残されていた復讐と公共事業 1
「長々と話をして貴重な時間を割いてしまうのは申し訳ない。だがせっかくの機会だ。ここで改めてきみたちの働きを称え、礼をしたい。希望することがあれば何なりと申し出てほしい」
うん。こういう流れになるだろうというのはクレイグから聞いていた。
夕べ、サラスティアと一緒に国王に話すことがあるってクレイグに説明した流れで、ここ最近考えていたことを話し合ったのよ。
そしたらいろいろと思いついちゃって、朝まで話し明かしちゃった。
その話をこの場ですることにクレイグは同意してくれたんだけど、話の進め方は気をつけなくちゃいけない。
でも、そういうの苦手なんだよなあ。
「……誰もなにもないのか? ああ、結界強化が終了した後、クレイグと巫子殿が結婚するのとデリラとケンジット伯爵が婚約し一年後に結婚するのは決定事項だ」
「はい」
クレイグはにこやかに返事したけど、デリラは真っ赤になってしまっている。
まさかこの場で発表されるとは思わなかったんだろうな。
イライアスなんて、今何を言われたんだって呆けてしまっているじゃない。
「様々な話を耳にしているが、私が仮の国王だということに変更はない。結界強化が成功した日から二年後に、王位を王太子に譲り引退するつもりだ」
お礼の話からずれてしまったのは、それだけいろんな話が出ているってことだよね。
デリラの結婚相手の話にしても、次期国王についても、いろいろ言いたくなる気持ちもわかる。
もう二度と今回のようなことが起こらないように、ラングリッジ一家を王族にという考えも無理もない。
でも一番しんどい時に王冠を被ってくれた人に、これ以上負担をかけないであげてほしいなあ。
「結界強化が万が一失敗した時には、最期の時まで国王として少しでも多くの民を救えるように足掻く覚悟だ……が、失敗などしないだろう?」
自分の台詞に照れたのか笑い交じりに聞かれ、私たちは全員頷いた。
天候悪化で闇属性の魔力が増えて、聖女が見つかるのが遅れたせいで何年も予定より結界強化が遅れているというハンデはあるけど、その分、神獣の巫子という魔力供給マシンがいるんだから、成功させるわよ。
「余計な話をしてしまったな。それで? 誰も何も望みはないのか?」
よし。誰もいないのなら私が話そう。
毎回騒動を抱えてやってくると思われそうだけど、陰で動くより正々堂々とやったほうが周りに迷惑をかけないで済む。
クレイグもきみの当然の権利だと言ってくれたしね。
サラスティアのほうをちらっと見てみたらにっこり頷いてくれたので、いつものように片手をあげた。
「あの、陛下にお許しいただきたいことがあるのですが、説明してもよろしいですか?」
「お?」
なんの反応もなかったところに私が発言してくれたのは嬉しい。
しかし私のことだから、やばいことを言い出すんじゃないかって思ったでしょ。
「な、なんなりと申してみよ」
「天候が回復しない地域の人たちについての話です」
「ほお」
いい? 私は女優よ。
出来るだけ傷ついている感じで、気の毒だと思ってもらえるように……。
「なぜ天候回復をしない地域があるのか、いろんな憶測が広がっていると聞いています」
「憶測? 前国王が好き勝手していた頃、王妃やオグバーンに王宮に連れてこられたきみを、迫害して額に印をつけられた者がいる家の領地だろう?」
「はい。しかし、裁判の場にいた方々やその後に私と接点のあった方々以外は、そこがはっきりしていないようなんです。マクルーハンの領地の天候が回復しないのも、王妃が私を虐待していたからで、侯爵の犯罪とは関係ないのですが、そこが理解されていないみたいです」
「なるほど」
王宮では王族や公爵、大臣クラスとしか会わないから、いまだに私がどういう人間かよくわかっていない人が多いって最近になって気付いたわ。
国境やラングリッジ、水害があった地域のように、その地域に行って現地の人と接点があった地域とそれ以外では、神獣の巫子に対するイメージがかなり違うようなの。
だから今日は、私のイメージ作りのためにかなり重要な場なのよ。
前国王とオグバーンのせいで迫害されていた気の毒な侯爵令嬢が、今では健康を取り戻して愛する人とも巡り合い、神獣様の力を取り戻して国を救ったという物語を広めたほうがいいっていうのが、眷属たちや兄、そしてクレイグの意見なの。
私は親しい人さえわかってくれていたら、関係ない人に何を言われてもまったく気にしないんだけどね。
「それに最近になって天候回復されないのは、巫子が子供同士の喧嘩を大袈裟に眷属に話し、自分の力を見せつけるためにやっているんだと言い出しているそうで……」
悲しげにいったん言葉を切りため息をついたら、クレイグが立ち上がりそっと私の肩を抱いた。
「つらいのなら俺が話そう」
「いいえ。彼らにこれ以上傷つけられないためには、自分で戦わなくてはいけないわ」
私がどういう人間か知っている人の中には、何をやっているんだ? って顔をする人がいるかもしれないと思ったけど、公爵たちも大神官もイライアスも眉を寄せて真剣な表情で話を聞いている。
周りの貴族たちなんて、天候を回復してくれた恩人にそんなことを言うやつがいるのかとけっこうな騒ぎだ。
「ひどい。レティシアの頑張りのおかげでこの国は救われたのに」
そこで美しい聖女が私の傍に駆け寄ったので、あっという間に私が被害者だという空気が広がった。
すっかり忘れていたんだけど、今の私ってそれなりに美人だったわ。
がりがりの骸骨だった時と今とでは、同じ演技をしてもインパクトが違うんだね。
見た目がいいって、本当に得だって実感したわ。
「皆の者、立つがいい。ただし家族に印をつけられた者がいる家の人間はそのまま動くな」
国王の命じる声に、いっせいに大勢の人が立ち上がるざっという音が響いた。
その中でぽつぽつと跪いたままの人がいるのは、非常に目立つ。
周囲の人が彼らから離れたからなおさらだ。
「子供の喧嘩ねえ。私たち眷属はその頃からレティシアの傍にいたから、彼女が何をされたのか証拠を集めているわよ。人間は証拠を重要視するんでしょう?」
組んだ腕を人差し指で叩きながら冷たい口調で話すサラスティアは、独特の威圧感があるせいか人外らしさが強い。
ときおり瞳が蛇のように細くなるのも、彼女の苛立ちを表している。
私がどんなことをされたか、淡々と冷たい声で話すサラスティアの言葉を聞いて、抱き寄せるクレイグの手に力が込められた。
その被害にあっていたのは私ではないと言えないから、彼がこの話をするたびにつらい顔になるのが申し訳なくなる。
「他にもいろいろあるわね」
「そうね。殴られて動けなくなったところに水をかけられ、寒い中庭に放置された時は凍死するかと思ったわ。それに、そういう暴力の行きつく先は性的な迫害よ。彼らは私のドレスを汚いから脱げと破ろうとしたり、人が来ない場所まで引きずって連れて行こうとしたりしたの」
「それは本当なのか!」
あ、いけない。この話はまだクレイグにしていなかったんだ。
「心配しないで。私の傍にはいつも妖精がいて、そういう時は逃がしてくれたから無事なのよ」
つらそうなクレイグの頬に手をそっと当てて、ことさら明るく言ったらその手を強く握られた。
「無事じゃないだろう。その恐怖や痛みは消えてなくなりはしないんだ」
それはそうだ。
だからレティシアは、一度は死を選んだんだから。
「もしそんなことになったら生きてはいけないと言って、王宮に出向くときにはレティはいつも死を覚悟していたのよ」
「サラスティア」
もういいんじゃない?
これ以上は、身内のダメージが大きくなるからやめて。
「ハクスリー、そちらでも当然、巫子の受けた虐待については調査したんだろうな」
「はい。サラスティア様や巫子殿のおっしゃる通りです。自分より身分の高い侯爵令嬢を傷つけるのが楽しいと話していた愚か者もおりました」
ハクスリー公爵まで煽らないでくれないかな。
いい機会だから、全員まとめて始末してしまおうと思ってたりする?
「それに、最近気になる話を入手しまして」
「なんだ?」
「オグバーンという名前がすっかり有名になってしまっていますが、あの男はクロヴィーラ侯爵家の次男でオグバーン伯爵家には婿養子に入っています。その伯爵家は不幸が続いた時期がありまして、あの男が婿入りしてすぐに義理の両親である先代のオグバーン夫妻が馬車の事故で亡くなっております。当然婿養子の彼が伯爵家の当主になりましたが、両親の死を疑った夫人との夫婦仲は冷え切っていて、夫人の友人たちは離婚したいという相談を受けていたそうです。しかしそれからすぐ夫人は病気で急死しました。まだ長男が二歳のときですよ」
ひどい話よね。
誰がどう見てもオグバーンの犯行でしょう。
「その後オグバーンは伯爵家の領地から親族を追い出し、いっさいの関わりを切り、伯爵家の財産を使って宮廷での権力を手に入れ、クロヴィーラ侯爵家を陥れ、巫子を迫害し、神獣様の力を弱めた」
こうやって聞くとすごいわね。
あのサイコパスのせいで、どれだけの人が人生を狂わされたんだろう。
「それは皆が知っている話ではないのか?」
「私もそう思っていたんですが、意外と知らない者がいるようで。いや、知っていてもかまわなかったのかもしれません。自分たちも子供の犯した罪を忘れ、オグバーンと親戚関係にある家の天候が回復するのはおかしいと、嫌がらせをしている者が複数いると報告が来ております」
「結局やっていることは親子で同じというわけか」
私がこの件を後回しにしていたのは、家を守るためであっても自分たちの手で子供を修道院に送ったり、除籍して平民として放り出したりしたという話が本当なのか確認したかったからだ。
この世界では、罪を犯せば家族全員が処罰されることも珍しくない。
ぐれて家庭内暴力する息子が罪を犯したとして、家族全員が国外追放なんておかしくない?
彼らは貴族で、領地には悪天候の中、必死で生きている領民がいるんだから、そういう人たちに被害がいくのは避けたい。
でも親子そろってくずばかりで、うその証言をして子供をかばっていたのなら許せない。
私の考えを眷属は受け入れてくれて様子を見てくれたんだけど……見事にクズばかりだったわ。
子供のしていることに無関心だったり、甘やかし放題だったり。
天候悪化が続いて領地が大変なことになっている時に、子供が着飾って王宮で過ごしている時点で駄目だと気付くべきだった。
「陛下、お願いが出来ました」
兄が国王の前に進み出た。
「クロヴィーラ侯爵家はレティを迫害した者達が、平民になったからといって自由に暮らしているのは許せません。全員を捕まえ処罰する権利をいただきたい!」
「いや、ラングリッジにやらせてください」
「待ちなさい。それは私たち眷属の仕事よ」
どうすんだこれという顔で、陛下に見られてしまった。
でもその陛下も大変ご立腹の御様子だし、ハクスリー公爵なんて彼らのしていた嫌がらせや、それに同調していた貴族の名前がここにあるぞとひらひらと書類の束を振っている。
結界強化がこれからだというまだまだ国が不安定な時に、たった何日か天候回復が遅れているだけで、自分のしてきたことを棚に上げて不満を言っている彼らの行動を、誰も咎めないわけないもんね。
しっかり処分するために動いていたんだね。
「その者達の処罰は私がする」
国王の低い声が響いた。
「王宮で働く者達は平民であっても私の家臣だ。誰もが安全を保障され安心して働ける場所であるのは当然のこと。ましてや侯爵令嬢でもある神獣の巫子殿に暴力を働くなどもってのほかだ。この件は国をあげて罪を問わなくてはならない」
「私も陛下の意見に同意します。これは私の仕事です」
ハクスリー公爵の立場もわかる。今回だって裁判を開くのが当然だ。
でも、眷属はそれでは納得しないわよ。
結果的に天候回復がどんどん遅れて、領地に住む人たちの被害が大きくなってしまうわ。
「印のついた者達は地下牢にて取り調べの後、犯した罪の重さに合わせてむち打ち等の罰を与え国外追放とする。当然、彼らの家族は巫子殿への謝罪と賠償が必要となる。その中でも嘘の証言をし、子供を処罰していない家は家族全員が同罪だ。領地と財産を没収の上、国外追放とする」
え? 全員国外追放で終わり?
「ただし、追放の方法と追放先は眷属の方々と巫子殿に一任する」
「あら素敵」
満足そうにサラスティアは微笑んだ。
追放先が海の中だろうが、猛獣のいる森の中だろうがかまわないってことね。
さすが国王。
義理のお父様になった時には親孝行するわよ。