トライドラ
- ご注意 -
この作品はフィクションです。
作中には残酷な表現や描写が含まれていますのでお気をつけ下さい。
物語の舞台となる地名や人物名は、現実のものとは一切関係ありません。
あくまでも架空の物語である事をご了承下さい。
また、この作品には犯罪となる行為が表現されています。
当作品、及び作者は、いかなる犯罪行為も推奨、容認しておりません。
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何かを奪われた者には 取り戻す権利がある
理不尽に奪われたならば 尚のこと奪い返す権利がある
しかしそれが 決して奪い返せないものであったなら
奪われれば 失われてしまうものであったなら
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Fallen Priest Varen
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そこには大きな山があった。
三つの国の国境が交わる一点に、まるで誂えた様に。
黄土色の山肌には一本の木すら生えていない。いわゆる禿山である。
周囲は平野。荒れた大地と少々の湿原に囲まれ、遥か遠くからでもその巍々たる威容はよく目立つ。
南側の麓には、城塞の如き石造りの巨大な遺跡があった。
四角錐型であろう巨大構造物の、後ろ半分ほどは山に埋まっている。
階段状の外壁は風雨に晒され、しかし不思議なほど劣化が見られない。
場所によっては陽光を反射するほど艶があり、由来も忘れられて久しい古代の魔道文字が描かれていた。
その古代遺跡を囲むように、人が集まる街があった。
赤煉瓦で作られた街並みに、力強く回る魔風車の塔が点在している。
数多の小道が縦横に走る中、中央通りが街を東西に二分する。
街の入り口から遺跡までを一直線に繋ぐその大通りは、神殿へと続く礼拝の参道さながらであった。
人は呼ぶ。かの山を、トライドラ山と。
人は呼ぶ。かの遺跡を、トライドラ遺跡と。
人は呼ぶ。かの無法街を、トライドラ無法街と。
トライドラに流入する人種は、三カ国から三種類。
西方連合王国、ロムニオスから───
北方神教王国、スラビェーリャから───
東方砂漠王国、シャハーラーマから───
遺跡からの盗掘を生業とする者。
次に、罪を犯し、この街へ流れ着いた者。
そして、盗掘品を商う者。出所問わず金に換え、好事家たちに売り捌く者。
トライドラは、他国からの悪党の流入によって人口を増やす。
そして住民は、悪党の凶刃か遺跡の罠によって野垂れ死にする。
明日など知らぬ。
今日しか知らぬ。
これなる街、トライドラは、屑と外道と狂人の坩堝である。
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青白い燐光が夜闇に淡く舞い散る中、その男は立っていた。
灰色の短髪は逆立ち、毛の一本一本まで闘志が満ち溢れている。
鍛え抜かれた逞しい体躯は、激情を宿して震えていた。
コート状の白い法衣が微風に靡く様は、白い炎にも見えようか。
右手には短いメイス、左手にはひしゃげた盾。
両足を肩幅ほどに開き、砂地を踏みしめ、頑として不動であった。
眼前に立つ大岩のような巨漢に、不退転と確固不抜を示していた。
背後には、腕を折られ、流れた涙もいまだ乾かぬ年若き少女。
身に纏った白い法衣で、背後の少女を隠すように立っている。
何があろうと一歩も退かぬと、その背中が言っている。
相手は常人の五割増しもの背丈に、大人二人分はある肩幅であった。
その丸太の如き両腕は、古代の邪法で肘から先が【岩】と化している。
盾にも槌にもなるそれは、岩の重量と硬度を備えていた。
街の支配者の一人である。
恐ろしき怪力と暴力の権化である。
決して逆らってはならない存在である。
それでもなお、その男───ヴァレンは立ち塞がっていた。
彼の背後で、その少女───シェリーは立ち尽くしていた。
彼女は驚愕に目を見開いている。
ヴァレンは見た事の無い表情をしていた。
表情の作り方を忘れた男だと思っていた。
出会ってたった一日半だが、こんな顔は見た事が無かった。
……赫怒だ。
これは怒りの表情だ。
街で過ごした一日半を思い出しながら、シェリーは何故か確信していた。
この破戒神官は、瞋恚の炎を胸に宿し、人ならぬ魔と化しているのだ、と。