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破戒神官ヴァレン ~遺跡の街の復讐者~  作者: 火輪
二章 両好みのコーディック
14/17

両好みのコーディック 五




 ▼ ▼ ▼




「まさかオレらが呼びつける前にツラ出すたぁな。

 相変わらず殊勝なんだかキモが太ぇんだかわかんねえ野郎だ」


「まぁ、大胆過ぎて逆に侮られてるって思わなくもないよね」


「イイじゃなイか。手間も時間も省けたんだ」


 商会幹部の三人は呆れるほかなかった。

 事件翌日の朝、昨夜の酔いが残る中、さて今日は色々と忙しいぞ、と、ティラニウス死亡後の段取りを確認していたところに、目下の最有力容疑者であるヴァレンが堂々とやって来たのだから。


「恐縮です。説明の必要があると思い、まかしました」


「とりあえず奥にイこう。話は応接室で聞くとしようじゃなイか」


 そのままヴァレンは幹部三名に、商会本部の応接間に通される。

 しかしその途中、白髪の子供が二人、立ち塞がった。


「ねえお兄さん、アンタそのまま通るつもりじゃないよね?」


「立場わきまえなさいよ。武器持ったまま通れると思ってんの?」


 フェイルとデイジー。コーディックの秘書官である少年と少女だ。

 年の頃は、ともに十一か二ほどか。よく似た顔だち。双子であった。


 小奇麗な揃いの装いは、少々場違いなほどだ。

 襟に金糸で刺繍を入れた白いシャツ。袖口には金の飾りボタンが三つ。

 燕尾服の袖を切り落としたような黒ベストは、前の合わせが左前と右前になっており、よく見ればこの二着、左右対称の仕立てになっている。


 違うのは膝丈のズボンかスカートかだけだ。

 首元の小さな赤いリボンタイが、白黒の色使いにまとめた格好の中で、金糸の刺繍とともにささやかな洒落っ気を主張していた。


 ただ一つ、これ見よがしに、なにか細長い『筒』のようなものを、首飾りのようにぶら下げている点が、不審と言えば不審だった。


「商会に逆らうわけじゃないって言い訳しに来たんでしょ?

 だったら武器はここで全部置いていったっていいよねえ?」


「そこの台に置けばいいわ。なぁに? 怖いの? できないの?

 それともやっぱり何かいけないコトでも企んでたりするわけぇ?」


 この下劣な笑みと言動がなければ、上品な子供と言えたかもしれない。

 いかに上等な服装であっても、薄汚く歪んだ人間性まで覆い隠すには至っていなかった。


「───失礼、台をお借りします」


 これにまったく動じていないのがヴァレンであった。

 おもむろに背負った盾と腰のメイスとナイフを台に置く。

 懐に忍ばせた投げナイフまでも取り出し、胸鎧も外した。


 そして、裾の長い前開きの法衣も脱いで見せる。

 神官の纏う法衣には、神霊術の護りを施してあるのが常識だ。


 脱いだ法衣も台に置く。その際に、ヂャリ、と、鈍い音が鳴った。


 音からしてこの法衣、鎖帷子が仕込まれている。足の動きを阻害しないためか、上半身部分だけで長い裾の部分はそのままのようだが。

 金属の盾とメイス、そしてナイフ数本と胸鎧、法衣に仕込んだ鎖の分の重さまで加えれば、かなりの重武装であった。


「な……っ!?」


「……ひぅ?!」


 トライドラの盗掘屋の傾向としては、軽装を信条とする者が多い。

 狭所や罠の類が多い遺跡の内部では、動きにくさは致命的だからだ。


 盗掘屋として珍しいと言えば珍しい。

 しかしフェイルとデイジーが驚いたのはそこではない。


「痺れるね。イイ体だ」


「お目汚し失敬」


 ハガネが、肉を纏って人の形を成していた。

 コーディックが軽口を叩き、ナスティールがヒュウと軽薄な口笛を吹く。

 当のヴァレンはどこ吹く風である。


 厚い胸板、膨らんだ肩、張り詰めた背筋。

 大柄ではあるが法衣のせいで細身に見えるヴァレンは、しかしその実、服の下に屈強な戦士顔負けの鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏っていた。

 上着を脱げば、布一枚を下から盛り上げる肉の隆起がよくわかる。


 その体は、この街においてコーディックの秘書官という上位に位置する立場を持っているフェイルとデイジーであっても、育ち切っていない未熟な体格の二人からすると、威圧感を感じずにはいられない。


 トライドラの無頼漢に多い、細身の男を見慣れていたせいもある。

 二人にとってヴァレンの体は、暴力性に富んだ恐怖の塊に見えたのだ。

 途轍もなく苦手だった、ティラニウスと同じように。


 竦んで何も言えなくなった二人を置いて、大人四人は進む。

 応接室の入り口が開いたところで我に返った二人は、慌てて四人の後を追って入室するのだった。


「さて、それじゃ聞かせてもらおうか。

 ティラを殺ったのは君だと睨んでいるんだが、どうだい?」


 半円状に五つ並んだ西方様式の一人掛けソファー。

 中央と、右端の一際大きいもの、その二つは空いている。

 左端に座ったライトリックが、前に立たせたヴァレンにそう聞くと、間髪入れずに答えが返された。


「仰せの通りです」


「普通に認めやがったコイツ」


「まぁ他にイなイよねぇ」


 左から二番目に座ったナスティールは呆れながら吐き捨てた。

 四番目に座ったコーディックは、愉快そうに相槌を打つ。


 そのすぐ後ろに控えているフェイルとデイジーはと言えば、顔を引き攣らせたものの、何も言わずに黙っている。こういう場で出しゃばって発言などしない程度には、コーディックから『色々と』教育されている。


「経緯と理由は?」


「共闘契約を結んだ方が、岩の腕の御仁と諍いを起こし、説得の甲斐も無く戦闘になり、契約のため、已む無く」


「その契約相手が例の女かナ。契約期間はイつまでだイ?」


「本日の日没までです」


「オレらに歯向かう事になるってわかっててやったのかテメェ?」


「理解した上でです。金で誓った約束を裏切った奴は殺せというトライドラの不文律に従えば、契約相手に加勢するしかありません。しかしそれが商会に逆らう行為とあらば、どちらにしろ私は制裁対象となります」


「あぁ……詰んだね。それは」


「ティラが相手じゃ穏便に済ませるこトもできなイだろうしねぇ」


「この街に来といてオレらに歯向かうようなバカと契約しちまったのが運の尽き、ってことか。まぁ……話に不審な点は無えな」


 ここでナスティールとコーディックはライトリックに目配せを送った。

 それを受け、ライトリックは首を横に振った。そして質問を続ける。


「だとしてもだよ。大ごとにならずに済むようにできなかったのかい?

 ヴァレン、君の実力なら、もう少しやりようがあっただろうに」


「そうかもしれません。しかし私の力不足により、できませんでした。

 私が合流した時点で三名が殺害され、一名が死亡、岩の腕の御仁は手傷を負っており、契約相手に商会に逆らわぬよう進言するも聞き入れて頂けず、衝突するに至りました」


「君はもっと器用に立ち回れる男だと思っていたけど」


「汗顔の至り」


「顔色ひとツ変わってなイけどね」


「ありがとうございます」


「褒めてねえんだわ」


「申し訳ありません」


 ひと呼吸置いて、コーディックが問いかける。

 気取った仕草で、緩く巻いた赤茶色の長髪をかきわけながら。


「商会に逆らわなイように進言したって言ったケど、具体的にはどんな風に言ったんだイ?」


「商会に逆らっては命が無いこと。諦めて売られて頂きたいこと。目的を持ってこの街に来たのなら、私がそれを代行することで納得して頂きたいこと。具体的にはこの三つです」


「律儀だネ」


「恐縮です」


 ここでコーディックがライトリックを見る。

 ライトリックは首を横に振る。次はナスティールが問う。


「だったらテメェ自身はあくまで商会に逆らう意思は無かったと?

 商会にも、この街の不文律にも逆らわないで済む方法が、その場では浮かばなかったからコトには及んじまったが、穏便に済む方法があるんならそうするつもりだった、とでも言いてえのか?」


 猛禽のそれに似る、瞳孔も虹彩も小さい目をギロリと見開いた。

 顎をしゃくりながら、左頬の蛇頭の入れ墨を殊更に見せつけるのは、他者を威嚇する時のナスティールの癖である。


「然り。ことに及びはしましたが、戦闘の中で妥協点を探し、双方共に納得できる落とし所あらば、再度提案を行って事態を収拾せんとする意思はありました。

 もっとも、その道が見つかる前に致命的な展開となってしまったため、今回のような形になりました」


 次はナスティールがライトリックを見た。

 ライトリックは同じように首を横に振り、次いで自分で問いかける。


「あいにく今は他の仕事の時間も迫ってる。

 あと二つ聞いてひとまず終わろう。まず、女は今どうしてる?」


「契約中は、当店の従業員一同とともに、外出せずに待機するよう指示してあります。左腕の骨折、蓄積した疲労、危機的状況からして、再び私に何かしらの契約を求めてくるものと思われます」


「なるほど。では最後に、君は今後、どうするつもりなのかな」


「状況が穏便に済めば、という仮定の話ですが、現在営んでいる石鹸の製造と販売を、従業員とともに継続しようと思っています」


「あのガキどもとか。よく続くもんだな? あんな乳臭い生活がよ?」


「イやイや、子供もイイものだよナスティール。熟した体がイイのは勿論だけど、未熟な果実もそれはそれで別の味わイがあるものサ」


「テメェと一緒にすんな。オレはテメェと違ってガキにまで欲情しねえし、ましてや女でも男でも突っ込みたくなるような趣味は無えんだよ」


「みんな好みの幅が狭くて損シテるね。教え込めば最高にイイってのに」


「変な方向に話が逸れてるよ二人とも」


「オレのせいじゃねえ」


オレのせイでもなイね」


「はぁ……もう話も終わるからいいけどね。

 さてヴァレン。どんな理由があったにせよ、君は商会の幹部を殺した。

 当然商会は、ただで済ませては面子が潰れる。でもここはトライドラだ。

 ティラが殺られたのは、ティラが君より弱かっただけという話にもなる」


「では、こたびは如何様いかように」


 問われたライトリックは、一息置いてソファーにゆったりと背を預け、次いで鷹揚に足を組みながら平淡な声音で言い放つ。


「簡単な話で済むさ。ヴァレン、君は【岩の腕のティラニウス】の後釜として、我らヒドラ商会……【クィン・カプ・セプス】の幹部の一員となりたまえ。

 わかっているだろうけど、これを拒否した場合、商会は、君を潰す」


「……よろしいのですか」


 ヴァレンの問いの意味をどのように受け取ったかは定かではないが、ライトリックは首肯する。同席している他の幹部二名も否定するような素振りは無い。


「知っているかもしれないが、過去にもそれを目的として僕ら幹部を狙った者は少なくないんだよ。まぁ、そういう手合いは残らず返り討ちにしたけどね。

 正式な決定は、明日遺跡から帰ってくる僕らの長、セオドールに話を通してからになるけど、彼も同じ結論を出すだろう。元々彼は君を高く評価していたんだ」


 ライトリックはそう語り、次いで、一言付け足す。

 さも今思いついたという雰囲気で。


「ああ、一応確認なんだが、君は商会に敵対する(・・・・・・・)気なんか無い(・・・・・・)んだろう?」


「はい」


「なら何も問題は無いね。さて、どうだい?」


 ややあって、ヴァレンは答えた。普段通り、無感動に。


「……今までと、変わらぬ生活が送れるのであれば」


 パン、と、一つ柏手を鳴らしたライトリックは柔和に微笑んで見せた。


「結構。話はこれで終わりだ。今までより、もっといい生活が送れるさ」


 コーディックも笑みを浮かべ、満足そうに何度も頷いて見せている。

 壁際に控えているフェイルとデイジーは、不満そうに眉根を寄せていた。


 ナスティールは、面倒事が一つ片付いただけとばかりの冷めた顔だ。

 この男としては、どういう話になろうが構わなかったのだから。


「セオドールに話を通して、商会の正式な方針として決議を取る必要があるから、次に呼ぶのは明日の夜あたりになるだろうね」


「女は預けテおくよ。次に呼んだ時に手土産とシテ連れてくればイイ。

 幹部就任の前祝イだ。せっかくだから一晩タノシみなよ」


「珍しく気前がいいこった。今の内にたっぷり味わっておくんだな。

 どうせこのド変態が、初日に壊しちまうに決まってんだからよ」


「壊すだナんて失礼だね。ヨロコんで働くように教育すルだけなのに。

 そうだヴァレン、今日はオレの所の仕事だろう? イつも通り頼むよ」


「委細承知。では、後ほど」


 言いながら一礼し、ヴァレンは踵を返した。

 扉が閉じられ、室内が幹部三名と秘書官二人だけになる。

 ナスティールは、これを待っていたように、ライトリックに問いかけた。


「おい、再確認だがよ」


「うん? あぁ───」


 ライトリックはナスティールの問いに先回りして答える。


「───一度も嘘は(・・・・・)吐かなかった(・・・・・・)。信じてもいいと思うよ」




 ▼ ▼ ▼




 白亜の魔宮、ヒドラ商会本部会館の外に出たヴァレンは、そのまま会館前露店市を突っ切り、街を東西に二分する中央通りまで歩みを止めなかった。

 一度立ち止まり、振り返って商会本部を眺める。いつもの無表情だ。


 とくに何かするでもなく、再びざくざくと砂を鳴らして歩を進め、中央通りを渡って東部地区への脇道に入り、廃宿を改築した拠点への帰途につく。


 いくらか商会の敷地から離れたところで、ヴァレンは急に呼吸を止めた。

 しばし歩を止めてたたずむ。そのまま五秒……十秒経ったところで。


 ───青白い燐光……【神霊術】の輝きが、ヴァレンの額から漏れ出した。


 今朝方ヴァレンが自分で自分に施した(・・・・・・・・・)忘却封印・・・・の解除条件(・・・・・)

 それが『十秒呼吸を止めること』に設定されていたのだ。


 神霊術【忘却封印】。


 高位の神官でなければ習得が許されない、上級神霊術。

 解除条件を満たさない限り、特定の記憶だけを忘却させる術である。


 条件の設定は、術を施された者が実行可能な何かであれば、術者が自由に設定でき、なおかつ、術者が死んでも、術者から遠く離れようとも、術を施された者が生きている限りは効力を発揮し続ける。


 ───ヴァレンが自らに忘却させていた記憶……それは『長く己に施されていた最初の【忘却封印】が、如何なる記憶を封印していたか』であった。

 昨夜までならいざ知らず、今のヴァレンには商会幹部五名、即ち斃すべき仇と、商会そのものへの敵対心が、溢れんばかりに満ちている。


 ある理由・・により、それを看破されることは確実・・だったため、そして、今後の行動を警戒されにくくするために、この術で偽装する必要があったのだ。


 額の光が弾け、硝子ガラスの彫刻を落として割ったような甲高い音が響く。

 瞬間、ヴァレンの表情は、凄まじい憤怒の形相と化した。


(ヒドラ商会幹部、両好みのコーディック───)


 振り返り、込めた怨嗟えんさ射殺いころさんとするかの如き眼光をもって、東部地区からも見える、西部地区に位置する商会本部の白い半球屋根を睨む。


(───次は、貴様だ)


 その眼光は、昨晩ティラニウスに向けたものと同じ。

 殺意に満ちた怨嗟の業火に染まっていた。




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