘束へ。

 切り替わった、その瞬間───




 ───両足を一息に折りたたむ。殺す気は無いと既に知れた。


 ───気づいた男が圧し掛かる。しかし、すでにして体は強化された。


 ───強化した両足で男を蹴って離脱。地を滑り、転がりながら。


 ───予想外の膂力に男たちが驚く。腰の短剣に手を伸ばす。


 ───拘束から逃れた。そして離れた。少し距離が開いた。


 ───両足を畳み、着座構えで、背を向けつつ、右手を剣に。


 ───男たちが踏み込んでくる。肩越しに背後を確認……斬り間に。


 ───左手で鞘を引きつつ、高速で半回転……低空斬撃。




 抜剣術。

 抜きが即、斬撃となる技術。

 剣速こそ抜剣済みの技に劣るものの、非戦闘状態、つまりは納剣状態からの即時攻撃という条件において『速さ』ではなく『早さ』を極め得る斬撃術。


 加えてこれを、着座構えから後方に放つという一撃。

 着座状態で背後から襲われた際の迎撃として使われる一芸。


 ───貫甲流剣法・抜剣術、【葦刈あしか偃月えんげつ】。




 踏み込んできた敵の右足を足首あたりで切断。


「ぐぎぁッッッ!?」


 一人転倒。そして悶絶。ティラニウスは最後列で動かず。

 残り二人が接近。攻撃範囲到達まであとわずか。


 すかさず半歩後退───しかしこれは誘い。退いたと思わせる為に。

 すぐさま一歩前進───敵の意識を半呼吸ずらしての刺突二連。


 退いたと誤認し、意識を【警戒】から【接近】に『切り替えさせられた』敵の顔面へ。行動を変更した『意識の開始点』では、反応など例外なく不可能である。


「っな!?」


「テメ、このクソアマぁ!!」


 しかし射程が足りない。その刺突は眼前を掠めただけの威嚇。

 ただし行動阻害成功。もう一歩、素早く、大股での踏み込み。


 男の片方が持っていた魔灯ランタンを奪う。

 光量を最大に設定した瞬間、自分の頭上に放り投げる。

 その瞬間、目を焦がさんばかりに眩い光。


「うぉ!?」


「クソ!!」


 シェリーも使ったことがある形式の魔灯ランタンであった。

 普及率の高い一般品であることに気づけたのは幸運だった。

 故に魔力の流し方、光量の調節幅も知っていた。


 そして瞬時に音も無き三連閃。

 夜闇に慣れた目を眩ませる強烈な光に潜ませて。


「カっ……」


「っは!?」


「グ……ォっ」


 落ちて来た魔灯ランタンを掴み、大きく後退し、地面に置く。

 照らし出された道の上には三人分の死体。


 喉笛のどぶえ眼窩がんか、心臓、三者三様の致命傷。

【葦刈り偃月】から流れを引き寄せての連続攻撃。


 シェリー会心の、瞬速制圧攻勢であった。

 さらに後退。残る怨敵を見据えるシェリー。


「───甘く見てたぞ。子猫じゃなくてひょうだったか」


 ティラニウスは───立ったまましていた。


「……おれもヤキが回ったぞ。ケニーのこと笑えない。

 そりゃあそうだよなぁ。トライドラに一人で乗り込んでくるような奴をただの小娘扱いするなんて、みんなから何言われるかわかったもんじゃないぞ」


「安心しろ。直に何も聞こえなくなる」


「舐めるな、とは言わないぞ。おれも真面目にやることにする」


 威勢よく挑発してみたものの、シェリーは内心で嘆息する。

 こうして立ち姿を見てみると、体格差は歴然であった。

 背丈など、民家の屋根の軒先に届かんばかりである。


 形容するなら腕の長い巨大熊だ。

 攻撃の射程距離は、長剣を用いてやっと互角と見るべきか。


(脳天は勿論もちろん……首も遠い)


 これだけの身長差があると、首から上は狙うべきではない。

 遠い目標を狙おうとすると、手足が伸び切ってしまいやすいからだ。

 伸び切った手足では、迅速に次の行動に移るための素早さが鈍ってしまう。


 故に、狙うなら心臓だ。


 一手。刃を寝かせて肋骨の隙間を通す。

 一手。懐深く踏み込み、みぞおちから斜め上に突き刺す。

 一手。踏み込みと手足の捻りで生み出した貫通力で、胸骨を貫く。


 三手ある選択肢、いずれであっても充分に心臓を狙える。


「スゥ───」


 吸気調息を行いつつ構えを取る。


 右足を前に出し、肩幅ほどに足を開き、やや腰を落とす。

 剣を握った右拳は顎の前に据え、脇を締め、右肘で右脇腹を守る。

 刃は地面と平行に構え、切っ先を真っ直ぐに相手へと向ける。

 左手は、五指を緩く開き、胸の前に構える。


 ───貫甲流兵法、片手一刃・正調の構え。


 そして閉息。再び魔息充溢。

 体を前へ飛ばすための左足は無傷である。

 右足の負傷は忘れる。浅くはないが深くもない。


 初手に選ぶ技は【穿心せんしん】。流派の基本にして奥義。


 腕前が中伝の【穿心】は、魔生物の頭骨や甲羅すらも容易に貫通する。

【貫甲流】の名を体現する、流派の代名詞とも呼べる技と言えよう。


 技型こそただの刺突だが、全身運動から生まれる螺旋回転の刺突技。

 これを身体強化術【戦の息吹】を用いて放てば【穿心】となる。

【片手一刃】【諸手一刃】【長柄百操】三派共通の基本技でもあった。


 これに対し───


「来い、女。手下ぁ三人も殺りやがった報いは受けろ」


 ───ティラニウスは両腕を胸の前で交差した。


 丸太に等しい腕が二本、心臓を遮る。

 どちらかの腕を盾にして急所を守り、残った腕で反撃を行う意図だろう。


 シェリーの剣の刃渡りは、彼女の肩から手首辺りまでほどの長さ。

 あの極太の腕を貫いて胸まで届かせることは可能な長さだ。

 しかし根元まで深々と突き刺すなど愚行でしかない。


 もしも仕損じれば、剣を抜く前にあの巨腕に捕まることは明白だ。

 いかに【戦の息吹】で強化した膂力でも、眼前の怪物とは比ぶべくもない。

 で、あれば───


「黙れ外道……! 報いは貴様が受けろ!!」


 ───腕を盾にするなら、腕を的にすればいいだけのこと。


 その腕、穴だらけにして使い物にならなくしてやる。

 胸中でそう決意し、シェリーは怒りも露わに踏み込んだ。

 放たれる【穿心】。ティラニウスは左腕で心臓を、右腕で首と顔を守る。


「くらえッ!!」


 委細構わず突き刺しにかかる。


【穿心】から繋がる後手の派生技は、三連閃が数通り。

 上、中、下段に振り分けるのが常道だが、あえて全弾、腕を狙う。

 武器を奪うか破壊するのも、兵法の常道である。


 そして初手の鋭鋒が豪腕に届き───


「っっっ!?」


 ───ガキッ、と、予想外の音と手応え。


「……っつぅー……本当にいい腕だな」


「……な」


「覚悟はしてたけど、こんな簡単に貫通されるとは思わなかったぞ」




 岩……岩だ。


 突き刺した左腕が、岩に変じていた。




「何……っ!? な、え!?」


 そして異変はそれだけに留まらなかった。

 剣を握るシェリーの右手にも変化が表れていた。


「わ…………私もッ!?」


 右手が石になっていた。そして、それだけではなかった。

 左手が石になっていた。加えて、右足と左足もであった。


 感覚が両手首と両足首で途切れていた。

 触覚も痛覚も熱さも冷たさも……何も感じない。


「初見でおれに挑んでくる奴はこれを知らない。

 知らないから、鎧も何も着てないから、油断する。

 そして馬鹿正直に体を狙って、そうなる」


 握力が失われた。剣を強く握れない。

 結果、突き刺さった剣を引き抜くことが出来ない。


 ティラニウスは右手の指で左腕から剣を引き抜いた。

 ついでにぐい、と引っ張り、あっさりと剣を奪った。


「これは……まさかッ?!」


 紙屑でも捨てるように、背後へと剣を放るティラニウス。

 同時に、左腕が石から肉へと戻り、貫通した傷から血が噴き出す。


 しかしシェリーの手足は戻らない。石になったまま変わらない。

 よく見れば少しずつ、手首の方までゆっくりと石になってきている。


 必死に後退した。形容ではなく、本当に必死だった。

 両足が重かった。比喩ではなく、本当に重かった。


「んん? 知ってるのか? まぁ、コレ自体は有名だしな。

 もっとも、おれがソレだってことは知らなかったんだろうけど」


 シェリーはこれを知っていた。

 こういう邪法を知っていた。


 この邪法を使うのは魔法使いではない。神官でもない。

 似て非なる同種で異種。魔法でも神霊術でもなく───




「【石化呪詛】……!! 貴様、【呪術師】かッ?!」




 ───【呪詛じゅそ】。


 呪縛、呪殺、傷寄せ、病寄せ、子種の枯渇や受胎妨害など。

 様々な不吉、不運を呼び寄せる、古代から伝わる邪法の一種である。


 そして中でも、特に恐れられる【石化】の呪詛。

 今では使える者がほとんどいないと言われる古代の秘法。


 その使用法と伝承法は……古代魔道文明の遺跡からしか得られない。




「当たりだぞ。おれは【呪術師】、岩の腕のティラニウス。

 敵も自分も石化は自在……【呪詛】使いのティラニウスだ」




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